87.魔法実技③
それからしばらく壇上の魔法実技を見学してたんだけど……。
「真新しさがない。次」
「工夫は認めるが、実用性に乏しい。次」
「既存の術式をただ並べかえればいいとでも思っているのか? 次」
挑戦していく受講生はレミントフ教授のすげない一言によってふるいにかけられていく。
「やれやれ、今日は不作のようだな。使い物になる魔法がまるでない」
そう言いながらレミントフ教授があくびをかみ殺した。
独り言ぐらいの声だったから、みんなには聞こえてないかもしれない。
「駄目だ話にならん。今日は次で最後としよう。次」
お、ラッキー! ギリギリだった!
俺が壇上に上がるとレミントフ教授が眉を跳ね上げる。
「おや、その制服……君はひょっとしてセレブラントの?」
「あ、はい。期間限定で留学してきてます」
「ほほう、そうか! これは懐かしい。吾輩の母校もセレブラント王都学院なのだよ」
「へー、そうなんですか!」
「ちょうどいい、ここで皆にも話しておこう」
レミントフ教授が立ち上がると受講生たちが色めき立つ。
「セレブラントにおいて、魔法とは貴族をはじめとした選ばれし者の特権だ。魔法の才が血統に関係していることは諸君らも知っての通り。残念ながら魔法の才能はフルドレクスの君たちよりも上だ。しかし……あの連中は君たちと違って進歩がない。セレブラントの術式は旧い。いっそカビ臭くすらある。先祖から代々伝えられる骨董品をありがたがって使っているわけだ」
この人、セレブラントを褒めたいのか馬鹿にしたいのかよくわからないなぁ。
結局なにが言いたいんだろう?
「だが、ついにセレブラントからフルドレクスの最新術式を学ぼうという若者が来たわけだ! いやいや、喜ばしい」
どうやら喜んでいるらしい。
未だに人類のもったいぶった言い回しはよくわからないなぁ。
「さて、そういうわけだから君にしか使えないような大魔法は見せてくれるなよ。セレブラントの魔法使いはえてして技術の稚拙さを魔力の大きさと魔法の派手さで誤魔化そうとするからな。もちろん君はそうではないだろう? ええ?」
「もちろん、そのつもりです」
ここで大魔法が評価されないのはもうわかっているから、笑顔で頷いてみせた。
教授の表情が一瞬だけ曇った気がしたけど、まあいいや。
「ふん。じゃあ、さっさと済ませなさい。吾輩は忙しいのだ」
「はい」
教授の投げやりな指示を受けて、俺は日課の魔法を披露することにした。
といっても、そんな大げさな用意は必要ない。俺が普段から鍛錬で使っている基礎魔法を使うだけだ。
「火水土風、並びて舞え」
普段は竜王族術式なので無詠唱なんだけど、今回はそれだとまずいから即興でセレブラントで習った基礎的な詠唱を自分なりに当てはめた。
その効果は、それぞれの属性の魔力の玉が一列に揃って術者の周りを飛び回る……俺が見せたのは本当に、ただそれだけのシロモノ。
とはいえ、詠唱はオリジナルだから少しは評価してもらえると思っていた。
「…………は?」
それなのに。
レミントフ教授があんぐりと口を開けたまま動かなくなった。
講義室内もシーンと静まり返っている。
「えっと……やっぱり駄目でしたかね」
あんまりにも反応が薄いので、不安になって聞いてみる。
レミントフ教授がハッとしてから矢継ぎ早に質問してきた。
「き、君! それはいったい何の魔法なのかね?」
「何って……ただの基礎魔法ですけど」
「嘘を言うな! たった二節の詠唱で四属性を同時発動する基礎魔法など聞いたことがないぞ!」
「そんなわけないですよ。俺は魔法の師匠に『コレの発動及び維持ができなければ話にならないから、呼吸するのと同じぐらい無意識でも発動できるようになれ。本格的な魔法を学ぶのはそこからだ』って言われたんですから」
それに本当は光属性と闇属性を加えた六属性同時発動じゃないと“紫竜魔女”の姉貴には認めてもらえなかったし。
さすがに六属性版を見せたらまずいのはわかる。だから四属性版にしておいたんだけど……ひょっとして俺、何かやらかした?
「き、君のところでは、それが当たり前だと……?」
「はい。俺の故郷では誰でもできます」
俺が教授にそう答えると受講生たちもざわつき始めた。
「そんなばかな……」
「四属性をたった二節にまとめあげるだと……」
「そんな暴挙……制御はいったいどうやって……」
「これが才能……セレブラントは基礎も化け物なのか……」
うーん……基礎を大事にするフルドレクスだからいけるかと思ったんだけど、セレブラントの入学試験のときと似たような展開になっちゃったな。
「じゃあ、俺はこれで……」
「ま、待ちたまえ!」
いたたまれなくなって壇上から降りようとすると、レミントフ教授が引き止めてきた。
「今の術式についてレポートを提出したまえ! 魔法学会に推薦するぞ!!」
「えっ、冗談はやめてください! これ以上は(俺が)恥をかくことになりますから!」
ゼラベルの言うとおりだったなぁ。
ていうか、こんな中途半端な基礎魔法を魔法学会に提出したら、それこそ姉貴に怒られるじゃないか!
なんで今まで気づかなかったんだろ!
「……(魔法学会が)恥をかくというのか。四属性同時発動など発表するまでもないと?」
何かつぶやいてるけど、受講生たちが騒いでるせいで何言ってるのか聞き取りずらいな。
「セレブラントはどこまで進んで……いや! だったら君はどうして壇上に登ったのだ!?」
「今日ここに来たのはたまたまです。せっかくでしたので!」
そこでちょうど講義終了を告げる鐘が鳴った。
「あっ……今度、俺の友達が別の魔法を引っ提げて正式に行くと思いますんで、その時はよろしくお願いします!」
こうして俺は逃げるように講義室から走り去るのだった。




