76.フルドレクス魔法国②
俺たちは正式にフルドレクス魔法国の王城へと招かれ、応接間で待機させられている。
なんというかセレブラント王国の城と違って華美さはなく、質実剛健といった感じのつくりだ。
俺が蒐集めたくなってしまうようなキラキラした調度品がない。
「ラウナ、顔色悪いけどどうしたのー?」
ラウナにとっては懐かしい場所のはずだけど、先程から不安そうな様子を見せている。
気がついたミィルが声をかけた。
「その……先程から知っている人間がひとりもいません。兵士も、使用人も……」
「ほえ? でも、ここの城ってラウナのおうちなんだよね?」
「そのはずなんですが、まるで他所の国に来ているかのようにみんな余所余所しいですし……」
「でも、夏期休暇のときはフツーだったんでしょ?」
「いえ……わたくしは自主的に夏期講習を受けるために寮に残っていたので。兄上にも帰ってくるなとも言われていましたし。まさか、こんな……」
二人の会話を聞いていたリードが腕組みをしながら難しそうな顔でつぶやいた。
「……この分だと噂は本当かもしれんな」
「噂、ですか?」
きょとんとするラウナにリードが小声でささやいた。
「私もフルドレクスと付き合いのある生徒から聞いただけなのだが。どうもフルドレクス内部で政変があったかもしれないらしい」
「えっ!?」
「あまり大きな声を出すな。どこで聞かれているかわからん」
シッと口元に指を立てるリード。
口をつぐむラウナ。
「そういうことなら任せて。音の結界を張る」
俺が無詠唱でサイレンスフィールドの魔法を使用する。
「これで大丈夫。誰にも聞かれないよ」
「なるほど、こういうときに詠唱がないというのは便利なものだな。魔法を使ったかすら傍目にはわからない。とはいえ見られていたら動く口は誤魔化せないだろうが……聞かれるよりマシだ」
「そ、それでリード様! 先程の話は一体どういう……」
感心していたリードに早速ラウナが泣きそうな顔で事の次第を訊ね始める。
今なら問題ないと判断したのか、リードが重い口を開いた。
「フルドレクス王は長いこと姿を見せず、第一王子ガルナドールが実権を握っているという話だ。君もエルテリーゼから……姉上からなにか聞いていないのか?」
「いいえ……確かに姉上には何度も手紙を送っていたのですが、一度も返事が来なくて。まさか、そんなことになっていただなんて……」
「となると、君をセレブラント王都学院に送り込んだのもガルナドールが王宮を牛耳るためだったのだろうな」
リードの話によると、フルドレクスにはもともと王位継承権を持つ者が三人いたという。
健康優良児ではあるものの魔法の才能が一切なかった第一王子ガルナドール。
三人の中で最も優れた頭脳を持ちながら病気がちだった第一王女エルテリーゼ。
そして、先祖返りの神眼持ちだった第二王女ラウナリース。
フルドレクス魔法国の方針からすると、いずれも問題を抱えていた。
現在はガルナドールが正式に王太子となっているが、反対する派閥も多かったのだという。
「ひょっとして、リードが言ってた事情って……これのこと?」
「あの場には学院長もいたから、王族の私が不確かな予測を言うわけにはいかなかった。それにフルドレクスの現状がどうなっているのか。私の立場としても知っておく必要がある」
「その、エルテリーゼさんに会わないっていうのも?」
「おそらく会おうとしても健康上の理由を盾にされて会えない。実を言うと、私もエルテリーゼには子供の頃に一度しか会ったことがないのだ」
結婚の約束をしているのに、一度しか会ったことがないのか。
竜王族では考えられないな……。
「じゃあ、今から俺たちが会うのは」
「ああ、十中八九――」
ちょうどそのとき、部屋の扉がノックもなく乱暴に開かれた。
咄嗟にサイレンスフィールドを解く。
ずかずかと部屋に入ってきたのは燃えるような髪の男。
かなり大きな上背の、鍛え抜かれた胸板を持つ巨漢だった。
「えっ……お兄、様……!?」
驚くラウナには一瞥もくれず、赤髪の巨漢はリードのもとにまっすぐ歩いてきた。
「ガッハッハ! ようこそフルドレクスへ。初めましてだな、リード殿。オレがガルナドールだ」
リードを見下ろしながら一方的に巌のような手を差し出してくるガルナドール王子。
「…………あ、ああ。よろしくガルナドール殿」
宮廷作法もクソもない堂々とした所作に、よほど虚を突かれたのか放心していたリードが慌てて立ち上がって握手を交わした。
手のサイズが違いすぎてリードの手が握りつぶされるのではないかと不安になる。
「で、なんだ。交換留学だったか? わざわざ王太子殿がご苦労なことだ。互いの立場ってものもあるし一応オレが出向いたが、関知する気はさらさらない。好きにしろ」
「わ、わかりました」
「それじゃあな、オレは忙しいんだ」
それだけ言うと足早に部屋を出ていこうとするガルナドール王子。
「お兄様! お待ち下さい!」
ラウナに引き止められると、ガルナドールはわざとらしく振り向いて探すフリをした。
「ああ、なんだ万年充血。いたのか。小さすぎてわからんかったわ、ガッハッハ!」
ひとしきり嘲笑すると、今度は不快そうに顔を歪めてラウナを睨みつけてくる。
「で、オレを引き止めてなんの用だ。くだらん話だったら許さんぞ?」
「お兄様……そのお体はいったいどうされたのです!? まるで別人ではありませんか!」
ん? ラウナの口ぶりからすると元からこんな筋肉男じゃなかったのかな。
「ああ、これか。素晴らしいだろう? フルドレクスの最新の研究成果でな、こうして最高の肉体を手に入れることができたのだ」
「魔法による肉体改造ですか!? 禁じられていたはずでは!」
「そんなカビの生えた法律は肥溜めに捨ててやったわ!」
悲鳴をあげるラウナに対して、ガルナドールは何一つ恥じることはないとばかりに言い切った。
「これからの時代はな、魔法科学の時代なんだよ。一部の才能を持つ人間だけじゃない、誰もが力を手に入れる事ができるようになる。魔法だって使える必要はないんだ。魔法を使えるアイテムを装備すればいいだけだからな!」
ガッハッハ! と上機嫌に大笑いしてから今度はリードに対して大きな指を突きつけてきた。
「そういうわけだ。時代遅れのなんの役にも立たない旧い魔法から我らが学ぶところなどありはしない。交換留学、おおいに結構! こちらからはそちらには誰も送らんが、我らから学びたいなら好きにするといい! 恥をかくだけだと思うがなぁ!」
そしてガルナドールは嵐のように去っていった。
俺のことなど最後まで眼中になかったのだろう、本当に視線すら向けられなかった。
あとに残されたのは呆然としたラウナと、ぽかーんと口を開けっぱなしのミィル。
そして難しい顔をしたリードが俺に確認するように問いかけてきた。
「……時にアイレン。現時点でいい。フルドレクスでの人類裁定はどうなりそうだ?」
「うん、アウト寄りだけど一応はセーフかな……」
「そうか。幸先の悪いスタートになりそうだな」
俺もリードと全く同感だった。
これ以上、ヤバいものが出てこないといいんだけど。




