74.愚者たちの最期②
優雅に一礼し、酷薄な笑みを浮かべるマイザー。
睨み返す元ノールルド伯。
「今更、学院の教官ごときが我々に何の用だ」
「あなたがたがどうしてこんな目に遭っているのか……その正答を教示して差し上げようと思いましてね」
マイザーが無造作に元ノールルド伯を指差した。
「まず、伯爵。あなたに竜王族の森から宝を略奪して王家に献上するアイデアを送り付けたのは私です」
「なんだと!?」
「もっとも発案は私ではないのですがね。あくまで、あの御方の指示に従っただけ。そして、あなたの追加指示という名目で冒険者たちに竜王族の赤子を攫ってくるよう伝えたのも私です」
マイザーの告白に愕然とする元ノールルド伯。
「おかげであの御方の計画通り、竜王族を怒らせることに成功しました。盟約は破棄され、人類裁定が始まりましたよ。ありがとうございます」
「つまり、我々がこんな目に遭ったのはお前のせいか! 許さん!」
怒りのあまり殴りかかる元ノールルド伯だが、マイザーにあっさりと足を引っかけられてすっ転ぶ。
その構図はキグニスのときとまったく同じだった。
「ぐっ!?」
「ち、父上!?」
マイザーの横を通り抜けて父親に駆け寄るビビム。
父親が大怪我はしていなさそうでほっとした背に、マイザーの声が投げかけられる。
「杖なしで魔法を使用できないあなたに勝ち目があるとでも?」
「どうしてだ! 僕たちに何か恨みでもあるのか……っ!!」
敬愛する父親を嘲るマイザーに怒りを覚えたビビムは、凄まじい剣幕で叫んだ。
しかし、振り返ったビビムの背筋に戦慄が走る。
マイザーの両眼が赤く輝いているのを見てしまったからだ。
「別に貴方たちを酷い目に遭わせるのが目的ではないですよ。いい具合に踊ってくれそうな貴族があなたの父親だったというだけです」
「そんな……」
マイザーが愉しそうに、本当に愉しそうに嗤っていた。
ラウナリースの神眼を思わせる赤い輝きが煌々と見下ろしてくる。
いつも淡々と授業をこなしていた教官の裏の顔に、ビビムは言いしれぬ恐怖を覚えた。
「ビビム君、あなたもいいように踊ってくれました。いずれ神滅のダンジョンには何かしらの理由をつけて竜王族の娘を送り込む予定ではありましたが、手間が省けました。状況が状況だったので転移石が使えないフリをする必要はありましたがね。お礼を言いますよ」
「ひっ……」
この女に一矢報いよう、という意志は赤い瞳に呑み込まれてあっさりと打ち砕かれてしまった。
逆境に立ち向かえるだけの心理防壁があったなら、そもそもこんなことにはなっていなかったのだが。
「さて、お話は以上です。私も次の仕事にかからねばなりませんので」
マイザーの左手にいきなり光の弓が現れた。
「光属性魔法だと!? しかも無詠唱で……!?」
息子に支えられて起き上がった元ノールルド伯が驚愕に叫ぶ。
ビビムには何が起きたかわからなかったが、父親は光属性魔法が特別だと知っている。
しかし、無詠唱魔法など見たこともなかった。
「マイザーといったな……貴様、いったい何者なんだ!?」
アイレンが用いていた無詠唱魔法。
すなわち竜王族術式は人類にとって異様に映る。
それは、この場面においても同様だった。
「それを知る必要はないでしょう? 何故なら、あなたたちはどうせここで死ぬのですから」
「ば、馬鹿な! ここで我々を殺そうというのか!?」
「いやだ! 死にたくない! 死にたくない!! 助けて!」
愕然とする元ノールルド伯と絶望に泣き喚くビビムに、にっこりと微笑みかけるマイザー。
右手に二本の光の矢を生み出して、光の弓につがえる。
狙いは親子、用済みとなった愚者どもの眉間。
「フルドレクスで新たな人類裁定が始まります。そこで変な茶々を入れられては困るので、できれば目障りなゴミは事前に消しておいてほしい……というのが、あの御方の意志です。それでも最終判断は私に委ねられていたんですよ。だからあなた達が反省して慎ましく生きていくつもりなら見送っても良かったんですが……」
「だったら頼む、殺さないでくれ!」
「なんでもする、なんでもするよ!」
命乞いする親子に対し、マイザーの浮かべる笑みはどこまでも酷薄だった。
ふたりともこの場限りの嘘で今を凌ぎたいだけだと見抜いたからだ。
「ここで生きるか、死ぬか。結局、どちらでも同じなんですよ。これから始まる『楽園世界』を思えば、あなたがたの命など些事なのですから」
マイザーのいつもの口癖とともに光の矢が放たれる。
――その後。
ノールルド親子の姿を見たものはひとりとしていなかったという。




