69.愚者の末路⑤
「違うんです、陛下! いえ、違いはしないんですが違うのです!」
混乱のあまり訳の分からないことを口走るノールルド伯。
「なにが違う?」
まわりの王侯貴族が眉をひそめる中でも王は寛容に赦し、先を促した。
「確かにその帳簿は私のものです! ですが、裏帳簿と言うよりはただの管理簿といいますか! それに納税という形とは違うかもしれませんが、手に入れた宝は王国に献上しております! なにひとつ恥ずかしいことはしておりませぬ!」
「竜王族から宝を掠め取る略奪行為が恥ずかしくないと申すか」
「ええ、そもそも彼奴らは我が国の法で保護されていないではないですか! 何をしたところで犯罪にはならぬはず!」
「竜王国はセレブラントではない。他国なのだ。我が国の法が及ばぬのは当然ではないか」
「国などと! 奴らの規模はそこらの街にも及びません!」
そこでノールルド伯に起死回生のひらめきが浮かぶ。
少なくとも彼はそのように錯覚した。
「そうだ! 陛下、補佐役として献策いたします! 騎士団を率いて森の宝をすべて我が国の物にしてしまいましょう! 古の盟約に縛られた連中は所詮、無抵抗な二本足のトカゲ人! そう……いわば奴らは我が国の資源なのです! いっそのこと、すべて我らの物にしてしまいましょう! どうか熟考いただきたい!」
この際セレブラント国王自らの所業にしてしまえば、自分のしたこともうやむやにできる。
ノールルド伯の短慮な考えが公にさらされた。
王侯貴族たちが沈黙を貫く中、目を伏せて聞いていた王が深いため息を吐く。
「そうか……そちはよほどセレブラントを滅ぼしたいとみえるな」
「…………は?」
「余にも責はある。そちから贈られた宝が竜王族のものだと見抜けなんだ。まこと恥ずべきことよ……すべて返還せねばなるまいな」
「な、なにをおっしゃるのですか陛下!」
「いや、そちが真剣なのはよくわかった。それにセレブラントに対する叛意がないこともな。だが、そちをこのまま放置しては人類は滅ぶであろうな……」
王が深く頷き、今もって状況を理解していないふうのノールルド伯をまっすぐに見つめた。
「ノールルド伯。今をもって余の補佐役を解任する。これまでの務め、ご苦労であった」
「そ、そんな……陛下! どうかご再考を」
「それはない。それに、そちには息子のしたことの責任も取ってもらわねばならぬからな」
「……ビビムの?」
「そちは……本当に何も知らぬのだな」
悲しげに首を横に振る王。
リードの危機を耳にしたとき王は大いに焦った。
その原因がビビムの暴挙によるものと判明した後はノールルド伯の陰謀なのかと疑い、怒りすら感じていたのだ。
しかし、今の王の胸に去来する想いはノールルド伯への深い憐れみ。
話を聞いてみればただ単に、ノールルド伯も彼の息子も無知だっただけ。
そして、病に伏せりがちで政治への興味が薄れていたとはいえ、こんな男を重用した自分にも罪があると心の底から恥じていた。
「そちの息子の浅はかな所業により、我が息子リードを含めて多くの上級貴族の子息が犠牲になるところであった。そちに対する厳しい処罰を望む声が多い。そして余も已む無しと考えている」
「えっ」
王の言葉を聞いてノールルド伯の頭の中が真っ白になる。
「何故ですか陛下! こんなにも、こんなにも私はあなたに尽くしてきたのに!」
ノールルド伯の訴えに黙する王。
代わりに答えたのは別の人物だった。
「あなたの行ないが一線を越えたからですよ」
「…………え?」
いつの間にか王の隣には絶世の美女が立っていた。まるで今までずっとそこにいたかのような自然さで。
目も眩むような赤一色のドレスを纏った女に、ノールルド伯の視線はくぎ付けとなった。
「初めまして、ノールルド伯。竜王国を代表して参りました。七支竜が一翼……“赤竜王女”リリスルです」




