65.愚者の末路①
王賓クラスが神滅のダンジョンをクリアして無事帰還したという話は、すぐさまビビムの耳にも入ってきた。
「フッ……ほら、僕の言った通りじゃないか」
自分の予想通りの結果が出たことにビビムはとても満足した。
これであの田舎者も身の程を思い知っただろう。
ひょっとしたら、もう死んでいるかもしれない。いや死んだに決まっている。ビビムにとってアイレンの死はもはや確定事項だったのだ。
ビビムが自信満々に事の詳細を確かめてみるとどうも勝手が違う。
「死者はひとりも出なかったらしいですね」
「王賓クラスの平民がダンジョンコアを壊してきたって本当らしいな」
「今回の英雄はアイレンだって、帰ってきた皆さまが口を揃えて讃えているらしいですわ」
という話がクラスメイトから流れてきた。
「……どういうことだ?」
理解に苦しむ内容だった。
聞けば聞くほどビビムが思い描いていた未来とは異なっている。
「いや、きっと神滅のダンジョンとかいうのが本当は安全だったんだ。そうだろ?」
アイレンが不正をしている前提から離れられないビビムはクラスメイトたちに怪訝な顔をされた。
「なに言ってんですか、ビビム様。神滅のダンジョンは特別警戒指定されてるんですよ。安全なわけないじゃないですか」
「四階層以降は本当で危険で、今回の王賓クラスの皆さまは七階層まで転移させられたって話らしいですし」
「聞いた聞いた! 本当に死の恐怖を感じたって。だけどリード様とラウナリース様が見込んだアイレンっていう平民が、たったひとりでダンジョンコアを破壊してきたんだって!」
「すごいよなあ……平民風情がなんで王賓クラスにって思ってたけど、やっぱりちゃんと何かしらの理由があったんだな」
誰もが口々にアイレンを褒めたたえる。
やれ、あいつは本当はできる奴だった。
やれ、リードをはじめとした王賓クラスの生徒たちにも認められている……などと。
その光景はビビムが知っているはずの真実とは大きくかけ離れていた。
「ふざけるな! お前らはわかってない! あいつは不正を働いてる田舎者なんだぞ!」
イラつきが頂点に達したビビムはクラスメイト達を怒鳴りつけた。
突然の激昂に驚いた生徒たちがなんで怒られているのかわからないという顔でなだめにかかる。
「まだそんなことおっしゃってるんですか、ビビム様」
「あいつは本物だったんですよ」
「もういい加減認めましょうよ。俺たちは俺たちで頑張ればいいじゃないですか」
ビビムは驚愕に目を見開いた。
口答えしてきたのが自分の取り巻きだったからだ。
というのも、取り巻きたちには現実が見えてきていた。
自分たちの能力では普通のクラスの勉強でも事前に予習してついていくのが、やっと。
必死に勉強するうちに特権意識は薄れ、実際の立ち位置を正しく理解し始めていた。
なにより今はクラス全員が祝賀ムードに沸いている。
そんな空気に水を差したらビビムひとりが浮いてしまう。
取り巻き達はそうならないよう気を遣ってくれたのだ。
しかし、ビビムにはそれが手のひら返しの裏切りにしか見えない。
「もういい! お前らとはもうこれっきりだ!」
ビビムは制止も聞かずに教室を飛び出した。
「くそっ! くそっ! くそぉーっ!」
ビビムが走る、走る。
廊下を走らないようにという教官の注意も耳に入らない。
だけど、生徒たちが交わすアイレンの噂についてだけは聞きつけて、そのたびに会話に割り込んだ。
「違う! あいつは不正を働いたんだ!」
「てんでたいしたことのない、ただの田舎者なんだ!」
「お前らはみんな騙されているんだ!!」
叫ぶ。罵倒する。
そのたびに相手にされない。
そのたびに怒りが増していく。
いったい何がビビムをこうまでさせるのか。
これまで彼を取り巻く世界は常にビビムの思い通りになった。
そうならなかったことなど一度もなかった。
もちろん実際は思い込みに過ぎないが、現実を都合よく再解釈して自分に信じ込ませる能力についてビビムは天才的だった。
だけど今回、それが通用しない。
『すべて自分の思い通りに事が進んだのに結果がついてきてない』から、誤魔化しが効かないのだ。
そしてアイレンがみんなに認められている現実は、ビビムに死に匹敵する苦痛を与え続ける。
もちろん、これらの軽挙妄動は彼自身の首を絞めることに繋がるのだが。
「ねぇ、君。ちょっといい?」
学院中を駆けずり回っていたビビムに話しかけてきたのは、ミィル。
彼が竜王国の使者だと誤認している竜王族の娘だった。




