62.神滅のダンジョン⑦
俺は魔法で気配を消してから、みんなのいた部屋を出て移動を開始した。
索敵魔法を用いて敵に遭遇しないように注意しながら進んでいく。
「……そろそろいいか」
みんなから充分に離れたことを確認してから呼吸を整えた。
ダンジョン全体から感じ取ったオーラから、確信した。
この程度の隠密魔法では突破できない。
対魔領域に踏み込めば魔法が使えなくなる。
魔法を感知する魔物に遭遇したら発見されてしまう。
つまり、先に進むには俺も本気を出さないとダメってことだ。
――弟子よ。
ディーロン師匠の言葉を思い出す。
――我らの魔法も竜技も、その本質は自然との一体化にある。
呼吸
――竜王族とは本来、世界の意思と一体となりて星とともに歩むもの。
練気
――汝は人なれど、人類にあらず。龍なりき。
吐息
これら一連の動作は、すべて世界と合一するための流れ。
本来の竜技も戦闘用ではない。
天魔大戦の折に必要に応じて師匠が開祖となって編み出した『対人』『対魔』『対天』の三対が、現在の竜技だと教わった。
だけど、師匠に免許皆伝の龍と認められた俺は三対に加えて秘中の秘である『一合』を習得している。
三対一合。これにて真の全竜技。
そして『一合』だけは人類の前で見せてはならないと厳命されていた。
「すぅー……」
合界竜技開帳。
「はぁー……」
すなわち之、星界合一。
まずは手足が消えていく感覚。
自分を支える地が自分そのものになっていくような不可思議。
五感を失い、第六感としか言いようのない何かで世界を認識する。
そんな状態で歩く。
深層を目指して、ただ進む。
今の俺はここにいるけれど、誰もそれを感知できない。
サイクロプスの群れの間を通り抜ける。
ヘカトンケイルが護る門をすり抜ける。
ゴッドゴーレムの索敵をくぐり抜ける。
神滅のダンジョンを徘徊する魔物がどんなに出鱈目でも関係なく。
如何なる強敵であろうと、無形の概念を相手取ることはできない。
これが星界合一。
ミィルすらまだ習得していない竜王族の秘奥技。
そして今なら俺も感じとれる。
この先には確かに何かがいる。
◇ ◇ ◇
八階層へと降りた。
これまでの迷宮構造から打って変わって、ただ広大な空間。
そして目の前にいる魔物は神滅のダンジョンの、おそらくは最終関門。
宙に浮いた巨大な胴体の真ん中に一つ目。そこかしこから無数の人間のような腕が生えて蠢いている。さらに全体が太陽のように煌々と輝いていて、空間を灼熱の地獄と化していた。
その特徴的な外観は竜王族の伝承にも残っている。
天神ですらくびり殺し焼き滅ぼすという太陽魔神アポドシアスに間違いない。
ああ、だからか。
ここは神ですら滅ぶ。
ゆえに神滅のダンジョン。
もちろん、アポドシアスは俺がひとりで戦ってまともに勝てる相手じゃない。
だけど、俺が星界合一しているからなのか全く反応する様子がなかった。
巨大な瞳は今も虚空を見つめている。
そして本来であればボスを倒さない限り最終階層への門は開かないのだけど……それも今の俺にとっては障害とはならない。
こうして俺は一度として戦うことなくダンジョンコアのある九階層へと到達したのだった。




