51.ノールルド伯という男③
「何? 依頼失敗だと?」
冒険者ギルドからの報告書を読みながら、ノールルド伯はソファの上で眉をひそめた。
「やれやれ、今回の連中は無能だったか。まあいい、また別の連中を送り込めば――」
と、そこである一文が目に留まる。
『同様の依頼は今後は一切受付できない』とあったのだ。
「……どういうことだ?」
読み進めていけばいくほど疑問符が増えていく。
同様の依頼を受ける冒険者が見つからなくなったため、金をいくら積まれても引き受けられないという内容がつらつらと書いてあったのだ。
「ええい、ならばもうよい!」
読み終わったノールルド伯は報告書を腹立ちまぎれに破り捨てた。
「どうされましたか、父上」
ただ事ではない様子に息子のビビムが心配してやってくる。
「なに、どうということはない。少しばかり面倒事が増えただけだ」
竜王族の森は希少な薬草や毒草が大量に自生していて根刮ぎ採っても採り尽くせぬほど、それが簡単にいくらでも採り放題。
ダンジョンに魔物は配置されていないのに、宝はより取り見取り。
あと少しで侯爵位に手が届くかもしれないという大事な時なのだ。
王への献上品を途絶えさせるわけにはいかない。
(いや、よく考えたら竜王族は我々に手出しできないのだから無理に冒険者を雇わなくても良かろう)
そのことに気づいたノールルド伯は自らの明晰さに惚れ惚れし、機嫌が良くなった。
たしかに少しばかり手間が増えるが冒険者ギルドを通さずにならず者でも雇えばいい。
金に糸目をつける必要はない。何しろ利益は何倍にも膨れ上がるのだから。
「ビビム。そういえば今日で学院の夏期休暇も終わりだったな」
「はい、父上」
「竜王族の使者が誰であるか突き止めているのであったな。ならば愚鈍な田舎者でもわかるように噛んで含めるように良く言い聞かせておけ。どちらが上でどちらが下なのか、よく弁えるようにとな」
「かしこまりました。お任せください、父上!」
人類裁定などはったりだと考えるノールルド伯は、秘密にしなくてはならないルールをとっくの昔に忘れていた。
それはビビムも同じだ。
もっとも事の次第は既に漏れていたりするわけだが、実を言うとノールルド伯自身が信じるように彼だけは特別で、例外だった。
竜王族の赤子を攫おうとした下手人であるかどうか見定めるために敢えて泳がされていたのだ。
そうとは知らないノールルド伯は優雅にワインをくゆらせていた。
「竜王族など我らの糧になるのがお似合いの田舎者どもだ」
「……田舎者?」
「どうした、ビビム?」
「いえ、例の不正入学者のことをそのように呼んでいたので。なんとなく思い出しただけです」
「そうだったか。まったく、支配されている自覚のない連中というのはどいつもこいつも度し難い田舎者だな」
親子はふたりして笑い合う。
この世に生きとし生ける人々は、人類の未来がこんな愚かな貴族の双肩にかかっているなどとは夢にも思っていなかった。




