46.ノールルド伯という男②
王都に構えた屋敷でノールルド伯は誇らしげに息子を出迎えていた。
「どうだビビム。学院での生活は」
「はい、父上! すべてが万事順調にうまくいっております!」
キグニスによって改竄された成績表を眺めながら、ノールルド伯は満足げに頷いた。
「そうだろうそうだろう。お前は私の息子なのだ。うまくいかないはずはあるまい。ところでビビム。学院に変わった生徒は来なかったか?」
「変わった生徒ですか?」
「そうだ」
ビビムの脳裏に真っ先に思い浮かんだのはアイレンとミィルの顔だった。
「はい、おりました!」
「そうか。実を言うと学院に竜王国の使者がお忍びでやって来ているのだ」
「竜王国……ですか?」
ノールルド伯はあっさりと竜王族と人類裁定のことをビビムに明かした。
学院長が伝えてきたリリスルの警告など気にする必要がないといわんばかりに。
「竜王国といっても大した人数もいない、集落以下の規模だがな。なのに奴らは分を弁えず、人類を裁定するなどと嘯いているらしい」
「なんと。トカゲ風情がなんと生意気な……」
「まったく、お前の言うとおり。連中は人類を皆殺しにすると言っているらしいが、そんなことは有り得ないのだ」
「どういうことでしょうか父上?」
「竜王族と人類との間には古の盟約がある。すなわち竜王族は人類に手出しをしないというな」
ノールルド伯は盟約の詳細を知らない。
だが、竜王族が人類に一方的に従属する内容と捉えていた。
何故なら、これまで冒険者を派遣して森を略奪させても何もなかったからである。
そう、ノールルド伯は竜王族の森にある数多の秘宝を手に入れて、王に献上していた。
そうやってセレブラント王宮での地位を得たのである。
中級貴族出身の浅学ゆえ、成り上がり貴族の傲慢ゆえの過ちであった。
「だから王宮の貴族たちにも何も心配はいらないと伝えてやったよ。いやあ、慌てふためく連中のなんと面白き事。王も私の言いなり。竜王族の宝はすべて私の物のようなものなのにな。現に今も冒険者を送り込んでいるところだ」
前回送りこんだいつもの冒険者パーティは何故か失踪してしまっている。
しかしノールルド伯は森に辿り着く前に魔物にでもやられたのだろうと深刻に捉えていなかった。
彼にとって冒険者は代えの利く駒に過ぎない。
「さすがでございます! 父上は世界のすべてを裏から支配していらっしゃるのですね!」
息子の称賛を満足げに受け止めるノールルド伯。
「まあ、さりとて竜王国の使者を無碍にすれば連中とて鈍い牙を研ぐやもしれぬ。万事慎重に運べよ、ビビム」
「無論でございます。それと……その使者というのが何者なのか、察しはついております!」
「ほう、さすがは私の息子だ。既に使者が誰か見抜いていたか」
「ええ、実は学院長が耄碌していて不正を見抜けずに入学を許可した田舎者の平民がいるのですが、其奴の隣にいる少女に間違いないと存じます」
「はは、なるほど。見る目のない連中だな。しかしその田舎者の平民風情、不正な手段で入学したところで授業について行けるはずがなかろうに愚かなことだな」
「はい。そのはずですが、どうやら教官を抱き込み成績を改竄させているようなのです」
ビビムが自分のことを棚に上げながら、アイレンも同じことをしているに違いないとばかりに断言した。
「実に嘆かわしい。その不正入学者も抱き込まれた教官も学院から追放すべきだな」
父親の評価に頷くビビム。
そう、彼はミィルこそが竜王国の使者であると誤認していた。
まさかアイレンが使者とはこれっぽっちも考えていない。
「実はその不正入学者の悪事を暴くために動いているところです。せいぜい竜王国の使者とやらにも恩を売ってやりますよ。ペテン師に騙されるところを救ってやったんですから!」
そうすればあの少女と近づく機会もできるだろう。
竜王族の使者と懇意にできれば父上も喜んでくれるかもしれないと、ビビムは無邪気に考えた。
「ははは、頼もしい。まったく我らの未来は安泰だな。せいぜい使者に人類の素晴らしさを教えてやりなさい」
「はい父上!」
ノールルド伯とビビムは笑い合う。
かたや搾取される骨董品の滑稽さが可笑しくて。
かたや他の生徒たちが知らない『真実』を知っていることに酔い痴れて。
このやりとりの一部始終を見聞きしていた者がいたとは露ほども知らずに。




