44.黄龍師範ディーロン②
俺は師匠に拱手――竜技の使い手同士による両手を合わせた挨拶――して礼を取り、頭を下げた。
「ただいま帰りました、師匠」
「うむ。さて、戻ってきたということは人類鏖殺を好としたのだな? 呵呵々、そうかそうか、皆殺しか。腕が鳴るわ」
「まだです! まだ決めてません!」
「なんと!? 弟子よ、優柔不断は好くないぞ。人類など無価値。百害あって一利なし。生かすか殺すか疾く決めよ。今ここで」
「人類裁定ってそういうんじゃないですから!」
相変わらずだな、師匠は。
竜王族全体で人類裁定を決めたから独断専行をしないだけで、今でも人類鏖殺を掲げている。
前はこうじゃなかったんだけど――
「……むぅ。人類など一切合切、誅すに限ると思うがな」
「俺も人類ですけど?」
「否。竜技を修めたお前は人間ではあっても人類に非ず。龍なりき」
「ああもう、師匠と話してても埒が明かないんで。グラ姉はどこです?」
「報告があると聖母のところに向かったぞ。会わなんだか」
「あちゃー、入れ違ったのか……」
まあ、師匠に挨拶するのが目的だったし戻ればいいんだけどさ。
「せっかく来たのだ。赤子の顔を見ていかんか」
「ああ……そうですね。そうします」
師匠に招かれて部屋の中に入る。
部屋の中心にある『揺り籠』と呼ばれる祭壇では布にくるまれたかわいらしい赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。
俺が森で拾われた後に生まれた、唯一の妹。
あの日、この部屋で、人類の冒険者に誘拐されそうになった。
「あの、ひょっとしなくても師匠がここにいたのって……」
「無論。また賊が来た暁にはこの手で一人残らず処すためよ」
並々ならぬ決意表明に俺は思わず生唾を飲み込んだ。
師匠がこれほどまでに鬼気迫る表情を浮かべたのを見たことがなかったからだ。
「あの日、賊が押し入ったとき儂は最奥でのうのうと寝ていた。しかも天魔大戦を共に戦い抜いた人類の盟友たちと酒を酌み交わす夢を見ていた体たらく。もはや友との盟約は儂を縛りつけてはいない。人類が寝所に立ち入らば、殺すのみ」
其は怒りに非ず。
其は誓いだった。
人類にどんな仕打ちを受けても頑なに盟約を守り通そうとし続けていた師匠。
それが赤子を攫われかけたことで己が不甲斐なさに恥じ入り、人類鏖殺という正反対の思想に舵を切った。
何万年も昔の人類との約束が師匠にとってどれほど大切だったのか。
それを破棄せねばならなかった無念……俺には想像すらできない。
「聖母のところに戻るがいい、我が弟子よ」
師匠の声音はいつになく優しかった。
だけど、表情はとても辛そうで。
「そして願わくば、我が宿業をこの手で断ち切る機会を。人類鏖殺の裁定を下した際には、いの一番の知らせを」
その言葉を聞いたとき俺は……この人に人類を殺させたくない、と心の底から願った。
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