42.橙竜聖母サンサルーナ
夏期休暇が始まった。
一ヵ月半ほど学院が休みになるので、夏期講習に参加する一部の生徒を除いてほとんどが生家に帰る。
俺とミィルも王都郊外で呼び出した眷属竜に乗って、故郷の森に帰ってきていた。
鬱蒼と茂った木々の中でも一際巨大な樹木の近く着陸する。
眷属竜にお礼を伝えて役目を終えた証となる印紐を角に括りつけるてやると、嬉しそうに飛んでいった。
印紐をつけた眷属竜は、お腹いっぱいの餌がもらえるのだ。
「んー、やっぱり森に帰ってくると落ち着くねえ!」
ミィルが大きく背伸びしてから深呼吸した。
俺もそれに倣う。
「ここを出たのがすごく昔な気がする……」
春期の授業はだいだい三か月ぐらい。
ミィルにとっては一瞬だっただろうけど、俺にとってはそれなりに長い時間だ。
「じゃ、せーのでいこ?」
「わかった。せーの……」
「「ただいまー!」」
俺とミィルが森の中で叫ぶと、周囲の枝にとまっていた小鳥が一斉にはばたいた。
そして、目の前の巨大な樹木の中からひとりの女性が現れる。
「あらあら、おかえりなさいアイレンちゃんにミィルちゃん。なんだかさっき会ったばかりのような気もするけど」
おっとりとしたしゃべり方で俺たちを出迎えた橙色の衣を纏った女性は“橙竜聖母”サンサルーナ。
“赤竜王女”のリリスルと同じく七支竜のひとり。
年若いお姉さんに見えるけど七支竜の中でもかなりの年長者だ。
そして俺の――
「まあ、みんなにとってはあっという間だもんな」
「どうする? アルティメットホーネットの蜜パイ食べる? それともおっぱい飲む?」
「いやいや、もう乳離れしてるから! いつまでも子供扱いしないでくれよ『母さん』」
サンサルーナは俺の育ての親だ。
というより、彼女より若い竜王族は血が繋がっていない者も含めてほぼ全員、彼女に育てられている。
リリスル、そしてミィルや他の姉たちと実の家族のように育てられたのだ。
「うふふふ。わたしにとってはみんないつまでも子供よ」
「あたしは蜜パイ食べるー!」
「あ、俺も!」
「はーい、作るから待っててねえ」
サンサルーナの後に続いて樹の幹の中を通り抜けて中に入る。
中は樹をくりぬいたような外壁と内装をしているけど魔法で空間を広げてあるから外の見掛けよりだいぶ広くなっている。
早速サンサルーナが台所で蜜パイの生地をこね始める。
ミィルはソファにダイブして「んー、このふんわり最高ー」と我が家を満喫していた。
「母さん、何か手伝うことある?」
「アイレンちゃんはいい子ね~。でも大丈夫だから、ゆっくり休んでね」
「わかった。ところでさ……師匠ってもう起きてる?」
「どっちの師匠~?」
「えっと、竜技のほうの」
「そっちは起きてるわ。というより、もう後ろにいるわ」
「ぎゃーっ!」
悲鳴をあげて反射的に振り返る。
けど、そこには誰もいない。
「うふふふふふ……アイレンちゃん、相変わらずからかいがいがあって可愛いわね」
「悪い冗談はやめてくれよ! 寿命が縮んだじゃないか!」
「あらあら、それはちょっと洒落にならないわ。やっぱり竜聖酒を飲んで寿命を延ばしたほうがいいわよ」
「俺には酒は早いって!」
何が楽しいのか「あらあら」と笑いながらパイ生地をこねる作業に戻るサンサルーナ。
ああ、うん、この光景。
まさしく我が家だなぁ……。




