38.ミィルの気づき
「あたしわかった。人類って、異物を排除しようとする習性があるんだね」
強い日差しに思わず目を覆ってしまうような夏の朝。
学院に通学する途中、ミィルがポロッと漏らした。
「どうしたんだ、急に」
「最近ようやくわかったの。アイレンが人類術式を使い始めてそんなことする必要ないのにって思ってたんだけど、この間の授業でクラスメイトのみんなの見る目がガラッと変わったよね?」
「ああ、そうだなぁ」
「理解できないものをまず遠ざけようとするのって、あたしたちの感覚だと全然ピンと来なかったけどさー。アイレンとあたし、みんなに怖がられてたんだなぁって改めてわかったっていうか。なんかね、それまではなんか怖がられることに納得できてなかったの。でも、ひょっとしたらクラスのみんなはアイレンとあたしが魔物みたいに見えてたんじゃないかって思ったんだ」
「あー……そういうところはあるかもしれないな」
俺も実際に人類社会に触れてみて、わかってきたことがある。
自分の中でおぼろげに感じていた竜王族との隔意が、今の人類と比較することでようやく理解できてきた。
竜王族は強い。
絶対的な強者だ。
だから未知を恐れない。
まずは近づいて接触を図り、それから対応を考える。
人類は弱い。
ひとりひとりは弱者だ。
だから未知を恐れる。
安全か危険かを学習してから、それぞれの共同体でルールを決める。
「人類って、ひとりひとりはみんな弱いの。だったら全員が強くなればいいって思ってたけど、そうじゃなかった。強くなれない子もいるみたい。それはあたしたちの感覚だと信じられないけど人類では当たり前のことなんだなって。だから弱さを補うために群れて、魔法も同じようなのにしてみんなでいっぱい撃つんだなって。今までずっとモヤモヤしてたんだけど、この間の授業でそれが一気にわかったの。みんな同じだと安心するんだなって」
ミィルは感慨深そうに呟いた。
ボケッとしているように見えるけど、相変わらず見るべきところはちゃんと見ている。
「人類は弱い、か。確かにそうだよなぁ……俺、森の中だとぶっちぎりで弱かったもんな」
「アイレンすごいがんばってたよね。みんなから免許皆伝もらってたし。でも、なんかホント、びっくりするぐらいなんでもしてたよねー」
「そういや、俺がみんなに勝てた部分ってまさにそういうところだよなぁー」
発想の逆転。
予想外のだまし討ち。
竜王族だったら絶対やらないであろう無茶の数々。
まあ、俺もみんなに追いつこうと必死だったんだよな。
「人類のそういうところってねーさまたちはあんまりいいって思わないみたいだけど、あたしはそうでもないの。それってがんばってるってことだもん」
竜王族は騙さない。
己を偽る必要がない。
みんながみんな、正直者だ。
冗談を言うことはあっても、誰かを陥れるような真似はしない。
人類はよく嘘を吐く。
己すら偽りながら生きている。
みんながみんな、嘘吐きだ。
嘘に真実を織り交ぜることによって、誰かを陥れることさえする。
「それにしても……てっきりみんなもがんばればアイレンみたいになれると思ってたけど、違ったんだねー! すごかったのはアイレンだった!」
ミィルがとても嬉しそうに笑う。
それが一番大きな発見だったとでも言いたげに、俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。
姉のくせに妹のように甘えてくるミィルの頭を撫でてあやしながら、俺は学院の門をくぐった。
今日は夏の長期休暇前の、最後の授業日だ。




