34.ノールルド伯という男①
一方その頃。
学院長から竜王族が動き出したと報告を受けた王侯貴族たちは大慌てだった。
「妻から学園に入学したと聞いたが、うちの息子は大丈夫なのか!?」
「まずいぞ、あそこにはうちのわがまま娘が……」
「お前の子供は余計なことしてないだろうな!?」
宮廷に出入りしている王侯貴族たちは竜王族の恐ろしさを知っている。
権力志向の貴族たちによって伝説の数々は矮小化されているが、公爵から侯爵あたりまでの上級貴族は幼少時から竜王族について教育されていた。
結論から言えばその教育を中級以下の貴族や市井にまで広げるべきだったのだが、もう遅い。
「まぁまぁ、皆さん。どうか落ち着いて」
そう、例えばこの男。
国王の御前で騒ぎ始めた王侯貴族を宥めた、煌びやかな服を纏った貴族。
ノールルド伯爵。
セレブラント王国の現国王の補佐役にして、ビビムの父親だ。
「やってきた使者は何故か人間といいますし、皆さんの優秀なご子息ならば問題などないでしょう」
これっぽっちも危機感を覚えていない余裕綽々の態度で、ノールルド伯は王侯貴族たちに改めて訴えかけた。
「そうは言うがなノールルド伯……相手はあの竜王族なのだぞ?」
「彼らが本気で人類裁定を始めたというなら、我々の言い分など通用しまい」
「全員の首筋に刃物が当てられたようなものだ。落ち着いてなどいられるわけがない」
ひとまずは落ち着いた王侯貴族がああでもないこうでもないと意見を交わす。
ノールルド伯はというと、自分よりも爵位の高い王侯貴族たちが自分の言葉に一喜一憂する様子を恍惚とした表情で眺めていた。
「皆の者、ノールルド伯もこう言っている。騒ぐのはやめよ」
セレブラントの王が眠たげな声で呼びかける。
病がちなため覇気にはかけるが、善き王だ。
王侯貴族たちは王の言葉に従って黙り、傅いた。
「そちはどう思う、竜王族を」
王侯貴族が自分に跪いているような気分に浸りながら、ノールルド伯はいつもどおり王に差し障りのない助言をする。
「我らが慌てたところで意味はありますまい。それに使者は裁定のことを学院や民に伝えてはならないとのこと。手紙も使者もすぐに露見しましょう。つまり、我らにできることは……」
「何もない、ということだな……」
「はい。ここは我らの子供たちを信じましょう」
ノールルド伯は王の言葉に一礼し、誰もが反論しにくい綺麗事でまとめた。
「それに学院にはセレブラント始まって以来の天才と名高いリード様と、私が薫陶を与えてきた息子がおります。きっと竜王族も認めてくれるでしょう」
「うむ……さて、そろそろよいか。余は花に水をやらねばならんのでな……」
「かしこましました。では、皆さんもここでお開きということで」
ノールルド伯が締めると、王侯貴族たちは渋々といった様子で下がっていった。
「そういえば陛下。私の領地から貴重な植物が届いておりますゆえ、後ほどお目にかけてもよろしいでしょうか」
「おお、誠か。それは楽しみだ……そちの献上品はいずれも逸品ゆえ高く評価しておるぞ」
「ありがたきお言葉です」
王に評価され、補佐役として半ば王のように貴族たちを従える立場にノールルド伯はとても満足していた。
公爵令嬢を娶り、冒険者に入手させた希少な物品を王に献上し続けることで爵位以上の地位を得たのがノールルド伯である。
身に余る立場に身を置いたことで夢見心地となっている彼は竜王族のこともよくわかっていなかったし、王侯貴族たちの慌てようは大袈裟すぎると考えていた。
「さあ、参りましょう陛下。我らの王国の未来は明るく照らされておりますよ」
なんの根拠もない希望的観測を高らかにうたいながら、ノールルド伯は新たな爵位を与えられるであろう未来に想い馳せる。
「そうは言うが……本当に大丈夫なのだろうな。息子たちはうまくやっておるのだな?」
やや不安そうに念押ししてくる王に、ノールルド伯は笑顔で請け負った。
「もちろんでございます。リード王太子と我が息子ビビムは必ずや竜王族に認められるでしょう!」




