30.ビビム・ノールルドのやらかし①
リードが正式に敗北を認めたことで、水属性実習の勝負は終わりを迎えた。
教室を移動する道すがら、ラウナがため息を吐く。
「やっぱりアイレンさんだけじゃなくて、ミィルさんもすごいですね。炎の実習で見たときからわかってはいたことですが……」
「えへへー」
教室を移動中、ラウナに褒められて嬉しそうに笑うミィル。
とはいえ彼女には学院に入学するにあたって多くの力に制約が課せられている。
裁定が終われば破壊の権化と化すリリスルと違って、人間たちの中で普通に暮らすのに不自由がないようにとのことだ。
それでも規格外なことには違いない。
何しろミィルは竜王族の中でも七支竜”青竜大洋”直系の水竜の仔なのだ。
水を操ることにかけては俺だって手も足も出ない。
「でも、あの薔薇を創れたのはアイレンがちゃんと精霊で加護ってくれたからだよー」
「加護る……?」
「ああ、気にしないで。ミィル独特の言い回しだから」
どんなに水を操るのがうまいからって、疑似的な生命を再現することはできない。
精霊の加護をうまく織り交ぜて、自然の薔薇に近い営みを創り上げる必要がある。
あの術式には命の始まりから終わりまでを見届ける竜王族の文化が関わっているけど、ラウナにうまく説明できる自信がない。
「ああ、でも……あのとき視えたのは、そういうものだったのですね。なんとなくですがわかりました」
わかっちゃうのか。すごいな神眼。
俺だって真理の一端を理解するのにめちゃめちゃ時間がかかったのに。
「セレブラントの芸術魔法は最先端だと思っていましたが、ああいうアプローチもあったのですね。これまでの狭い見識を恥じるばかりです」
「いやあ、それは俺も同じだよ。ああいうのもあるんだなって……」
今回の勝負、竜王族の創造魔法がラウナの初見だったっていうのがそれなりに大きいと思う。
マイザー教官殿の言うとおり、リード班の作品もかなりの出来だったのは間違いない。
何より竜王族には力を合わせて一つのものを創り上げるなんて発想はない。
今回の水薔薇みたいにせいぜい一人か二人が必要に応じて足りないものを補い合う程度だ。
俺自身、少なからぬ衝撃を受けた。
人類裁定をするにあたって大きな判断材料になるだろう。
そんなことを考えながら教室に入ろうとしたとき。
「おい! そこはお前のような田舎者の平民が入っていい教室ではないぞ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは金髪の生徒だった。
「……えーと、確かビビム?」
「様をつけろ様を!」
そうそう、確かビビム・ノールルドだ。
たしか王の補佐を務めてる伯爵家嫡男とかいう。
「何か用です? 俺は普通に教室に戻るところなんですけど……」
「なっ、お前が王賓クラスだと! 平民の分際で!? 嘘を吐くな!」
またこの人は頭から嘘って決めつけてる……。
「どこのどなたか存じませんが、そのような物言いはどうかと思いましてよ」
眉をひそめながら俺と出会った頃のお姫様口調で注意を促すラウナを、キッと睨みつけるビビム。
「むっ、どこの令嬢だ!? こんな田舎者とつるんで恥を知れ、恥を――」
そこまで言いかけたところでラウナの顔に気づくと、ビビムはサッと傅いた。
「初めまして、お美しいご令嬢! こんな田舎者とつるんでいてはせっかくの美しさに陰りが出ますよ」
「うわー……」
ミィルが「やっちゃってるよこの人ー」という顔で驚いている。
そして今度はミィルの方を見て目を輝かせるビビム。
「ほほう、君は君でなかなか! どうだい、レディ。そんな田舎者は放っておいて、この私と」
「そこ、じゃーま! どいて!」
ミィルにぺいっと軽く押されてバランスを崩したビビムが派手に倒れる。
「な、なにをす――」
ビビムが起き上がるころには俺たちは既に教室の中に入っていた。
「ぜ、全員が王賓クラス? と、いうことは……」
ようやく自分が何をしていたか気付いた表情のビビムに対して、ラウナが極めて社交的な笑顔を浮かべて、トドメを刺した。
「フルドレクス魔法国第二王女のラウナリースと申します。それではビビムさん、ご機嫌麗しゅう」
顔を青ざめさせるビビムを置き去りに、俺たちは教室の扉を閉めたのだった。




