29.水属性魔法実習⑥
「なんだと?」
俺の漏らした呟きに、リードが鋭い視線を返した。
「今、何と言った? 物足りないだと!? よもやそのような負け惜しみを――」
「ミィル。俺たちの作品を持ってきてくれ」
「はーい!」
俺の合図で仕切の向こう側からミィルが出てきた。
「うんしょ、うんしょ」
ミィルは両手に鉢植えを抱えている。
そして鉢植えに植わっているものを見た生徒たちは、みな一様に冷笑した。
「なんだ、何かと思ったらただの薔薇じゃないか」
「やっぱり勝負にならないじゃありませんの」
「しかも見ろよ。花は蕾だ。ひろがった花弁を氷では作れなかったんだろう」
みんなの言うとおりだ。
鉢植えには俺たちの班作品である薔薇が植わっている。
花の部分はすべて蕾だ。
「……いや、待て。まさかあの薔薇は……」
リードが何かに気づいて、ミィルのところまでフラフラと歩いていく。
「凍らせてない!? 水のままだ!!」
教室中がざわめいた。
マイザー教官殿も息を呑んでいる。
「いや、そうか。ミィルくんが鉢植えを通して魔力を流して形の維持を――」
「んー? してないよ、そんなこと。それじゃ作品じゃないもん」
「なっ……そんなこと、できるわけがあるか! 水を留め置くには凍らせるのが常識だ!」
あー、やっぱり。
リード班の作品を観て誰も疑問に思ってなさそうだから、もしかしてとは思ってたけど。
人類では水で形作ったものを凍らせて固めるのが当たり前なのか。
「んー、そんなこといわれてもなー」
「クッ……よく見せてくれ!」
リードの求めにミィルが「いいよー」と応じた。
冷静さをかなぐり捨てたリードが、水の薔薇をまじまじと観察する。
「なんだと……薔薇を構成する水は一点に留まっていない。これは流体だ!」
「えー、だって留めると魔力が滞っちゃうもん。なにより、水は流れるのが当たり前でしょ?」
ミィルの言うことが信じられないといわんばかりの顔をするリード。
「わたくしにもよく見せてください」
リードがラウナを振り返って絶句した。
神眼である赤い右目から、ラウナが涙していたからだ。
「自然との調和、精霊の加護、魔力の流滴……すべてが完璧です。いえ、違う。これは完璧だなんて、そんな閉じた概念で留まっていない……この薔薇は生きています」
「……どういうことだ?」
ただならぬラウナの様子に何かを予感しつつも、リードが問う。
「確かに水でできていますが、これは液体が薔薇の形を取っているのではありません。この薔薇は生命なのです」
「生命……」
リードが茫然と呟いて、水薔薇を凝視する。
「ご覧ください。この薔薇は今まさに咲こうとしています」
ラウナの言うとおりだった。
水薔薇の蕾が少しずつ花開いていく。
やがて満開になった水の薔薇を目の当たりにした生徒たちは言葉を失っていた。
「ああ……ごめんなさいリード様。わたくしは、こんな素晴らしいものを見たことがありません……」
神眼ではないラウナの碧眼からも、とめどない涙が溢れ出す。
だけど、口元には自然と優しい笑みが浮かんでいた。
それを見た誰もが理解する。
ラウナが、どちらの作品に軍配を上げたのかを。
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