112.エルテリーゼ救出作戦④
ガルナドールの巨体がかき消えた瞬間、アイレンの眼前に拳圧が迫っていた。
パワーもスピードも先ほどまでの比ではない。
反応できる人間なんて、絶対にいないはずだった。
だがしかし――
「ぬおおおおっ!!」
打ち下ろしの拳が床を木っ端微塵に砕く。
振り抜いた裏拳が壁に人間大の風穴をあける。
ガルナドールの連撃は轟音とともにフルドレクス城内を揺らし続けた。
それはつまり、アイレンへの命中打がないことを意味する。
「何故だ! 何故当たらん!?」
ガルナドールの苛立ちは頂点に達しつつあった。
無類無敵の自分が、たったひとりの子供に翻弄されている。
すべての攻撃をアイレンに躱され続け、付け焼き刃のフェイントを仕掛けても見切られてしまう。
それは最強の肉体を誇りとしているガルナドールにとって受け入れがたい現実だった。
しかし、頭に疑問符が浮かんでいるのはアイレンも同じだ。
(この人、どうしてまだ動けるんだろう? カウンターは全部急所に当ててるのに……)
実を言うとアイレンは攻撃を躱すたびに反撃を繰り出していた。
最初のうちは手加減していたが、効いている様子がない。
だから今では本気で打ち込んでいるのだが……。
(呼吸も練気も問題ないな。俺が不調ってわけじゃない。むしろ絶好調! どっちかというと対人竜技の効きが良くないような……?)
アイレンは最も効果的なタイミングで急所に打撃を加えている。
拳を振り抜いた硬直を狙ったり、姿勢の低くなったタイミングで顎に掌底をぶち当てたり。
それなのにガルナドールはこれっぽっちも痛痒を感じていないようなのだ。
普通の人間ならとっくに意識を刈り取れているはずなのに……。
「そういうことなら仕方ない!」
アイレンが構えを変える。
呼吸、練気、咆哮。
ガルナドールの拳を掻い潜って震脚を踏み、必殺の正拳突きを繰り出した。
「竜の爪!」
人間の急所、正中線のど真ん中を山をも砕く一撃でもって打ち抜く。
さすがのガルナドールもたまらず吹っ飛んでいった。
受け身もとれずに床を何度か跳ねて、ごろごろと転がってから、ようやく止まる。
アイレンはしばらく待ってみたが、ぴくりとも動かない。
「こ、殺しちゃったかな……ラウナのお兄さんなのに」
竜の爪はひとたび放てば、どんな敵も木っ端微塵になること請け合いの技だ。
さすがのアイレンも人間相手に使ったことはない。
ガルナドールは五体こそ四散しなかったが、これで生きているようでは人間とは言えないだろう。
(ガルナドール王子なら耐えられるような気がして使ってみたんだけど、失敗だったかな……)
アイレンの胸に罪悪感がこみあげてきたとき。
「……いいだろう。作戦変更だ」
ガルナドールがゆらりと立ち上がる。
アイレンは思わずホッと息を吐いた。
「認めるぜ。力任せの稚拙な技じゃ、お前を倒すことはできんということらしい」
「なんかすいません」
「謝るな。余計にイラつく」
反射的に謝ったアイレンに毒づきながらもニヤリと笑うガルナドール。
「だが、挑発には乗らん。この肉体の性能に浮かれていたのは事実だからな」
アイレンは気配の変化に気づいてハッとした。
(あ、まずい。ガルナドールさんは怒ってるときより冷静になったときのほうがヤバそう!)
どうやらさっきの竜の爪がガルナドールの頭を冷やしてしまったらしい。
アイレンは自分の失敗を反省しつつ、思考を巡らせる。
(それにしても竜の爪でもノーダメージだなんて、いよいよもって人間じゃないな。いや、ひょっとして――)
「オレも本気を出そう! 今までやったことはないから、どうなるか知らんがな!!」
アイレンがひとつの可能性に思い至ったとき、ガルナドールが吠えた。
「ぬおおおっ!」
ガルナドールの上半身が隆起して、ところどころに突起状の角が生える。
背中からは白い翼が展開し、ただでさえ巨大だった肉体が数倍に膨れ上がった。
「その姿は……!」
「そうとも……オレは神の肉体を手に入れた! パワーも! スピードも! 先までの比ではないぞ!」
ガルナドールが得意げに自らの肉体を誇示した。
全身の肌の色も薄紫色に変わっていて、両目も謎の輝きを帯びている。
竜王族の言い伝えを思い出したアイレンは、その正体に気づいた。
(対人竜技が通用しなくて当たり前だ……ガルナドール王子は人間じゃない! 天神だ!)




