110.エルテリーゼ救出作戦②
対魔領域ではサーチの魔法も使えないので罠に気を付けながら進んだけど、これといって仕掛けはないみたいだった。
出入口がさっきの扉しかないから、見張りもいない。
だから俺たちは渡り廊下の終端の扉を開き、無事に幽閉塔内部まで到達することができた……本当に何事もなく、成功しちゃった。
不謹慎かもしれないけど、もっといろんな面白いイベントが起きると思ってたのに……。
「お姉さまっ!」
ラウナが覆面を外しながら格子に駆け寄った。
「ラウナ!? どうしてあなたが……」
「お助けにあがりました!」
「そんなまさか……!」
暗がりの奥から驚きの声とともに、誰か立ち上がる気配がする。
月明かりに照らし出されたのは、ものすごく綺麗な女性だった。
正直に言おう。人類でこんなに綺麗な人は見たことがない。
肌は異様なまでに白く、瞳は赤くて、銀髪がキラキラと輝いてる。
竜王族のような生命力に溢れた美しさではなくて、どこか作りものめいた感じがするっていうのが第一印象だった。
「ご無沙汰しております、エルテリーゼ王女」
「あなたは……リード? ずいぶんと立派になったのね……」
「いいえ。最近は未熟を痛感するばかりです」
リードが俺を振り返りながら、自嘲的な笑みを浮かべる。
「そちらの方は?」
エルテリーゼさんが不審げに俺を見た。
「わたくしの学友です」
「そう」
ラウナの答えに頷いたエルテリーゼさんが、ジッと俺の瞳を覗き込んでくる。
すべて見透かされてる気がして、なんだか緊張してしまった。
「……状況は概ね理解したわ。再会の挨拶は後でゆっくりと」
エルテリーゼさんは一度だけ頷くと、ラウナに向き直った。
「この牢の鍵はガルナが肌身離さず持っているわ。対魔領域では鍵開けの魔法も使えない。それとも……まさか手に入れたのかしら?」
「いえ、残念ながら。ですが鍵は不要なのです、お姉さま」
「というと?」
首を傾げるエルテリーゼさん。
俺はグッと握り拳を作ってみせた。
「俺が素手でぶっ壊すからです!」
「……本気なの? この牢の格子はダマスカス鋼でできているのよ。石壁もとても分厚い。ガルナのように自分の肉体を改造しているならともかく……」
エルテリーゼさんが不自然にひん曲がった格子を見る。
まるで誰かがすごい力で掴んだみたいな跡だ。
「信じがたいかもしれませんが、我々は可能だという前提でここに来ております」
「……そうね。今は信じるしかないわ」
リードに諭されると、エルテリーゼさんは意外とあっさり頷いた。
話が早くて助かるな。
「じゃあ、危ないんで下がってください。俺も久々に本気でいきます!」
俺は最大出力の正拳突き……竜の爪を放つべく、腰を落とした。
◇ ◇ ◇
その爆音と震動は城内にまで響き渡った。
「何事だ!」
「幽閉塔のほうだ!」
異常を察知した兵士たちが渡り廊下の入り口へと殺到する。
こんな大騒ぎになっているにも関らず、見張りのふたりはぼーっと突っ立っていた。
「ここには誰も来ていない」
「誰も通っていない」
「そんなわけがあるかッ!」
「駄目だ、こいつら魅了されてる!」
「いいから鍵を渡せ!」
ここで二度目の爆音。先ほどよりも大きい。
「いった何が起きてるんだ!」
「あそこには誰もいないはずなのに……!」
幽閉塔にエルテリーゼがいると知っているのは、ガルナドール派の一部の者のみだ。
城の兵士のほとんどは知らされていない。
「いったい何の騒ぎだ!」
だから、事情を知る者が兵士に余計なものを見られないよう大急ぎで駆けつけてくるのは当然の話だ。
「殿下!?」
「おでかけになったはずでは!」
関係者の中で誰より早くやってきたのは、なんとガルナドールだった。
「なぁに……ちょっとした野暮用を思い出してな。それより何が起きている?」
「幽閉塔のほうで何やら爆発が……今から確認に行くところです!」
「そうか……お前たちは、この先には行くな。命令だ」
「し、しかし……」
「命令だと言っている!」
ガルナドールに一喝されると、兵士たちはいそいそと引き下がった。
「ここから先は俺ひとりで行く。お前たちは、この入り口を見張れ。オレ以外は誰も通すな」
「か、かしこまりました。今から鍵を……」
「それもいらん」
ガルナドールが扉を蹴りつけると、頑丈な鉄扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。
その光景を目の当たりにした兵士たちが戦慄しているが、ガルナドールは何事もなかったかのようにのしのしと渡り廊下へ進んでいく。
(……どういうことだ?)
兵士達の前では冷静を装っていたが、ガルナドールの脳内は疑問符で埋め尽くされていた。
(エルテリーゼ……あの化け物女の力は対魔領域では発揮できんはず。まあいい……オレのいない間に動こうとしたようだが、運が悪かったな! この場、この手で処刑してくれる!)
長い長い渡り廊下を歩いていくと、ガルナドールの視界に誰かが映った。
「……子供だと?」
渡り廊下の真ん中あたりに陣取る影を認めて、ガルナドールは首を傾げる。
覆面をした少年だった。
はり切った様子で準備運動をしているように見えるが……。
「あれっ? どうして……お兄さんは出かけたはずじゃ」
少年がガルナドールを見て声を上げた。
「このオレをお兄さん呼ばわりか。いったい何者だ? 名を名乗れ」
「俺は……っとと、名乗っちゃ駄目なんです。ごめんなさい」
「フン……賊にしては奇妙な奴だな」
ガルナドールが思案するように顎に指を当てる。
エルテリーゼ派の刺客が手引きしたにしては態度がおかしい。
なんとも場違いで緊張感に欠けた……そう、まるで遊びに来ている子供のような雰囲気だった。
いわずもがな、少年の正体はアイレンである。
ガルナドールは一度接見していたがアイレンに一度も目をくれなかったため、まったく思い出せなかった。
「それより、でかけたんじゃなかったんです?」
アイレンが小首を傾げる。
(やはりオレの留守を狙ったか)
ガルナドールは今回の犯行が計画的なものであると確信した。
普段の彼なら問答無用で目の前の敵を叩き潰しただろう。
しかし相手が子供であるのと、どこか毒気を抜かれる気配に当てられて素直に答えてしまった。
「ハンカチを取りに来た」
「……はい?」
「おふくろの形見のハンカチを部屋に忘れた。アレがないと用を足すとき手が拭けないのでな……ここに戻ったのは、たまたまというわけだ」
「そうだったんですね! お母さんの形見なら大切です!」
アイレンの素直な反応にガルナドールは思わず呆気にとられた。
「……ガハハ! 本当におかしな奴だ。だが、ここに入り込んだ賊を生かして帰すわけにはいかん。悪いが死んでもらうぞ?」
「そうですか! 俺もここを通すわけにはいかないんで! 悪いですけど倒れてもらいます!」
アイレンは、ガルナドールが見たことのない構えを取った。
「……ほう! このオレに! 倒れて! もらうと!」
いつになく気分を高揚させながら、ガルナドールはアイレンに近づいていく。
「実に面白い! 少しばかり、子供の遊びに付き合ってやるとするか!!」




