109.エルテリーゼ救出作戦①
「よし、出たぞ」
夜更けにガルナドールの乗り込んだ馬車が城を出立すると、リードは予定通りに合図を出した。
俺たちは透明化の隠密魔法で城の庭へと潜入する。
「魔法のトラップは視えませんね。やはりお兄様は魔法のセキュリティを全部切っているみたいです」
「今回ばかりはあの男の魔法嫌いに助けられたな」
「その代わり、機械式のトラップはあるだかろうから気を付けないと」
ここにいる全員がダンジョン講習でトラップに関する座学と実習を受けている。
トラップ探知の魔法などを駆使しながら、庭を進んでいった。
「あれが幽閉塔です」
ある程度進んだところでラウナが城のほうを指差した。
少し離れたところに塔が建っているのが見える。
月明かりに照らされた幽閉塔は、どこか神秘的な輝きを放っていた。
「幽閉塔の周りはすべて水のお堀で囲まれているのですが、そもそも地上からは階段がなくて辿り着けません。道は天守から伸びる渡り廊下しかないのです」
「つまり、一度城に入るしかないんだねー」
ミィルの呟きにラウナが頷いた。
「道案内はわたくしができます。兵士に隠密魔法を看破されることはないでしょうし、罠や警報装置にだけ気を付ければ大丈夫かと。ただ、渡り廊下から先は対魔領域になっているので、あらゆる魔法が使えなくなるんです。もともと幽閉塔は大罪を犯した貴族や、表舞台に出られない王族が封印される場所ですから」
対魔領域……神滅のダンジョンでもあった、あれだな。
渡り廊下となると隠れる場所もないだろうし、そこから先は隠密魔法も使えない。
俺が星界合一を使う手もあるけど、人類の前で使うことを禁じられてるからなぁ。リードとラウナがいる間は無理だ。
ここは素直に力を合わせて突破した方が良さそうかな?
「行きはまだ何とかなると思います。問題は帰りです。さすがにお姉さまを牢から出したら警報が鳴るのは避けられないので、渡り廊下を封鎖されてしまったら逃げられなくなってしまいます」
なるほど。
エルテリーゼさんを救出した後は必ずバレるし、魔法も使えない場所に追い詰められちゃうってことか……。
「スピード勝負だな。如何に素早くエルテリーゼを救い出せるか、か」
リードは思案するように顎に指を当てる。
とはいえ現実的ではないと思っているのか随分と渋い顔だ。
「……んー、それなんだけどさ。こういうのはどうかな?」
俺が幽閉塔の地形を聞いたときに思いついた作戦をそのまま披露すると、ミィルが不満そうに唇を尖らせた。
「えー。それだとあたしだけ別行動しなきゃいけないじゃん」
「でも、この方法がうまくいけばエルテリーゼさんを安全に救出できるし、閉じ込められることもないよ。それに、俺が頑張れば追手も防げる」
頭の中で作戦を吟味し終えたのか、リードが頷いた。
「わかった、それで行こう。どちらにせよ私とラウナは対魔領域だと戦力外だ。この中だと魔法なしでも戦えるのはミィルさんとアイレンしかいない。それにミィルさんは竜王族として大っぴらに力を使うわけにもいかないでしょう」
「むぅ、しょうがないなー」
「と、ところでミィルさん」
ラウナがおそるおそるミィルに確認する。
「ん、なーに?」
「さっきの人類を滅ぼすっていうお話……もし兄上が失脚して、フルドレクスがちゃんとしたら……」
「え? ああ、うん。それなら大丈夫なんじゃない? ね、アイレン」
「そうだね。たぶん問題ないと思うよ」
「そうですか。それなら尚更お姉さまを助けなくてはなりませんね」
俺も請け負うとラウナがほっと息をついた。
それにしてもミィルのけろっとした顔……もう忘れてたって顔だなー。
「さて、城内からは念のために覆面をしていくぞ。見られないことが前提とはいえ、顔を見られたらややこしいことになるからな」
遂にお城に潜入だ。
こう言っちゃなんだけど、なんだかワクワクしてくるなあ!
◇ ◇ ◇
「問題ありませんでしたね」
「ああ、無事に着いたな」
事も無げに言ってのけるリードとラウナ。
そう。俺たちは幽閉塔に続く渡り廊下の手前まで、あっけなく到着してしまったのだ。
「いくら隠密魔法を使ってるとはいえ、王城なんだよね? いくらなんでも簡単すぎない……?」
「道はわたくしが知っていますし……」
「機械式の罠しかないならサーチの魔法で全部わかるからな」
そういえばそうだった。
このふたりだって王賓クラスではすごく成績優秀だったし、そもそもお城の中なんてダンジョンを歩くより簡単なんだ。
ああ、俺のワクワクを返してほしい。
「問題はここからだな。見張りが二人か……」
リードが難しい顔をする。
天守から渡り廊下に向かうための扉には兵士が立っていた。
今は隠密魔法で俺たちの姿が見えていないみたいだけど、さすがに脇をすり抜けていくのは難しそうだ。扉も鍵がかかってるみたいだし。
「どうする? 俺がぱぱっと気絶させちゃおうか?」
「それだと、誰かが通りかかったらすぐにバレてしまいます。ここはわたくしにお任せください」
ラウナが小声で詠唱を開始した。
「チャーム」
ふたりの兵士を桃色の煙が包み込む。
ごく単純な魅了魔法みたいだ。
「扉を開けてください」
「かしこまりました……」
兵士が言われるままに扉を開錠する。
全員が渡り廊下側に抜けたところで、ラウナはもう一度兵士に話しかけた。
「扉を閉めて鍵をかけてください。他の誰かに何か聞かれたら、誰も通っていないと言うように」
「仰せのままに……」
兵士は一礼して扉を閉める。
向こう側でガチャリと錠がかけられた音がした。
「これで痕跡は残りません。行きましょう」
「問答無用で魅了魔法か。ラウナって結構大胆なんだなぁ……」
「そ、そんなことありませんよっ」
意外な機転を見せたラウナを褒めると顔を赤くして俯いてしまった。
どうして?
「敵地でイチャつくな。ここはもう対魔領域なんだぞ」
何故かリードに怒られた。
今のやりとりのどこにイチャつき要素があったんだろ?




