107.フルドレクス王家の家庭事情
一方その頃、ガルナドールは幽閉塔の囚人を訪れていた。
「よう。別れの挨拶を言いに来てやったぜ、姉貴」
「ガルナ……」
幽閉塔の牢にはラウナリースとよく似た銀髪の女性が天窓から注ぐ月明かりに照らされていた。
肌は白く、目は青い。
格子越しに作りもののような美しさを見るたびガルナドールは吐き気を催す。
だから、牢に閉じ込めてから会いに来るのはこれが二度目だし、今回で最後のつもりだった。
「……いよいよオレが正式に王になるときがきたぞ。さあ、命乞いをしろ。俺に負けたと認めろ。はっきりとその口で言いやがれ。オレが上で、お前が下だとな!」
ガルナドールは勝ち誇りながら、傲然と囚われの姫を見下ろす。
しかし、エルテリーゼの真っ青な瞳は、ただただ憐れみに満ちていた。
「かわいそうな子」
「いつまで上から目線なんだテメェは!」
激怒したガルナドールが横合いの壁を殴りつけた。
幽閉塔全体が震える。
「いいか。オレは魔法が使えないこと自体を嫌だと思ったことはねえ! 口さがない貴族どもに陰口を叩かれようと、どうでもよかった! 病気で苦しんでたテメェや、先祖返りの万年充血に比べれば、五体満足のオレはなんて幸せなんだって今でも思うさ! だがな……テメェに憐れみの目を向けられるたびに、こっちは惨めな気分にさせられんだよ!」
ガルナドールが力一杯に格子を掴むとグニャリと曲がる。
「わかってんのか! テメェは王殺しの罪で処刑されるんだ! 親父はもうじきお前が送った薬で死ぬことになってるんだからな!」
「それでも、あなたがお父様を殺すという真実に何も変わりはない」
「歴史に汚名を残すのはお前だっつってんだよ! 頭沸いてんのか! それとも何か? 真実はいつかつまびらかになるとでも言いたいのか?」
「その前に人の世は竜王族に滅ぼされるわ」
「はっ、親父とお前のところに姿を現したっていうトカゲどもの話か? 言っとくが、あれからオレのところには一度だって来ちゃいないぞ?」
「それはそうでしょう。彼らはあなたをフルドレクスの王族とは見なしていないから」
もちろんエルテリーゼは竜王族がすべてをお見通しだという意味を込めて言った。
しかし、ガルナドールには負け惜しみにしか聞こえない。牢から手を離し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「いいか、よく聞け。奴らは負け犬だ。神々に負けて田舎に追いやられた斜陽の種族なんだよ。そう、昔だって神のほうが強かったんだ。そしてオレは神の力を手に入れた。この意味がわかるか?」
「……本当に愚かな弟。私の力を少しでも分けてあげたかった」
「まだ言うか!」
再び壁を殴りつけようとするガルナドール。
しかし、直前で思いとどまった。
姉をいたぶるのにもっといい方法を思いついたからだ。
「……ああ、そういえば。万年充血はフルドレクスに戻っているぞ」
「ラウナがっ!?」
エルテリーゼが初めて動揺を見せた。
「どうして! あの子はもうこの国にはいないはずなのに!」
「さあ、何故か留学で里帰りしてきてな? いやあ……まったくこの時期に、本当にタイミングの悪い妹だ」
気を良くしたガルナドールが嬲るように嘲笑う。
エルテリーゼは震える声で懇願した。
「お願い。あの子にだけは手を出さないで。私たちはみんな腹違いとはいえ、あなたにとっても妹なのよ」
「保証はしかねる。邪魔なら死んでもらわねばならん」
「そんな……」
悲嘆にくれるエルテリーゼを見て、ガルナドールはこの上ないほど満足した。
「ガッハッハッハッハ! よしよし、その顔を見られただけでよしとしよう! それでも、この手でお前を殺してやれないことだけが、オレにとっては残念だったがな。あばよ、化け物!」
ガルナドールは意気揚々と幽閉塔を去っていく。
「ラウナ……どうか、無事でいて」
エルテリーゼは妹の無事を願い、天窓から見える月に祈りを捧げるのだった。




