103.十二賢者審議会③
全員が唖然とする中、コーカサイアは気にせずしゃべり続けた。
「ところでラウナリース、どうしてわかった? なんでだ? オレの姿は神眼にも映らないようにしておいたはずなんだけどな?」
「……確かに神眼をもってしても、あなた様の姿は視えませんでした。ですが、視えなさすぎました。大賢者様の席だけ、これっぽっちも魔力がないように視えたのです。だからきっとお姿を隠されているのだと思い、そこにいらっしゃるのだろうと確信致しました」
ああ、だからラウナは最初から大賢者席に注目してたんだ!
正直言って俺には全然わからなかった……。
「そうか、魔力隠蔽が完璧すぎると神眼にはくっきり浮かび上がるように視えるのか。いやぁ、神眼対策が裏目に出ちまったなー! そっか、そっかー。この日のためにと思って頑張って頑張って開発した隠蔽魔法……完璧だと思ってたけど失敗か! いやいや嬉しいな! そういうことなら改良しなきゃならんもんな! 礼を言うぜラウナリース! まーた楽しい楽しい実験の日々の始まりだ!」
当のコーカサイアは心底嬉しそうに目をキラキラさせている。
なにしろ姉貴は魔法研究に無限の寿命を費やしまくっている、竜王族きっての魔法バカだ。
実験が成功するとつまらなそうに、失敗すると大喜びするので、相手をするのがとっても面倒くさい。
「逆に馬鹿弟子はまったく気づかなかったみたいだし、まーた鍛え直してやらんとな」
ゲッ、これはまた理不尽に課題が増やされる予感!
「えへへー。アイレンびっくりした? した?」
隣のミィルは悪戯が成功して小躍りしてるし。
「いや、もう、びっくりしすぎて何がなんだか……」
でも、言われてみれば納得かもしれない。
大賢者がずっと昔から生きてるっていう話も竜王族なら当たり前だし、言い遺してたっていう『なんでもありだから、とにかくやれ』ってセリフ、まさに俺が言われ続けてきたことだし。
そっか、姉貴って昔からなーんも変わってないんだなぁ……。
「な、なんなんだ! この破廉恥な恰好をした女は!」
十二賢者のひとりがようやく気を取り戻して叫び始める。
「おいおい、これのどーこが破廉恥なんだ。由緒正しくカワイイ正装だろうが!」
コーカサイアが不満そうに腰に手を当てる。
姉貴のカワイイ好きは唯一、魔法以外の趣味だ。
きっとあのポーズもカワイイと思ってやってるんだろう。
ちなみに姉貴曰く可愛いとカワイイは違うらしい。わけがわからない。
「大賢者を名乗る恥知らずめ!」
「早く摘まみだせ!」
コーカサイアのことを大賢者と信じられない十二賢者たちが警備の人たちに指示を出す。
「こーのボケナスたわけども。カワイイは正義だ。ちょびっちいオツムでわからんってーなら黙ってろ!」
コーカサイアがどこからともなく取り出したステッキを一振りした。
すると、取り押さえようとしてきた人たちと十二賢者たちが煙に包まれる。
「キキィーッ!?」
「ワンワンッ!」
「チュチュー!?!?」
煙が晴れると、そこにいたのは猿や犬、鼠などの小動物。
どうやらコーカサイアは十二賢者たちを動物に変身させたらしい。
けたたましい獣声が審議会場に響き渡る。
十二賢者で姿を変えられなかったのはライモンドさんとゼラベルだけだ。
「ん、ますますうるさくなったな。動物にするのは失敗だった! 石像にでもしてやるんだったな!」
相変わらず失敗に喜ぶコーカサイアがケラケラと笑う。
そして今度はサイレンスフィールドを使い、動物になった十二賢者たちの鳴き声を問答無用で遮断した。
おそらく、神眼を持つラウナ以外の人間には何が起きているのかすらわからなかっただろう。
「だ、大賢者……?」
「本物なのか?」
観客席からも動揺の声があがり始める。
「いやー、コー姉は相変わらずフリーダムだねえ。ミカ姉とは別の意味で自由人だよー」
ミィルが楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。
「ああ、まったくだ。姉貴はいろんな意味で人前に出ちゃいけない人だよ……」
“紫竜魔女”コーカサイアは魔法が大好きで、魔法を究めることとカワイイことにしか興味がない。
七支竜……いや、竜王族の中でも一番の魔法使いで、俺にとって魔法の師匠でもある。
一応は免許皆伝をもらったけど、俺だって魔法分野ではコーカサイアに敵わない。
扱える神秘は数知れず。間違いなく尊敬すべき、偉大な人物だ。
だけど、その性格は一言であらわすと――
「まあいい、お前らには言いたいことがいっぱいあったんだ。そのカワイイ獣耳かっぽじって聞け! よーくもオレが寝てる間に憩いの場に戻したはずの魔法学会をまたまた私物化してくれたな! このアホ! たわけ! 人類ゆるすまじ!」
――まるっきり子供だったりする。口も悪いし、語彙もショボい。
ていうか、大賢者が竜王族だってことは一応秘密なんだよね?
人類ゆるすまじとか言っちゃってるけど大丈夫なのかな……?
「ああ、でも、そうか。リリスルが言ってたのは、こういうことだったんだ……」
リードとラウナが認められなきゃいけないのは十二賢者やゼラベルじゃない。
この審議会は、最初からふたりがコーカサイアに試される場だったんだ。
「で……だ。なんだっけ? オレにさっきの魔法を評価しろって話だっけか。そんなん、合格に決まってんだろ合格。発案は確かにオレの馬鹿弟子なんだろうけど、まさかあんなアホたわけな発想の魔法を論文にして、しかも初心者にも扱える魔法にまで落とし込むなんて、誰にでもできることじゃないだろ。逆にどんな大魔法も完璧に扱えるオレにだって無理だわ。それをさ、誰にでも扱えないから没にするとか、それこそクソたわけって話だぜ」
「あ、ありがとうございます大賢者様」
「……光栄です」
ラウナとリードがほっとした様子で頭を下げる。
「お待ちください、大賢者様!」
これに異議を唱えたのはゼラベルだ。
まさかそんな結論を出すとは思いもよらなかったっていう顔をしている。
「あなたが大賢者様だというなら、私の理想をわかってくださるはず! アレこそ、あなたの理想なのですから!」
「……オレの理想? 何の話だよ」
「万民のための魔法を作りたい……そんな大賢者様の夢と理想に共鳴したからこそ、私はやってこれたんです。しかし、魔法学会には私腹を肥やし権力にすがりつく連中しかいなかった! だからこそ私は内側から変えようと八方手を尽くして十二賢者に! だというのに、大賢者様は誰もが使えるわけでもないあんな魔法をお認めになるというのですかっ!!?」
「……あー、確かに言ったか、大昔に。どんな人間でも魔法を学べるようにするのが夢だって」
頭をぽりぽり掻きながら、コーカサイアは照れ臭そうに答えた。
「で、でしたら――」
「だけどな、それはお前が言うみたいに『下にレベルを合わせろ』って話じゃないぜ」
一縷の望みを見つけたかのような笑みを浮かべるゼラベルに、コーカサイアはびしっと指を突きつけた。
「あくまで魔法を好きで仕方ない、とにかく学びたい連中が生まれや才能に依らず勉強できる場所を作りたい……って意味で言ったんだ。で、結果として技術革新が起きたら魔法が使えない連中の暮らしも楽になる的なサムシングだよ。誰でも使える魔法なんて最初っから目指しちゃいないぜ。ましてや、お前の語る『才無が才人を引きずりおろせるシステムを作りたい』って意味じゃあ絶対にない」
「……っっ!!」
「お前のことは一応こっそり見守ってきたし、気になってたからな。言うだけ無駄とは思うが忠告しとくよ、ギラベル。お前が今抱いてる野望……『弱者のまま強者を支配したい』って妄念に、人生を費やすほどの意義はない。ましてや人生もろとも心中する価値もな。そいつをきれいさっぱり捨て去らない限り、お前は一歩だって進めやしない」
「わ、私は……」
「まあ、それでもブラストボムを流布したくない……禁呪にしたいってんなら、そっちは好きにしろよ。オレは興味ない」
「……彼らをこのまま准賢者にするおつもりですか。大賢者の権限で!」
「いーや? お前らが後生大事にしてる秘密資料とやらに、こいつらが欲しがってる情報はないからな。このふたりはオレの直弟子にして、秘密資料の原典を読ませる」
ゼラベルが信じられない、という顔をした。
憧れと、悲しみと、悔しさのすべてがない混ぜになった、とっても複雑な表情を浮かべている。
そして、すがるように手を伸ばして。
「私にも才能さえあれば、そちらに――」
「うん?」
「…………いいえ、なんでもありません大賢者様」
「そうか、やっぱオレの言葉は伝わらないのか。本当にバカたわけだな、お前は」
コーカサイアはどこか寂しそうに呟くと、ゼラベルに背を向ける。
「ライモンド、この場は頼んだ」
「え? あっ、はい! かしこまりました大賢者様!」
ライモンドさんに後処理を丸投げすると、コーカサイアがぴょんとラウナとリードの立つ壇上に飛び降りた。
既に憂いの表情は消えていて、喜色満面の笑みを浮かべている。
「悪い悪い! 待たせたな! とにかくお前らは合格だから、オレについてこい!」
「で、ですがよろしいのですか? このままで……」
心配そうにラウナが会場を見渡した。
十二賢者のほとんどは動物のまま、ゼラベルに至っては未だに打ちひしがれている。
「ああ、気にすんな。魔法学会のイザコザはお前らには関係ない話だから」
コーカサイアが手をひらひらと振った後、今度は見学席にいる俺たちのほうを見上げて叫んだ。
「ほーら、馬鹿弟子にミィル! お前らも早く降りてこい!」
「は、はいっ!」
「はーい」
こうしてコーカサイアは十二会議審議会をしっちゃかめっちゃかにかき回した挙句、俺たちを引き連れて会場を後にするのだった。




