102.十二賢者審議会②
ついに審議会当日が来た。
俺たちセレブラント留学組が准賢者になれるかどうか、という運命の日だ。
准賢者になって秘密資料を閲覧できないと、神々の調査が頓挫してしまう。
ちなみにリードとラウナは無事に吹っ切れた。
今は発表のリハーサルのために別室にいる。
俺とミィルは見学なので、ライモンドさんの計らいで応接間のような場所で待たされていた。
あのときのライモンドさんはレミントフ逮捕の事情聴取のために出払ってしまったので、ちゃんと話せるのは闘技場以来だ。
「前は大した挨拶もできず申し訳ない。おふたりがあれほどの使い手とは、私も予想していませんでした。本当に見事でしたよ」
「えへへー、それほどでもないよー」
提供されたお茶菓子をはむはむしながら、ゴキゲンそうに笑うミィル。
俺も照れ臭くなって頭を掻いた。
「それにしてもゼラベル・ノートリア……本当に彼が十二賢者になるとは……」
ライモンドさんの表情が曇る。
そういえばゼラベルのこと聞きたいんだった。
「あのー、ライモンドさん。ゼラベルのこと知ってるんですか?」
「知っているといいますか。数年前、私が魔法学校で教授をやっていた頃のゼミ生にギラベルという者がいたんです。ゼラベルは彼の弟のようですね」
「ようです、ってことは知ってたわけじゃないんですね」
ライモンドさんが苦笑しながら頷く。
「ええ、ノートリア教室の論文は目にしていたので名前だけは知っていたのですがね。直接顔を見ていたわけではなかったのです。顔がよく似ていたので、てっきりギラベルとばかり。まさか弟がいたとは。今思えば、ゼラベルの論文もギラベルが普段から魔法学会で唱えていた思想そっくりでしたね。『魔法は万民のために開かれるべきである』という内容に」
「万民のために、ですか」
「ええ。貴族や学会が魔法を独占してはならない、と。元々は大賢者様の理想を彼なりに解釈した内容だったのですが、いろいろと揉めましてね。最終的にレミントフに才無のレッテルを貼られて、魔法学会を追放されてしまったのです」
ああ、それでゼラベルはレミントフ教授を逮捕したときに『兄さんの復讐』って呟いてたのか。
「でも、レミントフ教授はゼラベルの顔を見てもぜんぜん気づいてなかったみたいですけど」
「きっと忘れていたのでしょう。いちいち受講生の顔や名前を記憶するような男ではありませんでしたし……おっと申し訳ない。皆さんには関係のない話でしたな」
「いえいえ、俺から聞いたんですし! 気にしないでください。それに関係なくはないですよ。ゼラベルはガルナドール王子の命令で俺たちを邪魔しようとしてるんですから」
「そうなんですよね。いったいどうしてゼラベルは王子に頭を下げてまで十二賢者になったのでしょう。そういうやり方を兄のギラベルは最も嫌っていたはずなのに。私にも今まで挨拶してこなかったところを見ると、やはり弟のほうは考え方も違うんでしょうかね……」
うーん、どうなんだろうなあ。
その辺はさっぱりわからない。
「アイレンはゼラベルが気になるの?」
ミィルが小首を傾げる。
「え? ああ、うん。最初はビビムみたいな奴かなって思ったんだけど、話してみたらそうでもなさそうだったから」
「ふーん、そうなんだ。だとしたら、あの子は気の毒にねー……」
「気の毒? どうしてさ」
「なんでもなーい。アイレンはこのあとを楽しみにしててー」
ぷーい、と顔を背けるミィル。
これは隠し事があるけどマジで話す気がないときのリアクションだな……。
「十二賢者審議会かぁ……いったいどうなるんだろ?」
◇ ◇ ◇
十二賢者審議会。
ここで認められた魔法は世界中に使用方法を流布され、魔法を学ぶ者なら誰でも触れることができるようになる。
さらに准賢者にもなれて、同一分野の魔法の発展に尽力することができるというのだ。
魔法研究のお金も国から出るようになるから、十二賢者審議会で研究を認めてもらうためにみんな頑張るらしい。
とはいえ、ほとんどが平賢者のまま終わるのが現状なのだとか。
ゼラベルが自慢げに准賢者であることをひけらかしてたのも、今ならわかる気がする。
十二賢者審議会の会場は、広いドーム状の部屋だった。
部屋の中心には発表に必要となる資料やボード、実演のためのスペースがある。
そして、実演スペースをぐるりと半円に取り囲むようにして、一段高いところに十二賢者が座っている。
席の数は十三。一番高い中央の大賢者の席だけが空席になっていた。ゼラベルは大賢者の右隣の席、ライモンドさんは中央から一番遠い左の一番端に座っている。
俺とミィルは十二賢者の座する半円の反対側。ライモンドさんの計らいで他の准賢者たちと一緒に見学席にいた。
実演スペースに立つリードは気後れすることなく真剣に正面を見据えている。
隣のラウナも大賢者の空席をジッと見つめたまま微動だにしない。
「始めなさい」
開始の合図に十二賢者のうち誰かが告げた。
ひょっとしたらゼラベルだったかもしれない。
「セレブラント留学組、今回の研究解説を担当するリードだ。それでは始めさせていただく」
まずはリードが理路整然と反属性混合の概論を解説し始める。
野次などが飛ぶこともなく、皆が皆、黙って聞いていた。
ただ、見学席からはたまに笑いを押し殺す声が聞こえてくる。
この時点では誰ひとり反属性混合を信じていなかった。
「では、実際に見ていただくとしよう。ラウナリース」
「はい」
ラウナが返事をすると、会場がにわかにわざついた。
「あれが神眼の王女……」「左右で色の違う目……本物なのか?」とヒソヒソ声が聞こえてくる。
しかし、いざ魔法の披露が始まると会場は別の驚きに彩られた。
「ブラストボム」
詠唱を終えたラウナリースが親指と人差し指で金属の棒をつまむ。
すると、小さな爆発が起きて金属の棒が真っ二つに折れた。
会場が一気にどよめく。
「ラウナリース王女は特別、魔法が得意というわけではない。つまり、この魔法は学ぼうと思えば使用可能だ。もちろん、安全に使用するためには術式の意味や、精霊の加護を理解しなくてはならないが……フルドレクスにおける基準も満たしていると信じるものである」
リードがそのように締めくくると、再び会場が「魔法は貴族のものだと抜かしているセレブラントの王族から、あんな謙虚な言葉が出るとは……」と驚きを持って迎えられた。
最後のほうは見学席からも拍手が湧きあがる。
十二賢者は最初、ライモンドさんだけが拍手していた。他の十二賢者もゼラベルが遅れて拍手すると、仕方なさそうに手を叩き出した。
「……それでは今回の魔法の審議に入ります。まずは新参の私以外の皆さんで議論をお願いします」
ゼラベルが自らの考えを語る前に、他の十二賢者に話を振る。
最初は困惑の空気が流れていたけど、やがてライモンドさんが口火を切った。
「彼らは長年にわたり不可能とされてきた火と水の反属性混合を実現した。これが成果でなくてなんなのか? 私は承認以外の答えはないものと思うが」
他の十二賢者たちが口々に異を唱え始める。
「いや、しかしだねライモンド君……」
「彼らはその、こう言ってはなんだが外様だ……」
「留学生が准賢者になった前例は一度だってないのよ……」
ここで俺が一番驚いたのは、十二賢者の誰ひとりとして研究そのものに触れなかったことだ。
ライモンドさんを除いた全員がまず、俺たちの立場を問題としたのである。
「前例がないなら、今ここで作ればいいではないか! 我らの誰にもできなかったことを彼らは成し遂げたのだぞ」
「いや、そうは言うがねライモンド君……」
「ああ、慣例がな……」
「大賢者の推薦というから、一応場はもうけはしたが……」
「その大賢者も結局姿を現さなかったわけだしな……」
「むしろ、我々の中でその姿を見た者がひとりでもいるのかね……」
「実在しないとまで言われているのに……」
「いたとしても存命なわけがない……」
「大賢者の推薦という話からして、そもそも怪しいものよ……」
「魔法は確かにすごかった、魔法はな……」
「ああ、だけど、それだけじゃな……」
これが。
こんなのが十二賢者。
多くの人達が憧れる、魔法学会のトップの考え方なのか……。
「……もういい。充分です」
ゼラベルが無表情のままパン、と手を叩いた。
審議会場が水を打ったように静まり返る。
「私の考えを言いましょう。まずは精霊の加護という概念が曖昧に過ぎます。自然精霊に感謝を捧げれば火と水の反作用爆発から身を守ってくれるという話が、まこと信じがたい。真の理論を隠したいという意図が見えること、これが一つ。二つ目に、この魔法が一般化されたとして日常に用いるには破壊力が高すぎるのではないかという点。あらゆる魔法に言えることですが、誰が使った場合でもその安全性が担保されていなくてはなりません。そして三つ目……これが決定的ですが、私にはこの魔法があなたの言うような『誰もが使えるもの』とはとても思えない」
ゼラベルが厳しい眼差しをリードに送った。
「伺いたい。この魔法は、訓練次第で本当に誰にでも……魔法の才能がない者にも発動可能なのですか?」
「それは……おそらく無理だ。低い魔力でも実現するために、どうしても魔力を指先一点に集中する必要があり、それを二属性で同時に行なう……詠唱の補助はあるが、ある程度のセンスは要求されるだろう」
「正直にお答えいただき感謝します。反属性混合という着想そのものは素晴らしいと思います。これに関しては本当に感嘆を禁じ得ない。私も実際に目にするまで信じられなかった。ここまでやってくるとは、正直想定していませんでした。あなた方の研究に対する熱意も本物だった。一部の口さがない者が話していたような『王族の道楽』などという雰囲気は微塵もありませんでした。改めて皆さんに敬意を表します」
「その言葉、痛み入る」
リードが目礼する。
その直後、ゼラベルの目つきが冷たいものに変わった。
「だが、私はこの魔法を認めるわけにはいかない。この魔法は万民のための魔法ではない。魔法とは、才能に依らず誰もが使えるものでなくてはならない。そして、反属性混合はそうではない。以上です」
ゼラベルの話が終わると十二賢者たちが一斉に立ち上がった。
「いやはや、そのとおり!」
「ゼラベル殿が我ら全員の意見を代弁してくれたな!」
「こんな危険は魔法、すぐに禁呪にしましょう!」
「なんなら、この場で禁呪にしてしまえばいいな!」
「賛成だ!」
十二賢者たちがゼラベルに拍手を送っているけど、俺は彼らの表情に嘲りがあるのをはっきり見てとった。
この人たちはゼラベルの理想に共鳴してるわけじゃなくて、彼の背後にいるガルナドール王子を恐れているだけなんだ……。
「ゼラベル……やはり、君は――」
「反属性混合を禁呪指定をするというなら、私は反対しません」
ライモンドさんが何か言いかけたけど、ゼラベルはぴしゃりと遮った。
「では、今から裁決を――」
「お待ちください」
十二賢者のひとりが結論を出しかけたところで、それまで黙っていたラウナが顔を上げた。
「ラウナリース王女殿下、あなたが何を言ったところで無駄ですぞ」
「答えは既に決まっているのですからな」
「お人形はお人形らしくしていればよろしい」
誰かにお人形と言われたときにラウナの体がびくりと跳ねる。
十二賢者たちから注がれる視線と言葉は、もはや明確な悪意だった。
しかし、ラウナは負けじと訴え続ける。
「まだ……です! まだ大賢者様の意見を聞いていません!」
「大賢者など来ませんよ」
「神眼は幻も見えるのかしらね」
「そうだそうだ。出せるものなら出してもらおうじゃないか」
「皆さん、どうかお静かに」
ゼラベルは十二賢者を黙らせると、ラウナに視線を落とした。
「ラウナリース王女殿下……大勢は決しました。皆さんを推薦した大賢者様はいらっしゃらなかったのです。何故、来ないのか……充分にお判りいただけたことと思います」
「……そうでしょうね。まさか、これほどとは思いもしませんでした」
ふたりとも明言は避けているけど、さすがの俺にもわかる。
魔法学会は……十二賢者は、どうしようもなく腐っていた。
彼らからは人類に貢献するとか、魔法の発展に尽力するといった気概がこれっぽっちも感じられない。
これじゃあ大賢者が出ていっちゃったっていうのもわかる話だ。
だけど、ラウナはどういうつもりなんだろう?
ゼラベルの言うとおり大賢者は来なかった。
リリスルは試練があるっぽいこと言ってたけど、なんもなかったし……。
「ラウナリース王女殿下。私はお約束します。いつか、この魔法学会を変えてみせます。いつの日か大賢者様が戻ってきてくださるような魔法学会を取り戻します。ですから今は――」
「いいえ」
ラウナが首を横に振り、ゼラベルの言葉を遮る。
そして大賢者の空席を指し示した。
「大賢者様は……ずっと、そこにいらっしゃいます」
審議会場全体がシーンと静まり返る。
やがて、十二賢者たちが失笑し始めた。
「ははは、何を言い出すかと思えば……」
「そこには誰もいませんよ」
「悪あがきも大概にされてはどうかな」
十人の賢者たちがラウナを嘲り笑う。
ゼラベルとライモンドさんだけが、まさかという顔をしたまま固まっていた。
「大賢者様。フルドレクスにはもう魔法国を名乗る資格はないのかもしれません。ですが! 今ここでわたくしたちが発表した魔法についてだけは、どうか見定めていただきたく!」
ラウナが空席をジッと見据えたまま痛切に訴え続ける。
観客席からも笑い声があがり続ける中で、それでも。
「ラウナ……!」
彼女がここまでする理由は、俺にはわからない。
フルドレクスの歴史もちょっとしか勉強してこなかったし、どんな事情があってラウナがこんな扱いを受けなきゃいけないのかも知らない。
だけど、その後ろ姿を見ているだけで胸が締め付けられそうになった。
……もし、本当に大賢者がいるっていうなら。
今ここで、俺の友達の願いを叶えてやってくれよ……!
そんな想いが届いたのか。
ぱちぱち、と。
どこからともなく拍手が響き渡った。
「…………合格だ。まさかオレの姿隠しを暴くとはな! やるなぁ、ラウナリース!」
それは、嬉しそうな女の子の声だった。
この場に似つかわしくないキャピキャピとした、それでいて男勝りの喋り方で……。
「……って、え? この声って」
「アイレン! シーッ、だよ!」
ミィルがこちらに身を乗り出してきて口元に指を当てながらウインクしてくる。
「さーて、かわいい弟子の手前もうちょっち引っ張りたかったんだが……ああ、でも終わっちまいそうだったしな! もういいか!」
ポンッ! と紫色の煙が大賢者の席を包み込む。
煙が晴れた後に現れたのは、大賢者の席の上に仁王立ちしている紫色の三角帽子をかぶったミニスカート姿の少女だった。
って、えええええええええッッッ!!?
「あなたが……?」
ラウナだけでなく、リードや他の人たちも目を見張っている。
その気持ち、わかるよ……あの恰好は大賢者って言葉から連想される姿とは似ても似つかないもんな。
「ああ、そうとも。このオレこそがラウナリース、お前の会いたがってた大賢者様だ! ちょーぜつカワイイだろ? 感動にむせび泣いて叫んじゃってもいいんだぜ?」
大賢者がかわいらしくポーズを取った。
会場がいろんな意味でどよめく。
「十二賢者のクソたわけども、待たせちまって別に悪いなんてこれっぽっちも思ってないけど悪かったな! どーも初めまして! このオレが大賢者コーカサイア様だ。さーて、弟子へのサプライズは無事成功……かな?」
そう言って、大賢者を名乗る少女が俺に流し目を送ってくる。
俺は思わず立ち上がった。
「なぁにやってんだよ姉貴……!!?」
大賢者として姿を現した彼女こそ、竜王族七支竜が一色、“紫竜魔女”コーカサイア。
衆目に痛々しい姿を見せつけるこの少女こそが、残念ながら俺の魔法の師匠なのだった。




