101.策謀する者たち⑤
「……以上です。ご指示通り彼らには私が十二賢者になることと、研究内容が絶対に通らない旨を伝えました」
「ガッハッハッハ! よくやった! なぁにが大賢者の推薦だ! セレブラントの連中どもめ、これでどうすることもできまい。ざまあみろってんだ!」
ゼラベルが再度の報告に向かうと、ガルナドール王子はご機嫌そうに大笑いした。
セレブラント留学組が大賢者の推薦で魔法学会に入る。
そうと知ったガルナドール王子は、ゼラベルを十二賢者に据えた。
中立を謡う魔法学会はその実、フルドレクス王家と密接に繋がっている。
王家の推薦で十二賢者になった者に異を唱える人間はいない。
他の十二賢者は忖度して、ゼラベルの決定に従うだろう。
そのためにレミントフには席を空けるために退いてもらった、というのが全貌である。
しかし、ゼラベルはどこか納得していない表情でガルナドール王子に問いかけた。
「ガルナドール王子、本当によろしかったのでしょうか?」
「なんだ? 何が言いたい」
「仮にも大賢者の推薦で魔法学会に入った者たちです。このまま彼らを追い落とせば、大賢者が黙っていないのでは……」
「ああ、なんだそんなことか。どうでもいいのだ、大賢者など。文句を言ってくるようならオレが相手になってやる」
ガルナドール王子の答えを聞いてゼラベルは眉をひそめた。
大賢者の機嫌を損ねてフルドレクスから魔法が失われた事件を知らないのだろうか。
いや、知っていても「いっそこの世界から魔法などなくなればいい」と放言している王子のことだ。
わかっていて挑発する気なのかもしれない。
「それより十二賢者になれて嬉しくはないのか? お前にとっても念願だっただろうに」
「私は……」
自分の力と実績で認められたかった、という言葉をかろうじて飲み込むゼラベル。
「ふん、今更いい子ぶるな。お前が歩もうとしてきた道はそういうものだったろう? 魔法の才で勝てないなら他の手段を用いて勝つ。何も恥じることはない! 魔法学会の連中どころか、誰もがやってることだ!」
そこまで言ってからニヤリと笑いかけるガルナドール王子。
「それにギラベルのほうは納得していたぞ」
「えっ、兄がここに来たのですか!?」
「……ほーれ、そういうところだ。お前は謀略をやるには素直過ぎるんだよ」
ガルナドール王子の言葉の意味がわからず、怪訝な表情を浮かべるゼラベル。
しかし、すぐに何を仕掛けられたのか気づいた。
「だ、騙したのですね!」
「別にいいじゃねえか。お前らの正体なんざ、オレはとっくにお見通しなんだからよ。ふたりでひとりのノートリア教室。あたかも二人同時に存在するかのように、複数の教室に現れる魔法使いゼラベル・ノートリア。その正体は互いにいつでも連絡を取り合える双子の兄妹ってわけだ。そんな男装までして魔法学会を追放された兄に尽くすなんて健気なもんじゃないか。兄の言うことをよーく聞く妹……オレは嫌いじゃないぜ、ゼラリア」
「その名で呼ぶのはおやめください! 私は……私達はゼラベル・ノートリアなんです」
「本当にかわいいやつだ。オレの女になれば、お前の欲しいものを何でも与えてやるぞ? どうだ」
華奢な肩にガルナドール王子の大きな手がかかった瞬間。
「……王子。お戯れはその程度でお願いします」
ゼラベルの声音が低いものに変わった。
「……お前、ギラベルか?」
「御覧の通りです。我々はお互いの意識を入れ替えることもできます。どうしても妹の体に手を出すということであれば、このままお相手いたします」
「……チッ、中身が男じゃ興冷めだ」
もう用はない、とばかりにダンベル運動を始めるガルナドール王子。
ゼラベルは一礼して退室した。
(……嘘。体を入れ替えるなんてできるわけないじゃない)
魔法に詳しくない、知ろうともしないガルナドール王子だからこそ声色を変えるぐらいで騙せたが、魔法学会が相手なら冗談にもならない。
兄ギラベルと妹ゼラリアは、お互いに念話で会話ができるだけだ。
さらに魔法の片眼鏡で視覚を、イヤリングを使って聴覚を共有し、あたかも同じ人物が別の場所に存在しているように見せかけているだけ。
こんなものはただの詐術だ。
皮肉にも念話能力が魔法ではなく、アイテムも標準的なものだからこそ、ラウナの神眼を誤魔化せているに過ぎない。
「兄さん……私達、どこに向かっているのかな」
王城を出たゼラベル……否、ゼラリアはひとり夜空を見上げた。




