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旅立つふたり(5)感動の卒業式

「はい、チーズ!」


 お杏の隣に並んで、私は咲良の言葉にやや口角を上げて微笑む。

 お杏と二人だからリラックスはしているものの、この美貌……『済陵せいりょうのおきょう』と一緒に写真に映っているのかと思えば、どこか笑顔が強ばる気もする。


「純、バッチリ良く映ってるわ。お杏に見劣りしてないわよ」

「やだ、咲良。そんな嬉しいこと言わないで」

 咲良の言葉に思わずホッとした。

「咲良も撮ってあげる。純、優果、明希も園子たちも。さ、みんな入って!」

 今度はお杏が自分のデジカメを手にしてクラスの皆に声をかけると、仲のいい女子達が集まって、それぞれに思い思いのポーズを決める。


 三月一日。

 今日は「卒業式」。


 体育館で午前中、式がつつがなく執り行われた。

 感慨も高まる式もラストで、応援団部団長の「済陵高校万歳!」の号令の下、一般男子生徒が「万歳!!」のかけ声と共に、スクールカラーである黄線の入った制帽を宙高く投げ上げる卒業式恒例の儀式は、想像していた以上にひどく感動的だった。この光景は毎年、久磨の各テレビ局がこぞって取材で取り上げる有名な済陵高校卒業式の伝統儀式。


 そして式終了後、こうしてクラスメートと教室で写真を撮っている。


「ああ。本当にいい高校生活だったわね」

 お杏が屈託なく、そしてそれは美しく華やかに笑んだ。

「そんなにいい高校生活だった?」

 そう言い切れるお杏が少し、羨ましい。

 お杏とは違い、私は。

 今でこそ上手くいっているものの、かつて守屋君や浩太朗君に片想いしていたそれは辛かった頃のこと。学業や自分の裏の素の部分であの彌生と相対していたこと。ひいては、最後まで「中途半端」な「優等生」だった自分の「コンプレックス」などを思い返すと、複雑な心境に陥らずにはいられない。


 しかし、お杏は、

「済陵だもの当然よ! それになんたって」

 その切れ長の深い漆黒を湛えた大きな瞳で私を見つめた。

「純と出逢ったんだもの。最高に決まってるじゃない」

「お杏……」

「ほら! 純。最後まで泣かないの」

 私よりほんの少し背の高いお杏の肩に顔を伏せた私を抱き寄せると、お杏はぽんぽんと私の背中を軽く叩いた。

 私は、何かが胸に迫り、そう。それは、この済陵での高校生活の確かな青春の重みに、それまで我慢していた涙がとうとう溢れて流れて落ちた。



 ***



 南校舎二階東端の教室に来ていた。

 そこは……元「二年一組」の教室。

 午後の春の陽光が燦々と降り注いでいる。

 私は、窓側の前から四番目の机に座った。

 そこはかつて守屋君の席だった場所……。


 色んな想い出が去来する。

 春の入学式。五月の体育祭。十月の済陵祭。

 そして、あの打ち上げパーティー……。

 それら想い出はどれもきらきらと光を放っている。


 誰よりも私の良き理解者の親友、お杏。

 かつて片想いをしていた浩太朗君……。

 私に一途な想いを寄せてくれた吉原君。

 そして。

 誰よりも愛している、今は私の心の支えの大好きな「カレ」守屋君────── 


 そんな感慨に耽っていたその時。

 一年前のあの春の日と同じく、突然ガラッ!と教室の入り口のドアが開いたのだ。


「守屋君……」

「やっぱりここだと思ったよ」

 スローモーションで彼が近づいてくる。

 それは私にとってまるで永遠の一秒だった。


「何してんの、一人で」

「日向ぼっこしてたのよ」

「俺もちょっと陽に当たってくかな」

 そう言って、彼は私の前の席に座った。私達はお互いの顔を見合わせ、そして笑った。

「覚えてた?」

「覚えてるよ」

 二年の修了式前日に交わしたあの時の会話の一部を、私達は再現したのだ。


「この教室で始まったんだよな」

 守屋君が、あの懐かしいどこか遠くを見るような目をして、そう呟いた。

 本当に。

 もし、守屋君に出逢わなかったら。

 私は……。

「私達。同じクラスにならなかったら、どうなってたのかしら」

「そんなの考えても意味ないさ。出逢ったんだから。俺達」


 彼はいつにもまして熱く、強い瞳で私を見つめた。


「私達、卒業するのね……」

「四月からは関西の大学生だ」

 その彼の一言で、

「私が受かってないと……」

 ロマンチックなムードを自ら壊すように、私は頭を抱えた。

 入試は既に二次試験を二月に終えている。センター試験と違い手応えは感じたけれど、合否はボーダーライン上だろう。

「大丈夫さ。頑張ったじゃん」

 しかし、守屋君はそう言うとさりげなく私の肩を抱き寄せた。

 その彼の仕草になんとも言えない安堵感を覚える。

「うん。もうこれで落ちてたなら仕方ないと思う」

「絶対合格さ」

 守屋君が笑った。


「守屋君……」

「何」

 彼は変わらず優しく私の肩を抱いていてくれる。

「この二年間、有難う」

 噛みしめながら、呟いた。

「どういたしまして」

「これからもよろしくね」

「おう」


 そして、私達はそれは柔らかな、温かいキスを交わした。

 そうやって私は、忘れられない、一生忘れることは出来ない様々な想い出に彩られた「済陵高校」を卒業した。



明日、完結予定です。

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