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旅立つふたり(2)ヒメハジメ

 それから、おみくじをひく。


「凶だったらどうしよー」

「元旦のおみくじに凶は入ってないって」

 八角の筒から細い竹棒を引き出すと、棒の先には赤で番号が書いてある。それを巫女さんに渡すと、おみくじを手渡してくれた。

「吉だったあ!」

 ホッとして、嬉しくなる。大吉はもう次は運勢落ちるだけだけど、吉は大吉の次に良い運勢。元旦早々、幸先が良い。


 守屋君が私の背後に立って、私が手にしているおみくじをGパンの後ろポケットに手をつっこんだまま肩越しに読んでいる。何気な彼の行為なのに、そんなことにもドキドキしてしまう。

 守屋君、やっぱり背が高い。すごく線が細くて、雰囲気がどこかエキゾチックで。

 やっぱり格好いいなあ、なんて……。

 自分のカレのことながら、なんだか皆に見せびらかしたいような、そんな気分になって一人、悦に入っていると守屋君が言った。

「ついでだから、絵馬も奉納しようぜ」

「うん」


 今年の干支の絵馬を買うと、私達はそれぞれお願い事を書いた。


『守屋君と一緒に大学に合格しますように

 守屋君と今年も仲良く過ごせますように』


 そう丁寧に絵馬には書いた。

「何て書いたの?」

「だから、秘密!」

「ケチだな」

 守屋君が笑って見ている。

 なんだか恥ずかしい……。

 絵馬を奉納すると彼が言った。

「これから、ウチ来る?」

「いいの?」

「うちでゆっくり珈琲飲もうぜ」

「うん」


 そして、私達は守屋君の家へ向かった。



 ***



「はい、どうぞ」


 守屋君が部屋に入ってきて、テーブルに珈琲と彼の好きなガーリックポテチの皿を並べた。

「やっぱり、守屋君の珈琲って美味しい……」

 彼の珈琲は苦みが効いていて、味が強い。

「お杏の淹れる珈琲はスッキリしていて飲みやすいの。お杏の珈琲も絶品だけど、守屋君のもすごく美味しい」

 白抜きのアルファベットの柄の黒いマグカップを両手で持ちながら、そう言った。

「どういたしまして」 

「あれ……今日は煙草、吸わないのね」

 いつも、テーブルに座ると同時に煙草に火を点ける彼が、今日は煙草を手にしていない。

「今日から禁煙しようかと思ってね」

「え? 禁煙?!」


 驚いて、声を上げた。


「ああ。一つは合格祈願。好きな物断ち、てヤツ。でも。お前とつきあい始めたからさ。受動喫煙ていうの? 良くないんだろ。吸ってる本人だけじゃなくて、周りの人間も煙草の害受けるって言うから。神崎ががんになったりしたら、嫌だからな。元旦で区切りいいから、今日から始めることにした」

「……良かったあ。すごく心配だったの。ずっと。守屋君が肺がんで死んだら、いやだもん」

 私は泣きそうに呟いた。

 守屋君の煙草はずっと心配だった。煙草を取り上げても、取り上げても一向に止める気配がなかったのに。ちゃんと考えてくれていたんだ。


「ところでさ、神崎。その着物。一人で着付け出来るの?」

「出来るわよ。中学生になってからは、自分で着てるもの」

「じゃ、姫始めしても大丈夫、てわけだな」

「え?「ヒメハジメ」って……?」

「お前、知らないの?!」

 守屋君が、はーっと息を吐いた。

「ネンネにも程があるぞ」

「だから、どういう意味?」

「こういう意味だよ」


 そう言うと彼は私を急に抱き寄せ、床へと押し倒した!

「も、守屋君……?!」

 着物の胸元が露わになる。帯が着崩れる。

「ちょ…や……」

 ほんのひと月程前に私達は結ばれていたけれど、私はまだ全然慣れていなかった。あの時、守屋君と結ばれたかったのは本心だけど、まだまだ躰はついていかない。肌を合わせるのは嫌いじゃない。でも、抱き締められるだけで私には充分だった。


「嫌なの?」

 彼が動きを止めた。

「嫌じゃ……ない。でも……」

「泣いてるじゃん……」

「泣いてない」

「無理しなくていいんだぞ」

 守屋君は優しかった。

 ついていけないのは私の都合なのに。キスは好きなのに、勝手だよね、私……。

 戸惑いと自己嫌悪に涙ぐむ私を、彼はそっと抱き締めてくれる。


「嫌い……? 抱かれるの」

 彼が私の髪に手をあてながら言う。

「嫌じゃ、ない……でも。抱き締められるだけの方がいい」

 私は、思っているままのことを呟いた。

「まだ、お前の心は処女おとめなんだな」

 フッと守屋君が笑った。

「着物、着ろよ。悪かった」

 彼はすっと身を離すと、私に背を向けた。

 彼が視線を逸らしてくれている間に、元通り着物を着付ける。帯が解け着崩れた着物が恥ずかしい私に、彼の気遣いはいつも以上に嬉しかった。


「守屋君。もういいわよ」

 着付けを終え、そう声をかけるとそれまで黙っていた彼が突然、言ったのだ。

「これから神崎の家行って、ご両親に挨拶したい」

「え?!」

「お前、親に俺のこと何て言ってんの?」

「え、えーと。実は……まだ、話してない……」

「でも、俺の存在こと、知ってるよな?」

「うん……多分。帰りが遅い時、いつも何処行ってたか心配してるもの」

「これから大学のこともあるし、もうつきあってること報告しといた方がいいだろう」  

「うん……」

 

 そして彼は、ベージュのチノパン、グレーのグレンチェックの長袖シャツというトラッドな洋服に着替えた。

「ちゃんと着付けられた?」

「うん、大丈夫。バッチリ」

「ヒメハジメがばれたら、挨拶も何もあったもんじゃないからなー」

 黒いダッフルコートに袖を通しながら、守屋君は苦笑した。



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