降りしきる雪に祈りを込めて・・・ ☆
「ああっ……! もう大遅刻!!」
私は今、焦りに焦っている。
昨夜、寝たのは確かに深夜26時を過ぎていたけれど。
だって、どうしても間に合わなかったんだもん。
でも、絶対にソレを守屋君にプレゼントしたくて頑張ったんだ。そしたら思い切り寝坊してしまった……。
顔は洗った。朝食のパンも食べた。
最低限のスキンケアに、ここはいつもの色つきリップではなく、お杏が選んでくれたほんのり薄付きピンクのルージュを唇に塗布する。
鏡の中の自分はいつもよりちょっと大人びていて、自分の姿にドキリとする。
色々迷うほど服を持っているわけでもなく、これまたお杏セレクトの白いモヘアのゆる袖セーターに花柄のロングスカートを穿き、足下は黒いショートブーツ。
「うん。こんなもんよね?」
いつも制服しか映さない鏡が、今日だけは華やかに。
だって。
だって、今日は守屋君と初めて一緒に過ごす『クリスマス・イブ』。
「行ってきます!」
そうやって私は慌ただしく家を出た。
◇◆◇
「もう、ママの手を離しちゃダメよ」
「うん。おねえちゃん、ありがとう」
五歳児の女の子とその母親から手を振られながら、私は目的地へと足早に駈けている。
ああ、とっくに待ち合わせ時間を過ぎている!
間に合わない。間に合わないよ。
『不思議の国のアリス』の白ウサギよろしく、私は急ぐ。
急いでいるというときに限って、迷子の子供に遭遇するなんて……。
これはもう運命が嫌がらせしているとしか思えない。
それでも、艱難辛苦を乗り越えて、私はやっと待ち合わせのカフェへとたどり着いた。
「神崎」
「守屋君……」
私は泣きそうになりながら、彼の座っている席へと駆け寄った。
「良かったあ。待っててくれて」
「遅刻」
クールな彼の一言に
「わかってる……。ごめん」
項垂れながら答えた。
「どうせ、神崎のことだから昨夜、お杏さんと長電話でもして夜更かししたんだろ?」
「ち、違うもん!」
「じゃあ、なんで寝坊したんだよ」
「う……。そ、それは……」
それは断じて今は言えない!
「まあ、いいや。罰としてついてこい」
「どこへ?」
「こっち」
そう言って店を出て彼が入って行ったのは、目の前のディスカウントストアだった。
店内は狭くゴチャゴチャとしていて、イブの今日、クリスマスソングが鳴り響き、人ごみでごった返している。
「あった、あった。これ」
守屋君は、クリスマスグッズが並んでいるコーナーで手を伸ばして言った。
「神崎、これ今日着ろよ。遅刻のペナルティーな」
「えー! こ、これって……」
それは、ミニスカの真っ赤なサンタコスだった!
「わ、わ、私が……?!」
「俺が着るわけないだろ」
「こ、こんな短いの嫌~~~!!」
「往生際悪いぞ」
なんて言いながら、守屋君はレジへと向かっていった。
◇◆◇
「あー! 守屋君!」
私は思わず声を上げた。
「苺、もーらい」
守屋君は私が持っているケーキ皿の上のケーキから、苺をひょいとつまみ上げている。
「うん、美味い」
「守屋君、苺じゃなくて……」
私の手作りのクリスマスケーキを味わってよ。
……とは、言えない私だった。
何せケーキなんて焼いたのは生まれて初めて。
昨夜、一人で四苦八苦しながら夜中までかかって焼いた生クリームの大粒苺デコレーションケーキだけど、正直、お味の方がどうなのか自信はない。
初めてのクリスマスプレゼントに手作りのケーキだなんて女子力高いこと、私には無理だったかな……。
「そんな顔しなくてもケーキ、美味いよ」
守屋君が笑いながらそんなことを言う。
私は涙目になっていたのかもしれない。
「ケーキ、もっと食べさせてくれよ。「はい、あーん」て」
「そ、そんなこと……!」
「何。食べさせてくれるんじゃないの」
「う……」
私はフォークで一口分、ケーキを掬うと、おずおず彼の口元へフォークを運んだ。
「美味いな」
守屋君はペロリとケーキを食べてしまった。
「あ、守屋君。口に……」
そう言って、生クリームがついた彼の口元へとつい手を伸ばしかけた。
「も、守屋君……!」
その手を彼が左手で掴んだのだ。
彼は私からケーキの皿を奪うと、テーブルの上に置いた。
「マジ美味かったよ。ほら」
彼はゆっくりと私に、口づけた。
甘いクリームの味が口いっぱいに広がる。彼の熱を帯びた口づけを感じながら、次第に私は彼の胸へとしな垂れかかっていた。
半ばもうろうとした意識の中で、しかし
「あ……」
「何?」
私は小さく口にしていた。
「雪……」
いつの間にか窓の外で雪が舞っている。
「ホワイトクリスマスだな」
自然に身を離すと窓辺へと歩み寄り、肩を並べた。
しんしんと音もなく、雪は降りしきる。
窓辺から天を仰ぎ、私達は無言だった。
「守屋君。私達、来年も再来年も。ずっと一緒にクリスマスを過ごそうね」
その私の言葉に、彼はすっと私の肩に左手を回した。
来年もまた守屋君と一緒にイブを過ごせますように。
天から降りしきる雪に私は思いの丈の祈りを込めた。




