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十八歳・ふたりの限りなく透明な季節  作者: 香月よう子
第三章・透明な二学期
36/44

降りしきる雪に祈りを込めて・・・ ☆

「ああっ……! もう大遅刻!!」


 私は今、焦りに焦っている。

 昨夜、寝たのは確かに深夜26時を過ぎていたけれど。

 だって、どうしても間に合わなかったんだもん。

 でも、絶対に()()を守屋君にプレゼントしたくて頑張ったんだ。そしたら思い切り寝坊してしまった……。


 顔は洗った。朝食のパンも食べた。

 最低限のスキンケアに、ここはいつもの色つきリップではなく、お杏が選んでくれたほんのり薄付きピンクのルージュを唇に塗布する。

 鏡の中の自分はいつもよりちょっと大人びていて、自分の姿にドキリとする。

 色々迷うほど服を持っているわけでもなく、これまたお杏セレクトの白いモヘアのゆる袖セーターに花柄のロングスカートを穿き、足下は黒いショートブーツ。


「うん。こんなもんよね?」


 いつも制服しか映さない鏡が、今日だけは華やかに。


 だって。

 だって、今日は守屋君と初めて一緒に過ごす『クリスマス・イブ』。


「行ってきます!」


 そうやって私は慌ただしく家を出た。



 ◇◆◇



「もう、ママの手を離しちゃダメよ」

「うん。おねえちゃん、ありがとう」


 五歳児の女の子とその母親から手を振られながら、私は目的地へと足早に駈けている。

 ああ、とっくに待ち合わせ時間を過ぎている!

 間に合わない。間に合わないよ。

『不思議の国のアリス』の白ウサギよろしく、私は急ぐ。

 急いでいるというときに限って、迷子の子供に遭遇するなんて……。

 これはもう運命が嫌がらせしているとしか思えない。

 それでも、艱難辛苦を乗り越えて、私はやっと待ち合わせのカフェへとたどり着いた。


「神崎」

「守屋君……」


 私は泣きそうになりながら、彼の座っている席へと駆け寄った。


「良かったあ。待っててくれて」

「遅刻」


 クールな彼の一言に

「わかってる……。ごめん」

 項垂れながら答えた。


「どうせ、神崎のことだから昨夜、お杏さんと長電話でもして夜更かししたんだろ?」

「ち、違うもん!」

「じゃあ、なんで寝坊したんだよ」

「う……。そ、それは……」


 それは断じて今は言えない!


「まあ、いいや。罰としてついてこい」

「どこへ?」

「こっち」


 そう言って店を出て彼が入って行ったのは、目の前のディスカウントストアだった。

 店内は狭くゴチャゴチャとしていて、イブの今日、クリスマスソングが鳴り響き、人ごみでごった返している。


「あった、あった。これ」


 守屋君は、クリスマスグッズが並んでいるコーナーで手を伸ばして言った。


「神崎、これ今日着ろよ。遅刻のペナルティーな」

「えー! こ、これって……」


 それは、ミニスカの真っ赤な()()()()()だった!


「わ、わ、私が……?!」

「俺が着るわけないだろ」

「こ、こんな短いの嫌~~~!!」

「往生際悪いぞ」


 なんて言いながら、守屋君はレジへと向かっていった。



 ◇◆◇



「あー! 守屋君!」


 私は思わず声を上げた。


「苺、もーらい」


 守屋君は私が持っているケーキ皿の上のケーキから、苺をひょいとつまみ上げている。



 挿絵(By みてみん)



「うん、美味い」

「守屋君、苺じゃなくて……」


 私の手作りのクリスマスケーキを味わってよ。

 ……とは、言えない私だった。

 何せケーキなんて焼いたのは生まれて初めて。

 昨夜、一人で四苦八苦しながら夜中までかかって焼いた生クリームの大粒苺デコレーションケーキだけど、正直、お味の方がどうなのか自信はない。

 初めてのクリスマスプレゼントに手作りのケーキだなんて女子力高いこと、私には無理だったかな……。


「そんな顔しなくてもケーキ、美味いよ」


 守屋君が笑いながらそんなことを言う。

 私は涙目になっていたのかもしれない。


「ケーキ、もっと食べさせてくれよ。「はい、あーん」て」

「そ、そんなこと……!」

「何。食べさせてくれるんじゃないの」

「う……」


 私はフォークで一口分、ケーキを掬うと、おずおず彼の口元へフォークを運んだ。


「美味いな」


 守屋君はペロリとケーキを食べてしまった。


「あ、守屋君。口に……」


 そう言って、生クリームがついた彼の口元へとつい手を伸ばしかけた。


「も、守屋君……!」


 その手を彼が左手で掴んだのだ。

 彼は私からケーキの皿を奪うと、テーブルの上に置いた。


「マジ美味かったよ。ほら」


 彼はゆっくりと私に、口づけた。

 甘いクリームの味が口いっぱいに広がる。彼の熱を帯びた口づけを感じながら、次第に私は彼の胸へとしな垂れかかっていた。

 半ばもうろうとした意識の中で、しかし


「あ……」

「何?」


 私は小さく口にしていた。


「雪……」


 いつの間にか窓の外で雪が舞っている。


「ホワイトクリスマスだな」


 自然に身を離すと窓辺へと歩み寄り、肩を並べた。

 しんしんと音もなく、雪は降りしきる。

 窓辺から天を仰ぎ、私達は無言だった。


「守屋君。私達、来年も再来年も。ずっと一緒にクリスマスを過ごそうね」


 その私の言葉に、彼はすっと私の肩に左手を回した。

 来年もまた守屋君と一緒にイブを過ごせますように。

 天から降りしきる雪に私は思いの丈の祈りを込めた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 純ちゃんがなかなか寝坊の理由を言わないけれど、守屋君との初めてのクリスマスイヴにいろいろ気合いを入れている感じがかわいいですね。 サンタコスって、守屋君、内心にやにやしていそう。その次は「…
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