助けた仔猫のエピソード(後編)
「お前、お腹空いているの?」
私のその言葉に、その子はまた「みゅう~」とひとなき鳴いた。
「ちょっと待ってて」
「おいおい、神崎……」
私は、スクバからお弁当箱を取り出した。
たまたま食べ残していた一口分のご飯と卵焼き一切れをその子の口元へやると、
「みゃあみゃあ~」
それは嬉しそうにハグハグと食べ始め、あっという間に食べきった。
「守屋君はお弁当の残りないの?」
「俺が弁当残すかよ。食い盛りだぜ」
「そんなに細身なのに?」
「それとこれとは別だろ」
そんな会話を交わしている私達を、仔猫はそれは愛らしい瞳で見つめている。
「あ! あれ……」
私はその時、初めて気がついた。
木の下の裏側に段ボール箱が置いてあり、その中には薄い毛布も敷いてあった。
「ここにきっと捨てられたのね……」
「ああ。道理で野良の割には妙に人に懐いてると思ったよ」
彼が言った通り、野良猫の割に毛並みの色艶もそこまで悪くなく、何より人間に警戒心がない。
きっと、ここに捨てられるまで誰かに飼われていたのだろう。
「どうしよう? 守屋君……」
「どうしようもないさ」
「うちは動物飼えないわ。ママが猫アレルギーだもの。守屋君のとこは?」
「俺ん家も無理。誰が面倒見るっつー話だよ。俺は責任持てないぜ」
彼の言葉は冷たいようで、でも最初から責任を持てないことをうやむやにするよりはよほど誠実な気がした。
「この段ボール箱に置いていくしかないわよね……」
「ああ。それしかねえな」
私は後ろ髪を引かれる思いで、仔猫をそっと段ボールの箱に置き、体を毛布で包んであげた。
「ごめんね……」
思わず泣きそうになりながら、そう一言呟いた私にその子はまた「にゃあ~」とひとなき鳴いた。
◇◆◇
「守屋君! 早く」
「そんな急いだって仕方ないだろ」
次の日の放課後。
私はもどかしい思いで児童公園へと足早に急いでいた。
朝、早起きして公園に寄ったとき、あの仔猫はまだ段ボール箱の中で大人しく眠っていた。
私が持参した焼きたての卵焼きと柔らかめに炊いてラップに包んできたご飯をやると、やはり美味しそうにあっという間に平らげた。
私はお昼に残したお弁当のウインナを持って、守屋君を急き立てるように児童公園の木の下に来た。
「いた!」
私は思わず叫んでいた。
「にゃあ~」
あの仔猫はやはり段ボール箱の中の毛布にくるまったまま、まるで私達が来るのを待っていたかのように、やはり愛らしいつぶらな瞳と可愛い声で私達を迎えてくれた。
「ほら、これ」
お弁当箱の中から赤い皮付きウインナを手のひらに乗せてあげると、爪でひっかくこともなく行儀良くハグハグと食べ始めた。
私は嬉しくてその様子を微笑んで見守っていた。
その時。
「神崎」
「何?」
「お前……、どうする気だよ。この猫」
守屋君が呟いた。
「どうせ飼えないんだろ?」
「それは……」
私は言葉に詰まった。
昨夜、ママによほど直談判しようかと思った。
でも、ママは動物が嫌いで飼わないわけじゃない。
気管支が悪くて、動物の毛にアレルギーがあるママに無理を言うわけにはいかない。それで、私は諦めたのだった。
「でも……」
「でも、じゃないだろ。ずっとこんなこと続けられないし、続かないだろ」
守屋君が諭すように言う。
その言葉に胸が詰まった。
「また、明日来るからね」
私はそう言いながら立ち上がった。
「おい、神崎」
待てよ、と言いながら、守屋君が足早にその場を去る私の後を追う。涙は見られたくなかった。
◇◆◇
そのまた翌日の放課後。
やはり、私は守屋君と二人であの公園を訪れていた。
しかし。
段ボール箱の中に、仔猫は居なかった。
朝、寄ったときにあげた小皿に入れていったミルクにひたしたシリアルはミルクごと完全になくなっていた。
「出ておいで。みゅう!」
私は、一人で勝手につけていた仔猫の名前を呼びながらその辺りをくまなく探した。
しかし、みゅうの姿はどこにも見当たらなかった。
もう、どこにも……。
「神崎」
守屋君がさりげなく私の肩を引き寄せた。
「誰かいい人が拾っていったさ」
守屋君は静かにそう呟いた。
そう思う、信じるほかなかった。
私は思わず彼の胸に顔を伏せた。
たった三日間だったけど、世話した仔猫。
誰かいい人に拾われていますように……。
そう思いながら、思わずぽろぽろと切ない涙を流す夕暮れ迫る秋の日の放課後のことだった。




