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竜の花嫁たち  作者: 151A
二つの鼓動
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赤ちゃん



「難しいだろうね」


 顔に刻まれた皺を更に深くしながら竜の巫女は声に苦渋を滲ませる。

 寝台に横たわったレンの伴侶であるメイの大きく膨らんだ腹に掌を添わせて「さて、どうしようかねぇ」と呟いた。


「だめ?あかちゃん、げんきない?」


 不安そうな顔で身じろぐメイの肩を掴んで落ち着かせてやると、紫紺の瞳を瞬かせてレンを見上げてくる。


「大丈夫だよ」


 優しく微笑みかけながら、内心では巫女の様子が酷く気になっていた。



 白竜の里へと嫁いできたスージーにくっついてきたメイは、新婚の家に入り浸り絶対に離れないと泣き喚いたが「私はもうウィルのものなの。メイとは一緒に住めない」と何度も説得されても応じなかったので、最後には冷たく叩き出されたという経緯を持つ。


 最初に会った時からメイに心惹かれていたレンはどうやって彼女を落とそうかと頭を悩ませ、最初の予定通りにウィルに伴侶を取らせると共に自分の想い人も里へと連れ帰ることができた。


 それでもメイから言質を取れないままだったので、内心冷や冷やしていたのだがスージーに捨てられたと傷心しているところを言いくるめて家へと連れて帰ることに成功する。


 せこかろうが、狡かろうが、既成事実を作ってしまえば問題はない。


 と、思っていた。


 だが獣人族は以外にも身持ちが硬く、宥めすかしても、拝み倒しても、甘い雰囲気を作っても靡いてはこなかった。


 伴侶という形ではない状態でひとつ屋根の下に住んで半年。


 無理に事に及んでは、好きだと思っているレンの方がいつだって手痛い反撃にあった。

 実力行使と心からの拒絶という精神的肉体的ダメージを食らっては勝てる訳も無い。

 半ば諦めかけた時、スージーが子供を身ごもった。


「あかちゃん、ほしい」


 突然メイの中に母性らしきものが芽生えたらしく、日増しに大きくなっていくスージーの腹を撫でながらレンに期待の眼差しを向けてきた。


「え!?いいの?」

「レン、あかちゃんほしくない?」


 小首を傾げたメイの拗ねたような表情に飛び上がらんばかりに喜んでその両手を握り締めた。


「えっと、それは私と婚姻を結んでくれるってことでいいんだよね?」

「こんいん……って、つがいのこと?」

「そうそう、つがい

「ちがうの?レンとメイ、ちがた?」


 迷い子のように瞳を不安げに揺らして、レンの掌の中に包まれている己の手を見つめしゅんっと肩を落とすメイは冗談抜きでとても可愛かった。


 だが何故そんなに落ち込んでしまったのか解らずに戸惑っていると、スージーが微笑んで「メイはずっとレンのこと番だと思ってたのにね」とメイの不自由な言葉の補足をしてくれた。


「ええ!?あんなに私を拒み続けていたのに?」


 寝台はひとつしかないので一緒に寝ていたが、それとなく誘うたびに手酷い拒絶を受け続けていたのはなんだったのか。


 メイにはその気がないのだと思っていたのに、彼女はずっとレンを番として慕っていたというのだ。


「獣人、いつもちがう。じきある。レンいつもさかてる。レン、えろい。いや」

「あー……成程。獣人族には子を成すための時期があるのか」


 いつも盛っているといわれては面目ないが、これでも十分抑えている方だ。


 好きな女性が同じ布団で無防備に寝ているのだから触れたいと思うのは雄として当然の本能である。


 特に竜族は繁殖に意欲的である。

 つまりその行為によって愛情を示す生き物なのだ。


「メイ、種族の違いよ。受け入れてあげなきゃだめ。レンに嫌われて、私がしたみたいに家から叩き出されちゃうかもしれないわよ」

「え!?それ、こまる。レン、すてるいや。メイがんばる」


 スージーの一押しでメイは青ざめて「頑張るから、捨てないで」と懇願してくる。

 捨てるわけがないのに必死な彼女のお願いは有難く受け取っておく。


「じゃあ今夜から十分頑張ってもらうから覚悟しておいて」

「…………そういう宣言も約束も自宅でしてくれ」


 ウィルが秀麗な顔を顰めて深いため息を吐く。


「それから毎日来るな。少しは夫婦水入らずで過ごさせてくれ」

「メイがスージーさんに会いたがるんです。伴侶の願いを叶えるのも夫の大切な役目でしょ?」


 堂々と“伴侶”という言葉を使えることに満ち足りた気持ちを味わいながら笑み崩れると「そのだらしない顔をなんとかしろ」と嫌がられる。


 スージーの横に座り身体をぴったりとくっつけて肩を抱いているウィルは客であるレンとメイを邪魔だと言わんばかりにねめつけた。


「メイさんがその気になったんだから、さっさと帰って子作りに励め」


 直截的な物言いにレンはメイの腕を取っていそいそと立ち上がる。


 確かにウィルの言うとおりだ。


 のんびりしていたらまた「時期」を逸してしまいメイに拒まれればいつまたその気になってくれるか解らない。


「さあ、メイ。赤ちゃん作ろう。今すぐ作ろう」

「なんか……レン、こわい」

「恐くない、恐くない。大丈夫、優しくするから」

「うそくさい」

「そんな言葉ばかり覚えたらだめだよ。もっといい言葉教えてあげるから」

「やだ」

「そんなこと言わないで」

「レン!いい加減にしろ!いちゃつくなら自分の家でしてくれ!」


 竦んでいるメイが可愛くて苛めていたらウィルが激昂して叫んだので、慌てて腕を引いて退出した。



 その気になればメイはとても従順で素直だった。


 献身的でもあり意欲的でもあったから、与えられる甘美な痛みや昂ぶりにいちいち反応して余計にこちらが煽られる。


 頭頂部から突き出た毛に覆われた三角の耳も、尾てい骨から生えているふさふさの尻尾も悦びに打ち震え、レンの腕の中で何度も切ない声を上げ続けた。

 首から肩を覆っている灰色の毛は背中から腰まで生え、肘から手首と膝から足首の部分にも生えている。

 柔らかな胸と腹部、そして滑らかな腿ときゅっと上がった尻だけは褐色の肌をしていて酷く煽情的に見えた。


 メイはどんなに堪えられなくなっても犬が甘えるように鼻を鳴らして声を洩らさない。

 人族の女のように喘ぎ声を出さないのは新鮮で、それがとても愛しくてレンは口づけで優しく応えた。


 愛すること。

 愛されること。


 与えること。

 与えられること。


 そのどちらも相手がいなくては成立しない。

 幸運にもレンにはその相手がいてくれる。

 その相手がメイで本当に良かったと落涙して、それに気付いたメイに涙を舐め取られ慰められた。



 メイが望み、そしてレンも望んだ待望の懐妊に影が差したのは火の月のことだった。

 妊娠が解って二月目。

 大きくなってきたメイの腹に耳を当てて子供の様子を窺っていた時。


 確かに聞こえた。


 二つの鼓動が。



 気のせいだと思いたかったが、耳を澄ませば重なるようにして打つ心臓の音は間違いようがない。

 目の前が暗くなるのをなんとか懸命に堪えて、訝しがるメイの手を引いて神殿へと向かい巫女に助けを求めた。


 触れずとも偉大なる巫女にはメイの腹に二つの魂が宿っていることは解ったようで、柔和な顔に少しばかりの懸念を秘めた瞳でレンに目配せをしてくる。


 その眼が「動揺させてはならない」と強く求めてくるのでメイを寝台へと横たわらせて「巫女が私たちの子供が元気に育っているか診て下さるよ」と伝えて微笑む。


 そっと触れた巫女の手に答えるかのようにメイの腹が動く。

 チカッと光った白い輝きはひとつ。


 もう片方は光らない。


「…………巫女さま?」


 僅かに寄せられた眉間の下で巫女の瞳は翳りを帯びる。


 白く光った魂は竜のもの。

 その腹の子が白竜であることを示す。

 ならばもう一方はなんなのか。


 確かに鼓動は二つ。


 だが竜の子である証しはひとつだけ。


「――――難しいね」


 判断が、だろうか。

 それとも出産が、だろうか。


 どうか前者で会ってくれと願いながらレンは巫女を縋る様に見つめた。


「さて、どうしようかね」


 考えあぐねている巫女がメイの腹を優しく撫でてから「ここで少しゆっくりしておいてくれね。私はちょっとレンと話がある」と囁いた。


「あかちゃん、だいじょぶ?げんき、なの?」

「元気だよ。この上なく。それは心配ない」

「ほんと?」


 ああと笑って大きく頷く巫女に漸く安心してメイは力を抜いて寝台に身を委ねる。

 愛しげに自分の腹を抱えて「あかちゃん、あいたい。はやく」と呼びかけた。


 促されて廊下へと出たレンは浮かない顔の巫女に「やはり、」と問う。


「ああ、双子だ。このことを一番恐れていたんだが」

「ではどちらかを諦めなくてはいけないんですね」

「そうなる」


 簡潔な返答にレンの目の前は再び真っ暗に閉ざされた。


「獣人族は過酷な環境に身を置いているせいで双子を生む確率が高いのは解っていたけれど……竜族との間で双子を孕む可能性は低かろうと考えていた私らはちょっと甘かったかもね」


 確実に子孫を残すために獣人族は双子を産む。


 一度に二人の子を育てるのはそれなりに危険が高くなるが、その手間と危険を冒してでも双子を産むのはどちらか片方が残れば種の存続は叶うという知恵なのだろう。


 強い個体のみが生き残り、弱い個体は短い一生を終える。

 そうしなければ獣人族は滅びてしまうから。


「そんなこと、メイにどうやって伝えれば」


 早く会いたいと腹の子に語りかける優しげな声が思い出され、レンの心は引き裂かれそうなほど痛んだ。


「そもそも、どちらかを選べといわれても決められない」

「そうだね」


 巫女も同意して物憂げな表情のまま顎に手を添えて深く息を吐く。


「しかもメイの腹にいるのは竜族と獣人族の子だ」


 それはそうだろう。


 解りきったことをいう巫女に怪訝そうな顔を向けると老女は苦々しく微笑んだ。


「言葉通りだよ、レン。さっき見たはずだ。メイの腹の中で白く輝いた光があっただろう?あれは間違いなく白竜の魂。もうひとりは光を発さなかった。つまり」

「獣人族――――?」


 メイは己の種である獣人の血を引く子と、レンの種である竜族の子を身籠っているのか。


 通常竜の血が優先され、伴侶の腹には竜の子だけが宿る。

 相手が人族でも母親から色素や特徴を受け継ぐことがあっても、基本的な要素は殆どが竜族であり雄しか産まれないようになっていた。


 そして異種族であり、竜という特殊な種を腹で育むということは女にとってかなりの負担がかかる。


 出産によって命を失ったり、健康を損ない病気がちになったりすることも多いことから、竜も母体となる女も神経過敏になるのだ。


 出産はまさに命がけともいえる。


 一度竜の子を産み落とした女の身体は二度の妊娠出産には耐えられない。

 それ故に竜族には兄弟というかっこうの遊び相手や、理解者を得ることができないのだ。


「じゃあ、どうすれば?」

「だから難しいといったのだよ。レン」


 メイたち獣人族は絶滅の危惧があるのだが、人族たちは侵攻してきた野蛮な彼らがどうなろうとも気にもしない。


 それどころか滅んでいく姿に安堵し、喜んでいる素振りすらあった。


 死にかけていても助けようとはしない。

 更に石を投げつけて殺そうとするくらいだ。


 だがレンには獣人族の憂き目をただ黙って見ていることはできない。


 メイと愛を深めていく中で彼女の純粋さや生きようとする本能、そして群れを大切に思う気持ちを知れば知るほど獣人族という種の良さが再確認されていく。


 過去の過ちは人族から恨まれ、蔑まされる現状を生んだが、今を生きるメイたち獣人族が犯した罪では無い。


 子孫永劫許されない罪とは一体どんな罪か。

 確かに何千年も前、人族はその数を減らし無残な死に方をした。

 腸を食い千切られ、四肢を捥がれ、頭を踏み潰され、女子供の区別なく惨殺された。


 安息の土地を奪われ、逃げ惑い、死と恐怖のままに泥水を啜って生き延びた人族は今やグリュライトで安寧と平和を手にして我が物顔で暮らしている。


 害悪であると人族は獣人族を狩り、外敵であるとして決して受け入れようとはしない。


 種の違いからくる偏見や嫌悪は仕方がないだろう。


 だが滅んでも良いとは決して望んではならず、それを良しとしてはいけないのだと常々レンは思っていた。


 だから。


 どちらかを選ばなければならないと選択を迫られた時に、自分の種を残したいと思う反面、滅びの道を辿っている獣人族を残すべきだと叫ぶ心の声にも耳を傾けてしまうだろう。


 結局選べずに悩み、選んだ後でも生まれることができなかった方の子を惜しんで後悔する。


「決めるのはレンとメイだ」


 言い渡す巫女の瞳にはなんの感情も無い。

 どちらも選べない。


 だが“どちらも”と望むのは傲慢だ。


「……話し合って決めます」


 どうやって伝えようかと初めの迷いへと戻る。

 厳しい決断をしなくてはならないことに苦しみ、そして失われる我が子を思って涙した。


 メイはきっと嫌がるだろう。


 あんなに赤ちゃんを楽しみにしていたのだから。


「戻ります」

「そうしておやり。きっと不安がっているから」


 頷いてレンは扉へと向き直る。

 把手を握って大きく深呼吸する。


 落ち着かなければ。


 レンがメイを支えなければならないのだから。




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