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竜の花嫁たち  作者: 151A
風送り
39/48

おかえり


 カラリとした心地いい風が谷間を吹き抜けてカルセオは口元を綻ばせる。


 ごつごつした岩肌が厳しく屹立して狭い谷を形成しているこの土地を人族は風の谷と呼ぶ。

 蛇行しながら続く谷の長さは徒歩ならば二日ほどかかる。

 その谷を抜ければ荒野が広がり、やがて砂ばかりの砂漠に続く。


 人族は脆弱なくせに強かで、その砂漠にも住んでいる者たちがいるのだから尊敬する。

 荒野へと出る少し手前の場所が僅かに広く、そこには水場があったので自然と人が集まって来て集落を作った。


 この村に住む人々は大らかで、とにかく明るい。


 岩壁に張り付くように住居を建て、中には石の形状を活かして独特の家を作っている者もいた。

 カルセオはこの地に住む人々が好きだ。


 基本的に竜族を恐れる人族だが、この村の人たちは風を敬い感謝して生きているせいか緑竜であるカルセオに好意的である。


「よお、おっさん。元気してたか?」


 この村は柵で囲まれておらず、訪問してくる者たちを常に歓迎しているような所だ。

 それでも一応竜族が村を訪れる際に鳴らす鐘は用意されており、その鐘をガランガランと乱暴に鳴らしながら竜族担当の男に笑顔で声をかける。


 小さな小屋の軒先に出されている長椅子に座っていた男は「よお。久しぶりだな、セオ」と片手を上げて気安く名を呼ぶ。


「んー……半年ぶりか?耄碌してないみたいで安心した」

「言ってろ。おれはまだ耄碌するには若過ぎんだろ」

「だな。禿げてはいるがまだ三十五だしな」

「うっせぇ!いずれはお前も禿げるだろ」

「どうだかな~?禿げてる竜族ってのは見たことねえなぁ」

「なんだよ。禿げねえのか?竜族は羨ましい種族だな」

「竜族であることを後悔したこと無いが、おっさんが羨ましがるほどいいことばっかじゃねえし」


 肩を竦めて男が「違ぇねぇ」と苦笑いする。


「でもな、人族だってそんなにいいことばっかじゃねえよ。だからどっこいだ」


 重い腰を上げて近づいてくる男の言葉に次はカルセオが「違ぇねぇ」と返す番だった。

 あちこち飛び回って色んな町や村に滞在するが、この村ほどカルセオの訪問を歓迎してくれるところはない。


 ほとんどが嫌がられ、滞在許可を得られるまで二日から五日はかかる。


「今回もオーサんとこに泊まんだろ?」

「そのつもりだけど、オーサんとこの跳ねっ返りはもう嫁に行ったのか?」


 男がニッと歯を剥き出しにして笑い「まだだ。跳ねっ返りを貰おうって奇特な奴はこの谷にはおらんかもな」と最後にがははっと腹を揺らして愛しげに村を包括する谷を見上げた。


「お前が来るたびいつも鐘を滅茶苦茶鳴らすからすぐ解る。だから、そろそろ――」


 耳を澄ませるようにしながら口にした言葉が終わる前に「セオ!カルセオ!!」と姦しい声が響き渡った。


「ほら来たぞ。跳ねっ返りが」


 揶揄する男の背後から全速力で駆けてくる女の姿にカルセオは苦笑いする。

 濃茶の髪を風になびかせて、スカートの裾を翻している格好はまさに跳ねっ返りと言わざるを得ない。


 普通子供ならいざ知らず、女ならば力一杯走ったりはしない。


 なにかに追われて必死に逃げている場合ならば全力で駆けるだろうが、今は命の危機があるわけでもないのだから小走りでも十分だ。


「お帰り!」


 しかも速度を落とさないまま突っ込んでくるのだから転ばないように受け止めてやるしかない。

 いつまでたっても女らしさの欠片も無い女にカルセオは深いため息を吐いた。


「いい加減、この出迎えなんとかならないのか?ティア」

「なに?いやなの?」

「いやっつうか」


 指先で頬を掻いて濁しながら女を離す。


 名前だけは可愛らしいティアは鍛えていると豪語する通り女特有の円やかさや柔らかさとは無縁だ。


 険しい谷を上り猟をして生活をしている父オーサの血を引いているからか、恵まれた体躯をしている。


 更にオーサの猟を手伝っているのだから、跳ねっ返りと呼ばれても仕方がない。


「またでかくなったな、お前」


 半年前よりも顔の位置が近くなっていて身長が伸びている。

 カルセオは竜族の中でも長身の部類に入るのでそれでもかなり身長差はあるが、人族の女性としては異例の高さだろう。


 男並みにあるので、これでは本当に嫁の貰い手がいなくなっても不思議では無い。


「せめて乳がでかくなりゃいいのになー……」

「うるさい!男ってなんででかい胸が好きなの?あんなのただの肉じゃん。筋肉じゃない肉は全部無駄肉!」


 ティアの身体は筋肉によってしまっており、それなりにめりはりのきいた美しい肉体をしている。

 だが胸の膨らみは僅かしかなく、抱き留めた時の感触からも可哀相に思えるくらいに貧相なものだった。


 本人はさほど気にしているわけでは無さそうなので同情するのも失礼だろう。


「さあ、帰るよ。父さんが待ってる」


 碧色の綺麗な瞳を瞬かせて朗らかに笑うティアはまだ少女だった時とまったく変わっておらず、そのことがカルセオを酷く安堵させる。


 寿命の短い人族の変化は著しい。

 そして人の成長は本当にあっという間で驚かされる。

 だから変わらないものを見つけるたびにカルセオは喜び、そして同時に安心するのだ。


「じゃあな、おっさん」

「ああ、またなセオ」


 簡単な挨拶を交わして男と別れてティアと共に村を進んで行くと、擦れ違う村人たちみんなが笑顔で「お帰り、セオ」「やあ、セオ」と親しげに声をかけてくれる。


 それが嬉しくてカルセオはこの村に来るのを止められないのだ。


 穏やかに風が吹くこの谷はカルセオの第二の故郷。

 「お帰り」といって迎えてくれるのはグリュライトではここだけ。


 心安らぐこの村にカルセオが初めて訪れたのは五年前だった。


 成体になったばかりのまだ若々しかったカルセオは行く先々で冷たい仕打ちに合い少々落ち込んでいた。


 女の扱いなどなにも解らず、共通の話題も無いから会話も成立しない。

 見た目だけで寄ってくる女たちは「つまらない」の一言で早々にカルセオの前から去って行った。

 軽く女性不信になりかけていたのだと思う。

 女だけでなく人族全てが怖くて、面倒で、苦しかった。

 愛想の良さと楽天的な性格にはちょっとした自信があったため酷く塞いでいた。


 伴侶探しは暫く止めようと人の住まない場所を選んで飛んでいたカルセオの前にこの風の谷が現れたのだ。

 眼下に広がる緑の大地を切り裂くように深い谷があり、落ち窪んだ場所に小さな集落があるのを見て感心した。


 こんなところにも人は住むのかと。


 そして深い谷の上に立つ人影が二つ。

 ひとつは大きく、もうひとつはとても小さかった。

 そこは上空でも風が強く、谷の上にも同じような風が横から煽るように吹いている。

 大きな影は吹き飛ばされそうな小さな影を支えてじっとその場に留まっていた。


 ――――なにをしているんだろうか。


 純粋な好奇心だった。


 人族に恐れられ、嫌われていることなど忘れてカルセオは谷の上に降り立つ。

 小さな影が驚き大きな影にしがみ付くのを見て初めて、彼らが親子であると気づいた。

 そして彼らから少し離れた場所に布に包まれて横たえられた細長い物体があることにも。


 不思議そうに眺めていると男はそれが自分の妻であり、病で死んだのだと教えてくれた。

 成程と赤い目をして泣いている子供の様子と、やはり同じく泣いている男の様子からこれは葬式なのだと知る。


 この地では死んだ者の身体を清めた後布に包み、谷の上まで運び葬るらしい。


 別れを済ませて谷へと戻り、その場に残された遺体が獣や虫の糧となることで昇華されると信じている。


 男はオーサと名乗り、子供はティアだと紹介した。

 そして驚くべきことにカルセオを自宅へと招いたのだ。


 一度、何故あの時家へと呼んでくれたのだと聞いたことがある。

 オーサは笑って「お前があまりにも情けない顔してたからだ」と答えたが、きっと思い出の多い家に親子二人きりでいることが辛かったのだろうと思う。

 悲しみから逃げ出そうとしていたのではなく、しっかりと受け止めて先へと進むために。


 そして多分カルセオのことも心配してくれてたのだ。


 オーサはそんな男だった。


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