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竜の花嫁たち  作者: 151A
喜びの雨
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雨上がる



 なにか幸せな夢を見ていた気がする。


 温かくて心地いい腕に抱かれて、柔らかな胸に鼻を埋めると甘美な香りがした。

 肌をすり寄せ口づけては何度も昇りつめて。

 幾つもの峠を越え、どこまでも高めあいながらこれが永遠に続けばと疲弊しながら寂しく思っていたのに気がつけば果てて寝てしまっていた。


 ニスがゆっくりと目蓋を開けると朝日が弱く射し込む窓辺が目に入る。

 どうやら雨が上がっているらしく、澄んだ光が外には溢れていた。


「……信じられん」


 驚くべきことに隣に女の姿は無い。

 普通あれほど抱き合い、ぶつかり合えば朝早くから起き上がることなどできはしないだろう。

 しかも記憶が確かならばニスが意識を失う瞬間にも女は満足気な顔で微笑んでいたはず。


 竜族は無尽蔵と言っていいほどの体力を誇る。


 その竜族であるニスの方が行為の最中に女より先に寝てしまうなど驚きを通り越して恐怖を感じた。


 それほど衰えたか。

 いや。


 女が特異なのだ。


 悦ばせるよりも、溺れさせられた。

 まさかこんな日がこようとはニス自身思ってもいなかった。

 人族の女にこれほどの床上手がいるとは。


「…………信じられん」


 その言葉しか思いつかず再び繰り返すと、身体を起こしてすっかり冷え切った女が寝ていた形跡の残る布団へと手を触れた。

 汗でしっとりと濡れているのに気付いた途端、昨夜の乱れぶりが脳裏に蘇り臍の下辺りがもぞもぞと疼き出す。


「――――落ち着け」


 慌てて手を離し深呼吸をひとつ。

 己の欲望を制御できないほど幼くはない。


 なのに。


「どうしたというのだ……」


 女を焦がれて身体が啼く。


 抑えようとすればするほど逆効果になるようで、女の息遣いや切なく喘ぐ声が耳について離れない。

 揺れる胸、汗ばんだ肌、弾む尻と腰に絡み付いてくる柔らかな腿、煽るように誘う無邪気な瞳、どこまでも深く飲み込んでいく女の身体。


 今までいろんな女と床を共にしたが、ここまでいいように翻弄されたのは初めてだった。


 そして独りで寝台の上で目覚めたのも。


 大概は女の方が疲れ果てて遅くまで眠っている。

 その女の寝顔を眺めて起きるまでじっと寄り添うのがニスの常だったが、今回はなにからなにまで勝手が違い戸惑うばかりだ。


 肩から滑り落ちる髪が煩わしくて手櫛で整え簡単に結わえる。

 そうするといつもの冷静さが戻ってきたようで、安堵しながら足を床に下すと当然のことながら布団の間から剥き出しの脚が現れた。


「起きた?お寝坊さん」

「――――!?」


 気がつけば女が笑いながら戸口でこちらを見ている。

 気配を消すのが上手いのか、はたまた動揺し過ぎてニスが気付けないだけなのか。

 慌てて下ろした脚を布団の中に戻すと女はげらげらと腹を抱えて笑う。


「そこまで、笑うことはないだろう」

「だって、昨日あれだけ楽しんだはずなのに今更恥ずかしがるなんてどこの乙女なのかと思っちゃって」


 ニスの不満げな様子すら女には面白いのか「お腹痛い」といいながら笑いの発作を必死で堪えている。


「あの時はどちらも服を着ていなかった。今は違うだろ」


 女は丈の短いワンピースのようなものを着ている。

 細いレースの紐で吊られた身頃はゆったりとしており、華奢な肩や鎖骨の下にうっすらとピンク色に染まった胸の谷間が覗いていた。


 腿の中程から下は美しい脚線美を惜しげもなく曝け出し、女が歩くたびに白い内腿が見えてニスはそこから目が離せなくなる。


「そうね。いい男が全裸で大事な所だけを布団で隠している姿はそそられるわ」

「隠しているのは下半身全般で、局部では無い!」

「やだ、なに?その言い方……昨日から思ってたんだけど、あなたの言葉選びちょっと変わってる」


 目を眇めて小首を傾げられたので不安になり「おかしいか?」と問い返すと女はふわりと微笑んで「割と」と答えた。


「でも……悪くない」

「良くは無いんだな」


 女の答えは否定しているわけではないが肯定しているわけでもない。

 そのことにがっかりしていると、ぴょんっと寝台に飛び乗りその勢いのまま横たわる。

 ころりと小さな頭がニスの右腿の上に乗せられ、波打った赤茶色の髪が布団に広がった。


「拗ねないの」


 子供みたいと呟いて女は紫色の大きな瞳をキラキラと輝かせて笑う。

 綺麗な弧を描いて持ち上げられる唇はほんの少しだけ開いており、その下から白い歯がちらりと見える。


「言われたことなど無い」


 落ち着いている雰囲気と言動のせいだけでなく、顔も丸みの無い造作をしているので子供扱いなどされたことなど一度もなかった。


 年齢だけ見れば、女の方がニスより下だろう。

 それなのに熟練した手腕で男を誘い、主導権を握ったまま奔放に性を貪る。


「子供みたいっていわれて怒ったの?気分悪い?」

「…………いや、」


 新鮮だなと思っただけだ。


 振り返ってみれば幼体の頃からニスは大人しく従順だった。

 物わかりが良く、成体である里の竜たちに怒られたこともない。

 逆に同じ年頃の幼体の面倒を見るようにと頼まれることも多々あったくらいで、両親にすら子供扱いをされた覚えがなかった。


 きっとそうされることをニスが快く思っていなかったことを両親は勘付いていたのだろう。


 だからこそ他の幼体のように甘やかさずに育てたのだ。

 そのことには感謝している。


 だが女から拗ねるなんて子供のようだと指摘されても別段腹も立たず、確かに声を荒げて動揺を隠そうとする所などその通りであると認めざるを得ない。


「昨日も色んな顔を見させてもらったけど、今日のあなたの方が随分と可愛くて素直ね」


 可愛いも、素直も自分を表す単語とはかけ離れているのに、女の口から出てくると何故だか否定する気になれないのだから随分と頭が緩くなっているようだ。


 まともな状態では無い。


「残念だけど雨が上がっちゃった。服も乾いたし、夜も明けちゃったから伴侶探しに来ている青竜さんを送り出さなきゃね」

「…………追い出すのか?」

「そうよ。町には沢山の女の子がいるから、素敵な出会いをいっぱいしてきて」


 これだけ溺れさせ、夢中にさせておいて他の女を見つけろとはあまりにも酷な仕打ちだ。

 腿に頬をすり寄せて目を閉じている女の髪に触れるとひんやりと冷たくて心地が良かった。


 このままじゃれ合って、気が済むまで睦み合っていたいと思っているのはニスだけのようだ。

 欠伸を噛み殺しながら女はのそりと起き上がり、髪に指を絡めているニスの手を優しく振り解く。


「朝ごはん作ったから食べて行けば?」

「……ああ」


 目の前にある円やかな胸に食らいつきたい衝動を噛み殺してなんとか返事をする。

 すると女が頭の上に手を乗せて「いい子ね」と撫でるものだから気持ちがたちまち萎んで行く。


「さあ、さっさと起きて着替えてちょうだい!せっかく作った朝食が冷めちゃうから」


 押し付けられたのはニスが着ていた服だった。

 すっかり乾いており、何故か良い匂いまでする。

 ぼんやりと服を見下ろしていると女は床に両足を着いて立ち、腰に手を当てて右眉を跳ね上げて見せた。


「なに?着替えられないなら手伝ってあげるけど、必死で隠してる大事な部分朝日で明るいからしっかりと隅々まで見るからね?」


 それが嫌ならさっさと着替えなさいとまるで母親のような言い方で急かすのでシャツを広げて袖に腕を通す。


 着替え始めたニスを見て安心したのか女は入口から台所へと去っていく。


「……その気にさせるのも上手いが、萎えさせるのも上手い」


 変な所に感心しながら手早く着替えを済ませたのは、あまり手間取っていると女が戻ってきて羞恥心を煽ってくるかもしれないと怯えたからだ。


「全く、調子が狂う」


 そのことが不思議と嫌では無いことが一番の驚きだった。


「雨が、」


 止んでいなければニスはまだこの家に滞在していてもよかったのだろうかと女の言葉を思い出して思う。


 理由が無くなってしまったからここにはいられないのだとしたら、留まるだけの名分を見つけられれば女も受け入れてくれたかもしれない。


「まだなの?」

「今行く」


 女の明るい声を聞いてニスは入口へと向かう。

 その途中で青空を見せ始めている窓の外を恨めしそうに睨んでから、温かな湯気と旨そうな匂いが漂う食卓へと着いたのだった。


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