幸せな夢を
「また来たのか。しかも大勢連れて」
嫌みたらしく看守は顔を顰めてウィルの後ろにいるレンとメイへと視線を投げる。
勝手な行動を阻止する目的でレンにメイの手をしっかりと握っているように伝えているが、男から漂ってくるのだろうスージーの匂いに紫紺色の瞳に危険な光を帯びさせている彼女を御するのは正直レンには肩の荷が重いだろう。
「大勢と言われるほどの数ではないかと思いますが?それとも面会には複数お断りという決まりがあるのですか?」
「常識の範囲で考えれば複数人で面会とは非常識だろうが」
「では、問題はないということですね」
「――――どうしてそうなる」
「我々の常識とあなた方の常識は異なるということです。さあ、行きましょう」
苛立っている男の横を擦り抜けてレンとメイを促して勝手に進む。
勿論鍵が無ければ地下へと降りる扉を開けることすらできないのだが、看守が面会を正当に断る理由がない以上開けてくれるだろう。
メイが髪を覆う布を巻きつけた下で耳を動かしているのに気付かれないように身体の位置を移動させて男の目から隠すと逆に不自然に見えたらしい。
看守が片眉を跳ね上げて改めてメイを頭の先から足の先までじっくりと眺めまわす。
「…………見ない顔だな?この町の女じゃない」
「伴侶探しの旅をしている竜が女性を連れていることになんの疑問を抱く必要があるのですか?この町の女性だろうと、他の町の女性だろうと構わないのでは?」
竜族の出入りは厳しく制限され、その集落の長の許可が必要だが、そもそも人族が出入りするのに許可は必要ない。
基本的には自由に出入りでき、人々と交流することができる。
宿泊も納屋や軒先を貸してくれるし、そこが気に入ったのならばその土地に受け入れてくれることもあるらしい。
「確かに、そうだが」
「彼女が昨日連れてくるとお約束したメイさんです」
「は?メイは犬だと、あの女が……それにおれはその犬を見たことがある」
嘘を吐くなと男がウィルを睨み上げてくるので「彼女が犬に見えますか?」と微笑むと鼻白んだ看守が言葉に詰まる。
今の姿を見て彼女を犬だと断じることは誰にもできないだろう。
町の女性と同じような服を身に纏い、耳と尾を隠してしまえば人族の若い娘にしか見えない。
「私にはとても犬には見えませんが」
「スージーが会いたがっていたのは犬のメイだ。そんな女を連れてきて、どうすんだ?」
男の言葉にメイがピクリと反応して身を震わせる。
右隣に付き添っているレンに緊張が走りなにごとか耳元で囁いていた。
ここで犬に戻っては意味がない。
それこそ男の前で獣化してしまえばメイが獣人族であると証明してしまうことになる。
それだけは避けたい。
「いいえ。スージーさんが会いたがっているのは間違いなく彼女ですよ。安心してこの扉を開けて下さい。疑うよりも会わせて見れば解るはずです」
さあと微笑みながら目には有無を言わせぬ強さを籠めると、看守は渋々ながら鍵を開けてくれた。
そしてそのまま先立って階段を下りて行く。
「………ふー、危ない所でした」
背後でほっと息を吐くレンに「油断は禁物だ、気を抜くな」と注意を喚起してウィルも階段へと脚を下ろす。
淀んだ空気がそれだけで動き、薄暗い空間を照らしている小さな松明も小さく揺れた。
必要な場所だけ照らしている炎は階段と短い通路、そしてスージーがいる部屋の前だけに設置されている。
壁の高い位置に空気の入れ替え用の穴が幾つも開いているが、途中で折れているのか地上の光をここまでは引き入れてはくれない。
「……スージーのにおい」
ウィルから間接的な匂いを嗅ぐ時はただ懐かしがり喜んでいたメイだったが、実際に己の鼻を通して感じる匂いには沢山の状況や不穏なものを孕んでいるからか沈鬱な声に聞こえた。
「大丈夫ですよ」
力づけるようにメイの手をぎゅっと握り、優しく励ますレンの姿は健気だ。
行儀よく仰向けで寝ているレンと丸まって眠るメイを見ながら夜通し考えたが結局のところ名案は浮かんでこなかった。
どうすればいいのか未だ解らぬまま、こうしてスージーの元へと訪れていることに多大な不安はある。
レンの中にはこの窮地を打開する秘策があるようなのに、それをウィルに教えてくれるつもりはないようだ。
自分よりも余程メイやスージーの境遇に同情して、助けたいと思っているはずなのに答えを与えずに静観している。
ウィルを困らせて楽しんでいるのではないかとさえ思えてくるのは、昨日の夕方のやりとりが頭の中に鮮烈に残っているからだろう。
本来のレンはそんな性悪なことはしないと解っているのに。
「面会だ!」
前回同様扉を足蹴にして訪問を報せると鍵を開ける。
その乱暴な仕草にウィルは慣れていたが、レンは眉を寄せて嫌悪を顕にしていた。
メイも喉の奥で低い唸り声を上げている。
「毎日毎日足繁く通ってくれる白竜様とのお別れをしっかりするんだぞ?さすがに刑の執行前日は面会は無しだからな」
嘲笑を交えた男の言葉に飛びかかろうとしたメイをレンが後ろから羽交い絞めしてすんでの所で止めた。
その剣幕に驚いて看守が「なんだ、偉く気性が荒い女だな!?」と声を上げる。
「すみません。彼女はスージーさんのこととなると気持ちが抑えられないようで」
「そんなんじゃ嫁の貰い手にも困るぞ?もう少し淑やかにするように教えておけよ」
「あなたの御心配には及びません。彼女を見初めている者は既にいますし」
ちらりとレンを見ると何故か暗い瞳をして目を反らされた。
そこで昨日の会話を再び思いだし心がチリッと痛むのを感じる。
「ほら、速くしろ。手短にな!」
メイの婚姻についてなど真剣に話していたわけでもない男はさっさと会話を切り上げて全員を部屋の中へと入らせる。
三日連続でスージーの面会に立ち会わなければならないことを心底迷惑がっているらしく、仏頂面に拍車がかかっていた。
「スージーさん、約束通りメイさんを連れてきましたよ」
横へとずれた男が開けた正面の場所へと移動し声をかけると、スージーは揃えた足を左側へと流した横座りの姿勢でウィルを迎えた。
いつものような心ここに非ずの様子では無く、しっかりとした眼差しで見つめ返してくる。
落ち着いた表情には感謝が見え、その深い緑の瞳には別れの予感に少し悲しみが滲んでいた。
「私、あなたの名前を聞いていない」
今更だけど、と小さく微笑んでスージーが名を問うてきた。
「そういえば名乗っていませんでしたね。どうか失礼を許してください。私は白竜のウィルと申します」
「……ウィル、響きのいい名前」
ゆっくりと口の中で大事なもののように紡がれたものが自分の名前ではないように聞こえてウィルは驚く。
言葉通りに響きが気に入ったのかスージーは二度続けて繰り返した。
その度に胸がそわそわと落ち着かなくなる。
「あの、それぐらいで」
思わず懇願して止めさせるとスージーがはっと我に返って「ごめんなさい」と口を覆う。
その指先が土で酷く汚れていて、周囲を囲む土壁へと視線を反らす。
床すらも土が剥き出しで着ている服も、髪も、肌も、どこもかしこもスージーは薄汚れていた。
それでも彼女は凛として最期を迎えようとしている。
後悔の無い決別を。
「メイさん、こっちへ」
手招くとレンに背中を押されてメイがやってきた。
おずおずと怯えた姿に目を向けてスージーが少し驚いたように目を瞠る。
「……メイ?」
優しい声に紫紺の瞳が大きく揺れて、メイは唇を震わせると「スージー!」と叫んで鉄柵に身体ごとぶつかって行った。
柵の間に顔を当て、両手を突き出して必死に触れようと、近づこうともがく。
スージーも鉄柵へとにじり寄り、縋るように伸ばされた腕に絡め取られながらメイの頬を両掌で包んで美しい紫紺の瞳をじっと見つめた。
「そう、メイ……メイだわ。確かにこの瞳」
「ううっ、スージー、ごめん。フェイまもれなかた」
ポロポロと涙を流してメイは己の罪を謝罪する。
それすらもメイの罪では無いのに、彼女は只管自分を責めて苦しんでいた。
「いいの。それは私のせい。フェイが死んだのはメイのせいじゃないから」
「ちがう、スージーわるくない。わるいの、たべものない」
「……そうね。一番悪いのは食べ物がないことだけれど、人のものを盗んだのは私。盗みも罪。許されない罪なの」
確かにスージーは罪を犯したが、それは死を与えられる程の重罪なのだろうか。
その疑問は今でもウィルの中にあり、それを納得できない気持ちの方が強い。
「だめ、メイ、ずっといっしょいる。さみしいだめ。よるひとりこわい」
「――――っだめよ。もう一緒にいられないの。それにメイはもうひとりじゃないでしょ?」
ちらりと向けられた視線はレンでは無くウィルに。
事情をよく知らないスージーが面識のあるウィルにメイを託そうとしたのか、それとも幼く見えるレンを伴侶を求めることができる成体と見ることができなかったのか。
レンが息を飲んで俯く気配が背後でする。
「メイ、スージーいくとこどこでもいく。しんでも、そこいっしょいく」
わんわんと子供のように泣くメイがそこまで決意を固めているとは思わなかった。
スージーも目を丸くして泣きじゃくる背中を優しく撫でていたが、小さく頭を振って「死んではだめ」と囁く。
「メイは死なないで。生きて私とフェイのことを覚えていてくれなきゃ困る」
「できない。メイひとりむり。スージーとフェイいない、しといっしょ」
「――――メイ、お願い。いい子だから」
いやだいやだと駄々をこねる子供のように首を横に振ってメイは必死でしがみつき、スージーの匂いを胸いっぱいに吸い込んでいる。
「も、はなれない。ずといっしょ」
鉄柵を挟んで抱き合うスージーとメイを力づくで引き離すことはできない。
結局片方が死んでしまえば互いに希望を失うことになり、生き延びた所で幸せになどなれないだろう。
ならばこのままメイが望むように共に逝かせてやれることができれば――否。
それでもやはりスージーがそれを由としないだろう。
「ウィルさん、なんとかできませんか?」
何度こうしてレンに問われただろうか。
レンの中にある打開策を教えてくれればいいのに、ウィルに決断を迫るやり方はとても腹立たしく生意気だ。
それでも真剣に見上げてくる瞳の中にどうか気づいて欲しいという願いが込められているからグリュライトへと来てすっかり鈍ってしまった頭を懸命に動かす。
いつ看守が「時間だ」と言い出すか解らない焦りの中で、ウィルが正解を導き出すのは難しい。
考えても、考えても思考は上滑りするだけで一向に纏まらない。
ざわつく胸と身体を冷やして行く恐怖に身が竦む。
スージーとメイのすすり泣く声が悲壮感を更に高めていく。
「……なにができるというのか」
自分は人族に対して無力で、傷つくことも失うことも恐い。
見苦しい姿をさらすことも、心乱されることも羞恥で身悶えるくらいだ。
「なんでもできます。可能性は無限ですから」
「可能性?」
「はい。例えば竜族にしかできないこと、ありますよね?」
「竜族にしかできないこと……」
空をどの生き物よりも速く飛び移動できることか?
それともそれぞれの一族のみが扱える自然に属した力のことか?
いや、違う。
レンが昨日話題にした伴侶の話が悩んでいるウィルの前に道を作る。
不自然だと訝しく思っていたあの話が、彼女たちを救うための前振りであったのだと気付けなかったのはウィルが伴侶探しにあまり乗り気では無かったからだ。
確かにそれならば救えるだろう。
だが互いにそれを受け入れられるかどうかは疑問だが。
「……普通、こういうことは時間をかけて双方の理解を深めるものだろうに」
「今はそんなことを言っている余裕はありませんから」
レンの言い分はもっともだが、心の整理が追いつかない。
いきなり言われても困るのは勿論ウィルだけではないはずだ。
「ウィルさんはやはり嫌ですか?」
小首を傾げてレンは身を寄せあうメイとスージーを悲しげに見つめる。
「嫌というよりも……正直戸惑っている」
「そうですか。私よりもウィルさんの方が面識があるので説得できるかと思っていたんですが」
ならば私が、と気負いも無く進み出てスージーににこりと微笑みかける。
愛らしいレンの姿にぼうっとした視線を上げて、彼女は無防備に唇を薄く開いていた。
「初めまして。私は白竜のレンと申します」
「レン……?」
「はい。ひとつ提案があります」
花が開くように笑んでみせるレンを見て、スージーが酷く狼狽する。
いっそ儚げに見えるほどの美貌の持ち主であるレンの笑顔はどんな女でも心を奪われずにはおられない。
その手管の鮮やかさと純粋さにウィルは衝撃を受ける。
微笑みひとつで女性の心を一瞬で奪うことなど到底出来ぬ芸当だ。
初めから誰しもできる訳では無いその技術もレンは伴侶探しを行いながら磨いてきたのだろう。
敵う訳がない――。
不意に襲ってくる劣等感に翻弄されて、ウィルは息をするのも忘れていた。
指を掌に握り込んで、痛みと息苦しさに気付いたくらいの間抜けぶり。
「スージーさんの罪は死で購わなければならない程の重罪にはとても思えない。ですが人族の中での決まりごとに私たちはなんの口出しもできません」
「レン、いうとおり。スージーわるくない」
援護するようにメイが唇を尖らせて発言するのをやんわりと頷いて黙らせてレンは優しい眼差しでスージーを見つめ続けた。
「私たち竜族は運命の女性である伴侶を探し求めてあちこち旅をしています。ですがどの女性も竜の花嫁にはなりたくないと恐怖し、拒絶するのです」
二度と戻れぬ故郷。
どのような所か解らない竜族の国へと嫁ぐことは人族の女にとっては恐怖以外のなにものでもない。
「それでも僅かな希望を抱いて私たちは旅を続けます。一生を孤独のままで終わらせることが恐いから」
「竜も……恐いの?」
不思議そうな声を出しスージーがそっと後ろに立つウィルの方へと顔を動かすのをレンはさりげない仕草で鉄柵に腕を着き、自分の方へと注視するように視線を絡めた。
そうすることでウィルからもスージーがどんな表情をしているのか全く見えなくなる。
「私たちからすると人族の女性は貴重で尊い存在です。その命が無残に奪われようとしているのはとても悲しい。もしかしたらあなたが私の運命の女性かもしれないのに」
「そんな、ばかな」
声を震わせてスージーが否定する。
きょとんとした顔でメイは不躾に言い寄っているレンを眺めていた。
「解りませんよ。運命とは不思議で、そして劇的なものらしいので」
「――――やめてっ!」
レンがなにかしたのか解らないが、スージーの悲鳴を聞いてウィルは総毛立った。
驚きに目を丸くした後で、大切なスージーが嫌がっていることを鋭く察知したメイが牙を剥いてレンの腕に噛みつく。
「痛っ――――!」
「止めないか!」
白く長い犬歯がレンの柔らかな肉に食い込んで血を流している。
慌てて間に入り離そうとするがメイの顎の力は尋常では無い。
無理に剥がせば肉が食いちぎられてしまう。
「はっ、いいざまだ」
楽しげに笑っているのは看守だけだ。
「メイ止めなさい!」
スージーの声にだけ反応してメイはゆっくりと力を抜いた。
穿たれた穴から鮮血を流しながらレンは痛みに顔を歪める。
それでも尚スージーを見つめて「どうか、竜の里へと来てください」と乞う。
そこに今は愛情など無い。
それでもレンは彼女が了承してくれれば淡い恋心など綺麗さっぱり諦めて、スージーのみを愛するようになるだろう。
「伴侶になってくだされば竜の力で、どんな困難からも護ってみせますから」
「本当に、あなたなにをいってるの?」
「それがあなたを、そしてメイさんを救うんです」
「――――もういい、レン」
それ以上は辛すぎる。
覚悟を決めなければならないのはレンでは無くウィルの方だ。
「認めなくてはならない」
「……なにを、ですか?」
改めて問われると口にするのが恐くなる。
だがここで逃げてはならない。
レンに噛みつき傷つけたことを後悔しつつも、またスージーに危害を加えるようならば容赦はしないと唸っているメイ。
突然の求婚に戸惑い憤っているスージー。
そしてウィルの発言を緊張しながら待っているレン。
「そこを退いてくれ」
頼むと素直に場所を開けてレンは腕の傷に掌を当てて黙り込む。
ウィルがその場所に進み出てしゃがみ込むとスージーは怯んだように後ろへと下る。
繋いだままのメイの手が引っ張られて身体が鉄柵に押し付けられているが気付いていないようだ。
「あなたが初めて会った竜族の求婚を受け入れるほど簡単な女性だと思ってはいません。そしてまだ三度しか会っていない竜の求婚も」
青ざめた顔でこちらを見つめる緑の瞳が自分を求めているように見えるのは勝手な思い込みだろうか。
そこから期待や憧れを汲み上げることは邪推だろうか。
勘違いかもしれない。
思い上がりかもしれない。
それでも。
「ですがこれから時間をかけてゆっくりと互いを知るのも悪くは無いと私は思います。その命を無為に捨てるのならば、私に捧げてはくれませんか?」
名を呼ばれて胸が切なくなったのは恋の予兆を感じていたのだとしたらウィルは永遠に彼女を失ってしまう。
ならば手を伸ばして乞い求めなければ後悔する。
目の前で死の採決を待っている彼女に思いを伝えなければ、一生ウィルの気持ちは届けるべき相手を失って腐っていってしまう。
次は無い。
今しかない。
彼女との時間も機会も。
「死の国よりも竜の国へ私と共に来てください。竜の国にはあなたを苦しめてきた飢えなどありません。あなたに惜しみない愛を死が分かつ時までそそぎ続けると誓います。不自由はさせませんから、どうか」
私と共に――――。
「なぜ私なの?」
解せないと小さく首を振るスージーにウィルは「解りません」と正直に答える。
知らず口元に薄く笑みを浮かべていることに自分が一番驚いていた。
「運命とは突然で、少々強引な力で引きつけるらしい。そして気づいた時には既に心は奪われているものなのだと知りました」
理由など無いのだ。
女性を求めることも、愛しいと思うことも。
「私は不器用で自分も他人の心にも疎いようです。そのことであなたを不安にさせることもあるでしょう。ですが私の想いは常にあなたへと変わらぬ愛情として向けられる」
きっとスージーからするとウィルの求婚は突然すぎて脈絡がないだろう。
死を覚悟している彼女に婚姻を許して欲しいなど突拍子なさ過ぎて現実感を伴わない。
「あなたを救いたいと願う気持ちも、共に生きて欲しいという想いも全て偽り無く宣言できます。今はなにも考えられないでしょう。私の気持ちを真実かと疑う気持ちも解ります。ですが私はあなたに生きていて欲しい」
失いたくないと伝わるだろうか?
上手くいえている自覚は全く無い。
言葉を重ねるたびに意味が変化して、彼女に誤解を与えてしまっているような気がする。
だめだ。
どんな言葉もウィルの気持ちを言い表すことはできない。
この不可思議で苦しい胸の内をどうすれば伝えられるのか。
もどかしくて鉄柵を握り締める。
強く。
「あなたを失うことがなにより恐いのです……」
深いため息が零れ落ちる。
鉄柵に額を当てていると孤独が身に染みてくるのを感じた。
ひしひしと冷酷に。
「私は罪を犯した女よ?死の宣告を受けている……それなのに」
「関係ありません。出会いのきっかけになったことを思えば、それすらも感謝したいくらいです」
そしてメイとの出会いも。
困惑したままスージーは「変な人ね、あなた」と呟く。
「こんな私で良ければ、どうか手を」
取ってくださいませんか、と握り締めていた鉄柵から指を離してゆっくりと差し出す。
「ひとりが不安ならばメイさんも一緒にどうぞ。彼女の世話はレンに任せればいい」
「ウィルさん!」
突然話の矛先を向けられたレンが慌てて名を呼ぶが、振り返らずともその顔が恥ずかしがって赤くなっているのは解る。
「……そういうこと」
スージーが漸く笑って頷く。
「そうです。若い竜の想いを成就するためにも、私のたったひとりの女性を救い出すためにも」
手を。
「こんなに都合のいい話はないわ。誰もが死にたくないし、生きることに懸命になるもの。私はあなたの手を取るけれど、あなたの伴侶となり愛せるかは正直自信がない」
それでもいいかと確認してくるのでウィルは勿論だと首肯する。
どんな形であれ見つけ出した運命の女性をこの腕に抱き締められるのだとしたら文句があろうはずがない。
あとは愛してもらえるように努力するのみだろう。
「スージーさん」
重ねられた手をそっと握り込むんで名を呼ぶと「止めて」と拒絶された。
なにを間違えたのかと悩んでいるとスージーと呼べと訂正される。
仮にも伴侶となるのだから“さん”づけはおかしいと注意された。
「それでは……スージー」
「なに?ウィル」
呼びかに応じてくれる柔らかな声に確かな幸福感を得て打ち震える。
この多幸感はなかなか味わえるものでは無い。
「ああ……」
「ウィルさん、まだ問題は残ってますよ!」
幸せに浸っているウィルを現実に戻してレンが入口で苦虫を噛み締めている看守を指差す。
「そうでしたね」
名残惜しみながらスージーの手を離し、男へと向き直る。
男は強固な態度を崩してはおらず、簡単にスージーを自由にはしてくれそうにない。
「話は聞いていたと思いますが、私は伴侶に彼女を求めることを決め彼女もまたそれに応えてくれました。よって速やかに出していただけると助かるのですが」
「んなの無理に決まってんだろ!その女は死刑になるんだ」
「成程。ですが竜の花嫁に危害を加えることがどういうことになるか……あなたはご存じないようなので言っておきますが」
「な、んだ?脅そうたってそうは――――」
「脅しではありませんよ。竜にとって伴侶は代わりのきかないかけがえの無い存在です。その花嫁に害を成せば夫たる竜には最低限の権利が与えられます。人族の世界にそれ相応の報いを受けさせられる」
「――――!!??」
「私はどうやら物わかりの良い方では無いようです。スージーが人として女性としての尊厳を踏みにじられていた今までの境遇すら赦せないのだから本当に心が狭い」
ゆっくりと歩を詰めていくと男が喉の奥で悲鳴を上げる。
竜の報復がどれほど過酷か想像して許容範囲を越えたようだ。あわあわと鍵の束を取り出そうとして落としてしまう。
「私の怒りが弾ける前にどうか速く、彼女をこの腕に抱けるようにしていただけませんか?」
静かな微笑みに跳び上がりそうなほど慄いて、男は必死で鉄柵の鍵を開けて中へと入ると足枷にも小さな鍵を差し入れて手荒く外した。
「さっさと行け!」
追い立てられるようにスージーが這うようにして出てくるのをウィルは待ちうけてそっと両腕に抱き締めた。
「ちょっと、待って。私、汚い」
「大丈夫ですよ」
どうやら歩く体力すら残っていないようなので細い身体を横抱きにして立ち上がると、看守の男に冷たい一瞥をくれてから背を向けた。
レンとメイも仲良く後ろにつき従ってくる。
「初めての旅で伴侶を得られるなんてウィルさん運が良いですね」
やっかみともとれる発言だが、スージーをだしにウィルを嗾けてメイを連れ帰ることができるのだから感謝してもらいたい。
結局はレンの思惑通りになったといえなくもないが一応感謝はしている。
「メイ、スージーといっしょ?ずっと?いい?」
瞳を輝かせて聞いてくるメイの顔を困ったように眺めながら苦笑した。
これは中々の障害だ。
「レンの恋敵はスージーのようだ。どうか私のためにもメイさんとの仲をさっさと深めてもらわなければ」
「…………善処します」
項垂れているレンを責めるのは可哀相でそれ以上は口にするのは諦める。
本当はもっと進言したかったのだが。
「ねえ、このまますぐに行くの?」
スージーがなにか思いつめたような顔で聞いて来るので「そのつもりですが、どこか行きたい所が?」と促す。
「フェイに挨拶を」
「ああ……すみません。本当に私は思いやりが足りない」
既に彼女の気持ちを蔑ろにしてしまっている己に反省しながら、スージーのためにフェイの墓前へとメイに案内してもらうことになった。
ぐったりと身を寄せる彼女には休息と栄養が必要だったが、グリュライトへ心を残してもらっては困る。
フェイのための真っ白な小さい石が置かれていたのは驚くべきことに野宿していた丘の茂みの奥だった。
ぽつんと隠されたように葬られたフェイは姉とメイの訪れを喜んでいてくれるだろうか。
「ごめんね、フェイ」
自分だけ生き延びてしまったことを謝った他は口にせずに、全ては心の中で話しかけていたようだ。
口出しできぬことだが、彼女の悲しみも全て受け止めたいと思っているのは伝えておきたい。
「泣いても良いんですよ」
「うん。でもそれは今じゃないから」
ではいつならいいのか。
ウィルには解らない。
それでも彼女が泣きたい時は傍にいて、笑っている横でウィルも微笑んでいたい。
どんな時でも。
「あなたと出会えた奇跡に感謝します」
「大げさね」
疲れているのかゆっくりと目蓋を閉じたスージーをしっかりと抱え直して、ウィルはレンに目配せをする。
竜の里まではほんの数刻の旅。
その間眠っていればいい。
幸せな夢を見ながら。
白竜ウィルとレンの旅はこれにて終了です。
書く前はどれほど重苦しい話になるのかと怯えておりましたが、ふたを開けてみればそれほどではなかったようで安心しました。
次の主人公は青竜のニス。
彼はどんな選択をして、どんな人を愛するのでしょうか?
どうかみなさま温かく見守ってくださいますようよろしくお願いいたします。




