なんらかの意図
「においする!スージーの!!」
丘の上で仲良く座って待っていたメイがぴょこんと立ち上がって転がるように駆けてくる。
喜び勇んで飛び込んでくるのを受け止めてやると、鼻をひくつかせて匂いの元を探し始め、直ぐにウィルの掌へと辿り着く。
「スージー!!におい、におい、する」
興奮のあまり頬をすり寄せて手の甲を舐めようとするので慌てて振り払うと、力加減を誤ったかメイがよろめいて地面に尻もちを着いた。
「ああ、すまない……」
「大丈夫ですか?メイさん」
「メイ、つよい。だいじょぶ」
得意げに笑うメイに手を貸して立ち上がらせているレンが「どうでしたか?」と心配そうに様子を聞いてくる。
またしても伝えるべきか否かを悩み、ここで嘘をついても仕方がないことなので正直に答えた。
「二日後に刑が執行されるそうだ」
「――――そんな!」
顔色を失いレンは咄嗟にメイを見るが、彼女はただ静かにその事実を聞いていた。
食べ物を盗むことがスージーに死を与えると知っているのだから、いつかはその日が来るのだと解っているのだろう。
だからこそスージーを救い出そうと焦り、再会を切望している。
「ウィル、スージーとはなしした?なに?」
「そうですね。メイさんのことをもうひとりの可愛い妹だといっていましたよ」
「ほんとに!?」
メイは泣き出さんばかりに喜んで語尾を跳ね上げた。
「よかったですね」と我がことのように嬉しがるレンに、心が浮き立つような笑顔をメイが向ける。
「ですがスージーさんはメイさんを獣人族であると知らなかったようで」
「う―――っ。いってない。メイこわかた。きらわれる、こわい」
獣人族であることを知っていればメイと一緒に住むなどしなかっただろう。
だからこそメイは真実をスージーに伝えることができなかった。
知られてしまえば嫌われて捨てられてしまうと恐くて堪らなかったのだ。
「私がそれとなく伝えました」
「…………スージー、なんて?」
「メイさんに会うと」
「……ほんとに?」
先程と同じ言葉なのに、今度はとても不安そうに聞こえるから不思議だ。
信じられない思いを抱えながらも、会えるのならば会いたいと望むメイは困惑しつつもスージーの匂いを求めて人里の方へと顔を向ける。
乞うように。
慕うように。
「謝っていました」
「……なぜ?」
スージーはなにも悪くないのにと素直なメイの顔には書いてある。
「いつも一緒にいたのに、離れ離れになって寂しくさせてと」
謝罪していたのはもっと違う意味だったのかもしれないのに、メイの寂しさが少しでも癒されればと思って口にした。
レンが眉を寄せて俯く。
その横でメイは難しそうな顔をして小首を傾げている。
「どうかしましたか?」
「………………メイは、ずっといっしょ。これからも、ずっと」
だから大丈夫だと真っ直ぐ見つめてくる紫紺の眼にウィルの方がたじろいだ。
これから先もずっと一緒にいられると信じて疑わない彼女は、覚悟と揺るぎ無い自信に満ちている。
「スージーたすける。ずっといっしょ。さみしくない」
「メイさん、それはっ」
辛くなったのかレンが口を開いて懇願するように首を振った。
どうやって助けると言うのか。
地下牢に閉じ込められているスージーの元へ行くには看守の力を借りなければならない。
力づくで乗り込むことはできるだろうが、無理を通してスージーを助け出したとして逃げ場はないのだ。
弱ったスージーを連れてメイが逃げ切ることは難しい。
追い詰められて獣人族の力を使えば余計にメイの立場は悪くなる。
人族の敵である獣人族が牙を剥いたとなれば、あらゆる手段を用いて排除しようと動き出す。
最終的にはスージーもメイも命を落とすことになるだろう。
「お願いですから、無茶をしないでください」
「する。メイ、スージーといつまでも、どこまでもいっしょいく」
例えそこが死の国だろうとも。
レンは睫毛を震わせて目を伏せると、メイの決意を挫けさせることのできない無力感に悔しさを滲ませる。
「とにかく明日スージーさんに会ってからにしてはどうでしょうか?今決断することでも無いように思います」
「あした、スージーあう。たのしみ」
ちょとこわいけど、とはにかんで笑うメイはどこまでも純粋で眩しい。
茂みの中に分け入っていく後ろ姿を見ながらレンが「本当に、どうにかならないんでしょうか」と呟く。
ウィルよりもレンの方が人族の仕組みやしきたりに詳しいのだから、それがどれほど困難な願いであるか解っているはずだ。
解っていて口にしている。
「かわいそうだが、私たちに出来ることはないだろう」
「そうでしょうか?」
珍しく妙に突っかかってくる言い方をしてレンが険を含んだ視線で見上げてきた。
なににそう苛立っているのか理解できず、ウィルは黙ってその目を覗き込む。
「…………ウィルさんはどうして伴侶探しに積極的じゃないんですか?」
責めるような口ぶりに今そのことを話す流れだったかと訝っていると「どうしてですか?」と再度強く問われた。
大層な理由があるわけでは無いので返答に困ったが、常に心の中にあった自分の中の迷いを舌の上に乗せる。
「人族の寿命は、短い」
竜族の方が三十年は長く生きる。
もっと長い時を生き長らえる者もいた。
人族の寿命はせいぜい五十年程。
勿論もっと長く生きる者もいるが、竜族より長く生きることはない。
「なるほど、恐いんですね」
「――――そうかもしれん」
竜族が愛せるのはただひとり。
苦労して伴侶を探し求めても共に過ごせる時間は限りなく短い。
ならば焦って運命の相手を迎えるより、ゆっくりと探してもいいのではないかと心のどこかで思っていた。
竜族の老いは大変緩やかで、成体になればそうそう容姿も変わらない。
ならばこちらの年齢が障害にはなることは少なく、年が離れた若い娘を伴侶に迎えることができれば竜族の残り寿命を孤独に過ごす時間が短くなるという狡い考えもあった。
そうだ。
レンが言う通り、恐かったのだ。
孤独が。
「本当に臆病者だったんですね」
嘲りの言葉と共にレンは蔑んだ笑みを浮かべようとして失敗して泣き笑いのような顔になる。
「ウィルさん、竜はみな恐いんですよ。失うのが」
それでも探さずにはおられないのが伴侶なのだと。
レンがふとメイが入って行った茂みの奥をじっと見つめ「竜だけじゃないのかもしれません。きっとみんな」恐いのだと続けて成程と納得する。
「安全な場所に立っていても欲しいものは絶対に手に入りません」
腿の横でぎゅっと硬い拳を握りしめてレンは震えそうになる声を必死で押えているかのように喉に力を入れた。
喉仏が上下して唾液を嚥下する。
「あなたはもっと傷つくべきです。綺麗ごとや、理性や、取り繕った全てを脱ぎ捨てて、無様に浅ましく苦しむべきだと思います」
じゃないと狡いと悔しそうに顔を歪めて。
「今までウィルさんが伴侶探しを後回しに出来たのは巫女の世話をするという大義名分をたてに神殿に寝泊まりしているからです」
「それとこれとは、」
「関係ありますよ。神殿は広いですが、巫女がいらっしゃいます。深い愛情と慈しみを持って存在する巫女を独り占めして竜たちが嫉妬しないと思っているんですか?まさか思ってませんよね?」
念を押してくるのでウィルは曖昧に頷いたが、独り占めしていたつもりは毛頭ないので謂れの無い非難のように感じる。
「巫女は白竜の里に属していらっしゃいますが、本来全ての竜が信奉する神聖な存在なのです」
そんなこと今更レンに説明を受けなくても解っていた。
「それを自分の孤独を紛らせるために利用するなんて卑怯なやり方ですよ」
「ば、かな!」
「違うとでも?」
「当たり前だ!」
「では何故神殿を出てからずっと調子を崩しているんですか?」
この場合の“調子”とは体調を意味していない。
確かに指摘された通りウィルは理由もなく考え込んだり、柄にもなく冷静さを欠いたりしている。
だが環境が変われば誰しもが神経質になるだろう。
不安になったり、恐くなったりもする。
「私たちは常にそうなんです。でもウィルさんは違ったんでしょう?」
反論は全て神殿にいることで巫女に依存していたことをレンに裏付されていくようでウィルは嫌な汗をかく。
「どれだけ今までの状況が不自然であったか気づきましたか?」
竜は伴侶を求めて旅をするのが自然であり、孤独と不安に苛まれ続けるのが常なのだと。
「私は、」
「そろそろ観念するべきです。巫女が言ったように」
なによりも優先すべき伴侶探しをウィルは“そんなこと”と軽んじたことを巫女は深く憂慮したようだった。
それは言葉の綾であり、決して軽く思っているわけでは無い。
だが無意識に“そんなこと”で酷く取り乱すのが恥ずかしいと思っていたのかもしれない。
傷つくのを恐れ、失うことを恐れ、我を失うことを恐れた。
「間違っていた……のかもしれん」
弱い自分を認めることも、無様な姿をさらすことも嫌だったのだと思う。
「素直じゃありませんね」
レンが苦笑して肩を竦める。
もしかしたらそれがウィルに欠けているものなのかもしれない。
自分にすら素直になることができずに、偽り続けて。
「ウィルさん、獣人族は人族より頑強で長命ですよ」
「なにを」
「臆病なウィルさんが伴侶に求めるにはメイさんのような方がいいんじゃないかと、僭越ながらいってみただけです」
それこそ「ばかな」である。
だがレンは「考えてみてもいいんじゃないですか?」と微笑んで、メイが進んで行った場所を寸分たがわずに辿って茂みの中へと進んで行く。
なんの話がこじれてこんな話になったのか、最早解らなくなっていた。
確かメイとスージーの悲劇的に終わりそうな運命をどうにかできないかという難題についてだったはずだ。
「どうしてレンは伴侶探しの話題を持ち出した?」
突拍子も無い話を始めるほど頭が悪いわけではない。
どちらかというと聡く、相手の心に寄り添える資質を備えている。
なんらかの意図を持って出された話であるのに、それがウィルには伝わってこない。
「なんだ?」
考えても解らないもどかしさに心が激しく乱される。
ウィルは胸を抑えて息を詰めると、その掌に触れた手の感触が蘇った。
それがメイのものなのか、スージーのものなのか解らずに戸惑いばかりが増して苦しくなる。
「こんな思いを、」
みなはしているのかと感嘆して、その強さと勇気に頭が下がる。
自分の心なのに自分では制御できないことは恐怖以外のなにものでもない。
「本当になにもできないのか……」
彼女たちのためにできること。
竜族と人族との決まりごとに抵触せずにできるなにか。
残り二日の間にそれを見つけられれば、きっと道は開けるのに。
切なく思いを募らせながらウィルは夕暮れる空を見上げて深く嘆息した。




