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竜の花嫁たち  作者: 151A
死に値する罪
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もしもの話




「昨日は突然来てしまい申し訳ありませんでした」


 鉄柵の向こうで両足を投げ出したままスージーはこちらを一瞥しただけで言葉を発しようとはしなかった。


 壁に掛けられた赤々と燃える松明が痩せた身体に影を深く作り、更に頼りなく浮かび上がらせている。


 真ん中分けにされた前髪の下から美しく秀でた額が覗き、優しげな眉と深い緑の瞳が一切の感情を見せずにただ虚空を見つめていた。


 呼吸のたびに微かに上下する胸の動きが無ければ、まるで死んでいるように見える。

 実際スージーの心境は生きながらに死んでいるのと同じだったろう。


「……刑の執行は二日後だと聞きました」


 昨日今日と続けて尋ねてきたウィルに看守をしている男は「物好きだな」と蔑んだような笑みを浮かべて迎え、彼女の命が僅か二日しか残されていないことを冷酷に伝えてきた。


 そのたった二日の間にスージーとメイのためになにができるというのか。


 思わず洩れた嘆息を聞きとがめたか、スージーが身じろいで左足を自分の胸に引き寄せた。

 そうするとスカートが真っ直ぐに伸ばしたままの方の脛の中程まで引き上がる。

 その足首に足かせが嵌められているのに気付きウィルは青ざめた。


 鉄柵と鍵をかけた地下の部屋に閉じ込めておきながら、更に拘束して自由を奪うという信じられない状況に昨日と同様入口で見張っている男をじろりと睨みつける。


「ここまでする必要があるんですか?」

「あるね。その女は重罪人だ。しかも二日後には死刑になる」

「その二日間をせめて人らしく過ごさせてあげてもいいのでは?」

「なんでだ?あんたはどうも、この女に肩入れしすぎてんじゃないか?」


 まるで害をなす獣を繋ぐように枷をつけて、人としての尊厳を奪っても平然として「何故だ?」と聞き返すのはまともな神経では無いだろう。

 実際にその手で人を殺めたわけでもないスージーのどこを見て、危険であると判断しているのか甚だ疑問だ。


 必要以上に貶めて、己の優越感を得ようとしているとしか思えない。


「貴方がいては彼女とゆっくり話せません。どうか外に出ていてくださいませんか?」

「だめだ」

「何故です?」

「逃がすかもしれないからだ」

「私が、ですか?」

「ああ」


 男は生真面目な顔で頷く。

 本気で心配している様子に思わず失笑した。


「どうやってです?ここには窓もないし、唯一の出入り口を貴方が見張っていれば逃がすことなど不可能でしょう」

「あんたは竜族だろう。だからだ」

「は……」


 ウィルは額を覆って首を左右に振る。


 この男は竜族を万能な力を持つ存在だと思い込んでいるのか。


 確かに黄竜であれば地を操って穴を開け、逃げ道を作ることはできるだろう。

 力自慢の赤竜ならば壁を殴って活路を見出せたかもしれないが白竜にはそんなことはできない。


 できることといったらこの暗くじめじめとした部屋に光を灯し、浄化と温かな温もりを与えることくらいだろう。


 どの竜も戦いのための力に特化しており、こんな時にできることなど高が知れている。


 後は激しい光源を出現させて男の目を眩ませることくらいか。

 それならば男が惑っている間に隙をついて逃げることは可能だろう。


「ばかばかしい」


 そんなことをして騒動を起こせば叱責され、竜族全てが悪者として認識されてしまう。

 人族の繋がりと噂話の浸透の仕方は侮れないものがある。


 危険は冒せない。


「ならばせめて黙っていてくれますか?」

「なら話しかけるなよ」


 不貞腐れた男は憎々しげに言い放つ。


「そうしますよ」


 陰気な男の顔など見ていて面白いものはなにもない。

 ふいっと目を反らして再びスージーへと視線を戻すが、相変わらずなにを考えているのか読み取れない表情をしていた。


「スージーさん」


 呼びかけても動かない彼女は頑なに心を閉ざしているようだ。

 この暗い地下牢で満足に動くこともできずに、ただ死を待つだけの日々はどれほど苦しく恐ろしいのか。


 窓も無いこの部屋では時間の流れも解らない。


 一日が長く感じられるだろうし、刑が執り行われる日がいつかも正確には解らないのだ。


「メイさんをひとりにするんですか?」


 寂しさから助けてくれたと感謝してスージーを慕っていたメイの姿を思えば、このまま死なせてはいけない気がした。


 温もりを知ったメイが彼女を失った喪失感に耐えられるとは思えない。

 それほど知性が高くないメイは、復讐と報復のためにその力を揮わないとも限らないのだ。


 素直な分、感情を抑えることはできないだろう。

 激情のまま、悲しみのまま人を襲ってしまう。

 獣人族の立場や現状を顧みることをメイはしない。


 自分の行動が如何に同族を苦しめ、脅かされることになるかなど考えることはできないのだ。


 獣人族でありながら、メイは群れで行動をしていない。

 しいてあげるならば大切な護るべき仲間はスージーのみなのだ。


「不幸が起きます」


 断言するとスージーが口の端を歪めて微かに笑う。


「……随分脅かすのね」

「恐らく事実ですから」


 刑がどのように執行されるのかは解らないが、密やかに行われたとしても鼻の利くメイはスージーになにが起きたか直ぐに気付くことができるだろう。


「そもそも、メイを“さん”づけするのが気持ち悪い」


 地面の上に視線を彷徨わせたままスージーが眉根を寄せる。


「昨日も思ったんだけど、竜族は獣の言葉も解るから犬のメイのことをまるで人のように言うのだとしたら」


 とても気色が悪いと呟いた。


 その言葉にメイがとてもうまく犬に化けていたのだと認識する。

 不自由な言葉よりも雄弁に体いっぱいで愛情を表現して、彼女と信頼を築いて行く姿すら容易に思い浮かぶようで胸が苦しくなった。


「相互理解が上手くいっていないだけです」

「そうかしら……」


 どうでも良さそうに首を竦めているスージーに、どれほどメイが心配しているか見せてやりたい。

 わが身の危険も顧みず救い出そうと思っているその思いを汲んで欲しいのに。


 彼女はメイが犬だと信じて疑っておらず、獣人族であると知った時に激しい拒絶を表したとしたらそれこそ悲劇だ。


「あなたにとってメイさんはどんな存在でしたか?」

「メイは……大きくて、優しくて。寂しがり屋だった。私やフェイの姿が見えないとすぐに鳴いて探し回って」


 思い出すことすら嫌がるかと思ったが、スージーは素直にメイとの日々に思いを馳せた。

 暗く沈んでいた緑の瞳が楽しかった思い出を追うように輝きだし、やつれた頬にも僅かに朱が射す。

 立てた膝の上に両の手の指を組んで乗せ、幸せな時へと手を伸ばそうとするのを必死で留めているように見えた。


「どんな時でも一緒だった。私たちが食べているものを欲しがろうとはしなかったし、時々ネズミや鳥を捕まえて来てくれた」


 自身も空腹に苦しみながらも、彼女たちのための食料を奪うことは決してしなかったのだ。

 それどころかメイは腹を空かせているスージーやフェイのために獲物が少ない町中で必死に狩りをして。


「可愛い私のもうひとりの妹……」


 再び瞳が翳り、スージーは一粒涙を零した。


「手がかかって甘えん坊で、ひとりでは夜も眠れなくて」


 身を寄せあって眠った夜をメイだけでなく彼女もまた愛しく思っていたのだ。


「ごめんなさい……メイ、ごめんね」


 丘の上で風の中にスージーの匂いを探していたメイ。

 風も通らない地下牢に囚われていては幾ら嗅覚が優れていても見つけることはできなかっただろう。


「どうか、フェイと仲良く、」

 

 生きてくれればという願いにウィルは胸を深く抉られる。


 残念だがその願いは叶わない。

 伝えるべきか、それとも――――。


「フェイは死んだ」

「っ!?そ、んな……」

「黙っていろと、」


 言っておいたはずなのに、男がニヤニヤと笑いながらフェイの死を告げた。

 驚愕に見開かれた瞳にじわじわと広がって行く絶望と悲しみ。


「うそ、うそ、うそよ!!フェイが、死ぬなんて」


 そんなのうそだと繰り返しながらスージーは膝立ちになって鉄柵を掴む。滂沱の涙が流れる頬に黒い横髪が張り付いている。


「いや、いや!!そんなの、いや!!ならどうして、」


 私はここにいるのと叫んだ彼女は、自分がフェイのために盗んだ作物が妹の命を救ってくれなかったのかと慟哭した。


 細い腕が柵を揺すり、無様に泣き叫ぶスージーを男は眺めて喜んでいる。


「殺して!早く、私を死刑にしなさい!!フェイが死んだのなら、私が今ここで息をしている必要はないんだからっ」

「スージーさん、あなたにはまだメイさんがいます」

「そ、んなの!関係ない!!」

「関係ありませんか?彼女はあなたの愛しいもうひとりの妹なのでしょう?」

「メイは、犬よ。人じゃ、ない」


 間髪入れずに反論してきたスージーの瞳は一瞬にしてカッと燃え上がる。

 その鮮やかさと苛烈な美しさにウィルは知らず目を奪われた。


「それこそ関係ありません。犬であろうが、人であろうが、その間にある絆や想いは変わらず尊いものです。もし、」


 口にすることは躊躇われたが今いわなくてはいつ伝えるのかと鼓舞して鉄柵を握り締めるスージーの細い手をそっと包み込む。


 そっと覗きこむように煌めく瞳を見つめて。


「メイさんが犬ではなかったらどうですか?」

「なにを、」

「メイさんは普通の犬に比べて、あなたの言葉をよく理解していたはずです」


 思い出してくださいと促すと、スージーはさしたる時間もかからずに小さく頷いた。

 だがそれがなんなのだと見つめてくるので「彼女は獣でも人でもない」と小さな声で囁く。


 スージーにだけ聞こえるように。


「獣でも、人でも……?」


 ハッとなにかに気付いたか色を失って「そういえば、」と口籠る。

 思い当たる出来事があったのだろう。


 だがそれ以上は口を噤んでスージーは黙す。


「メイさんはあなたに会いたがっています。どうしますか?会ってもらえるのでしたら、明日一緒に伺いますが」

「………………」


 色々な感情が胸の中に吹き荒れているのだろう。

 スージーは苦しそうに顔を歪めて鉄柵に額を押し付ける。


「謝罪は直接本人にしてはいかがですか?」


 その方が互いに吹っ切れるだろう。

 このまま別れてしまうよりは断然いいと思うが、スージーがどう決断するのか。


 残された時間はあと二日。


「……会う、連れてきて」


 こちらを見上げてくる瞳に迷いはない。

 ウィルがにこりと微笑んで「ありがとうございます」と礼を言うと、眩しそうに目を細めてスージーは「別に」と口籠りぷいっと顔を横向けた。


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