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竜の花嫁たち  作者: 151A
死に値する罪
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面会




「今年は雨が少ない上に作物が病気と害虫にやられちまってな」


 丘に行ったのならあんたも見ただろと問われてウィルは小さく首肯した。

 男はじゃらじゃらと音を鳴らしながら鍵の束を取り出すと、地下へと続く扉の前で立ち止まった。


「元々海からの風で塩害が起こりやすいんだ。作物が育ちにくい土地柄に加えて病やら虫やらが重なったらおれたちゃ飢え死にするしかねえんだ」

「海は恵みも齎すのでは?」


 潮風が強く吹いたり、海水が吹き上げられるなどで作物に影響の出ることばかりではないはずだ。

 海には多くの命が躍動し、その恵みは住民の飢えすら癒してくれるはず。


 だが男は「海は恐ろしい」と片頬を歪めて身を震わせる。


「ここら辺はうねりも激しくて波も高い。墓穴に片足突っ込んでる年寄りですら凪いでんのを見たこと無いってんだから筋金入りさ。船を出すのも命がけ、陸から釣ろうとすりゃ高波で攫われちまうんだから」


 きっと何度も試したのだろう。

 そしてその度に人命が失われ、海への恐怖心だけが残って行ったのか。


 畑で採れる作物だけを当てにして生きていくのは難しいはずだ。


 動物を狩ろうとしても肝心の動物が住む森も山も町の近くには無い。

 東側に崖と西側には赤茶けた大地。

 隣の村までは遠く離れ、情報交換も困った時に食糧を融通してもらうこともできない孤立した町。


「それでもこの土地を離れないのは、なにか理由でも?」

「…………簡単に言ってくれる。じゃあ、あんたら竜族は故郷である土地を気候が悪くて水不足だからって理由で捨てんのか?」

「……いいえ」


 竜の里は人族の暮らす土地よりもずっと肥沃で安定している。

 そして気候が荒れることも少なく、食うに困るようなことは起りえない。


 それは巫女がいるからだ。


 竜の国の中央に位置する神殿で常にその力を送り続けている巫女無くして竜族の繁栄は語れない。


 グリュライトが不安定なのはきっと巫女に代わる存在がいないからだ。


 豊かな緑の大地が広がり、光と生き物に溢れ、植物の種や季節を運ぶ風が吹き、命を繋ぐ水があちこちで湧き、安らいだ眠りへと誘う闇と幻想的な月と星が空を彩り、活力を与える力強い火が人族の世界にあるというのに、それが隅々へと行き渡らないのは巫女不在が原因であるとしか思えない。


 人族に巫女がいないのは何故なのか。

 その答えを知る者はどこにもいない。

 この世界を作り出した創造主のみが知り得ることだった。


「あの女はその貴重な作物を盗んだ」


 男の声で我に返る。


 どうもグリュライトへと来てから深く考え込むことが多い。

 それだけ疑問や不思議に思うことがこの世界に沢山あるからだろう。


「その罪で彼女は死罪に?」

「当然だ。この町では食べ物を盗むことが一番重い罪だからな」

「人を殺めるよりも、ですか?」

「殺人に等しい行為なんだよ。畑の作物を盗むのは」


 この町の住人は常に飢えており、苦労して育てた作物で必死に食いつないでいる。

 その作物を盗めば、それを食べて生き伸びるはずだった者の命をひいては奪うことになるので殺人と同じであるという。


 男の説明は極論だが食糧の少ないこの町で作物を盗むことが重罪と見做されている理由は解った。


 理解はできないが、感情としてはそんなものだろうと推察はできる。


 だがスージーという女性もまた生きるのに必死だっただけだ。

 人族なら決して近づかない獣人族のメイを助けたというスージーが他者の命がどうなろうと構わないという思いで作物を盗んだとは思えない。


 それだけ苦しく、他に方法がなかったからだろう。


「どんな事情や理由があろうとも罪は軽くはならないと?」

「苦しいのはみんな一緒だ。ひとりを許せばみな歯止めを失い一気に盗みが横行する。そうなりゃ秩序など無くなっちまうだろうよ」


 木の階段を下りながら男は沈鬱な声で笑う。

 まるでそうなるのは時間の問題だと言わんばかりに。


「いつかは弾ける」


 人々の不満や欲望が。

 飢えが理性を軽く凌駕して気性を荒くする。


 それはなにも人だけでは無い。


 竜族は余程顕著にその傾向を垣間見せることがあるのだから。


「おい、面会だ」


 粗末な木の扉だががっしりとした鍵がついている。

 その扉を足先で蹴りながら訪問を知らしめて鍵穴に鍵を突っ込むとぐいっと回す。

 引き開けられた隙間から流れ出てくるのは排泄物の匂いと汗と体臭と黴臭さ。


 そして微かに血の匂い。


「良かったな。死ぬ前に美形の顔を拝めるぞ」

「…………美形?私の知り合いにそんな人いない」


 男の揶揄した声の後で聞こえてきた擦れ声は疲れ果て、絶望に彩られていた。


「そりゃそうだろうよ。久しぶりにこの町に竜族が伴侶探しにやってきた。酔狂な白竜様がお前に会いたいってわざわざ来てくれたんだ、感謝しろよ」


 聞き捨てならない言葉があったが、平常心を保つことに精神を集中させる。

 男の後ろからゆっくりと扉を潜るとそこは剥き出しの土の壁に囲まれた狭い場所で、鉄柵の向こうに女が座っていた。

 丁度「竜族?」と訝しげに口にして顔をこちらへ向けたせいで思いがけず視線が交わる。


 壁に掛けられた松明の炎が女の肌を染めて、まるで闇のように黒く見える深い緑の瞳が目が合った途端に反らされた。


 艶やかな黒髪がその拍子に肩から滑り落ちて、髪を覆う布すら与えられていない彼女の境遇にウィルは深く同情する。


 女にとって隠すべき頭部を異性の前にさらされることは屈辱であり、羞恥に震えるほどの耐え難い凌辱に等しい。


 女としての尊厳と権利を護ることすら許されないとは。


 なんとも惨い仕打ちだ。


「失礼の無いようにな」


 そう言って男は場所をウィルに譲り、自らは扉の前に立つ。

 出て行くつもりはないようで、後ろ手に腕を組みじっとこちらを見ている。


「スージーさんですね?」


 仕方がないので男はいないものと考えて鉄柵の近くへと寄り女に確認した。

 だが女は顔を反らしたまま壁際まで下がり膝を抱えて応えない。


 女の反応は次代の巫女の母である異界の女が選定の儀を行うために神殿に連れてこられたのを追ってきた黒竜を、本当は会いたいのに拒んでいた時と同じように見えた。


 好きなのに受け入れられたくない。

 会いたいのに会いたくない。

 目の前の女の場合は答えたいが応えたくないが正解だろう。


 さてどうするか。


 顎の下に指を当てて考え込んでもいい案は思いつかない。

 女の扱いは年下だがレンの方が上手いだろう。


 置いて来たのは間違いだったかと後悔したが、あのままメイを放っておいたら騒動を起こしかねないと思い直す。


 どうやらここは自分でなんとかせねばならないらしい。


「メイさんが、探していました」

「――――――会ったの?」


 ぴくりと眉を跳ね上げて女が面を上げる。

 どうやら気を引くことはできたらしい。

 そのことに安堵して小さく笑むと「ええ」と頷く。

 だが直ぐに膝の上に顔を俯けてしまったので、女がその一瞬でなにを感じたのかは全く解らなかった。


「とても会いたがっていましたよ」


 女は黙ったまま首を左右に振る。

 それは会えないという意味なのか、それともそんなはずが無いという強がりか。


「彼女が言っていた『こどもころす、つみならない』とは一体どういう意味なのですか?」

「―――――っ!!」

「ちょっとあんた!人族のことに口出す気か!?」


 女の纏っている空気が硬く張り詰め、男が色を失ってウィルを詰る。

 突然悪い方へと変わってしまった雰囲気に驚き、自分が口にした言葉の中に彼らの逆鱗に触れた箇所があったのだろうかとがらにもなく焦った。


「いえ、別にそういうつもりは」

「ふっはは!そうよ、おかしいでしょ?竜族には理解できないだろうから教えてあげる」


 肩を揺らして愉快気に笑う女は視線をウィルにでは無く男へと向ける。

 男が「黙れ!」と怒鳴るが逃げないように作られている鉄柵に今は護られている女は哄笑を上げて唇を歪めた。


「その意味は食べるものが無くて困り果てた親が幼い我が子を捨てたり、殺したりしても罪に問われないってことよ!自分の所有物であるならばどう扱おうと問題なくて、死にたくないと生きるために作物を盗むことが死に値するって言うんだから、全く」


 おかしな話よね?と小首を傾げた女の迫力ある美しさに男がたじろぐ。


 ウィルは直接命を奪うことと、間接的に命を奪うことに繋がることのどちらが罪深いのかという判断を客観的にするのならば前者であるような気がするのに、それを口にすることができない。


 竜族は人族に必要以上に干渉してはならないという掟に縛られている。

 それは護らねばならない。


 絶対に。


 でも明らかに女の罪が死罪なのは行き過ぎた罪であることは間違いない。

 胸の内で激しい葛藤が湧き起るが、結局は深い場所へと沈めて出てこないようにと目を瞑るしか方法は無かった。


 命の尊さは比べられる物では無い。

 皆等しくその命は尊ばれるべきであり、護られなければならないのに。


 この町では軽々しく命が扱われている。

 それがこの土地を荒廃させていく原因と理由であるような気がしてウィルは気が遠くなる思いがした。


 せめて巫女がいれば。


 人族にもかけがえのない巫女という存在があれば正義も秩序も安寧も決して揺るがないはずなのに。


「止めないか!!」


 鉄柵をがんがんと鍵の束で叩きつけて男が騒ぎ出し、女は挑むような瞳で壊れたように笑うだけ。

 これではまともな会話などできない。

 ウィルの心も激しく波打っているので冷静な対応ができなかった。


「……また、出直します」


 そう二人に告げて階段まですごすごと逃げ出したが頭の中は整理のつかない状態のままだ。

 考えても、悩んでも詮無いことばかりで。

 ウィルは額を押えて嘆息するとふらふらとした足取りで階段を上った。


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