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竜の花嫁たち  作者: 151A
死に値する罪
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獣人族の現状



「ほら、沢山の魅力的な女性がウィルさんを見てますよ」


 選り取り見取りですね!とレンが声を弾ませている。


 だがこちらを見ている視線の半数はウィルにでは無くレンに向いていることを気づけと睨みつけるが知っていて知らん顔をしている若い竜は「ご婦人方に笑いかけてあげてください」とまで要求してきた。


「お前が相手をしてやればいいだろう」

「何故ですか?今回グリュライトへとやって来たのは私のためではなく、ウィルさんの伴侶を探すためですよ?しっかりしてください」


 綺麗な澄んだ瞳をしているレンがきょとんとした表情を浮かべつつ注意してくるのでぐっと言葉に詰まってしまう。


 ツイッと視線を反らしてウィルは町の様子へと気を反らす。


 訪れた町は割と小さな集落でこじんまりとした場所に住居を建てて身を寄せ合うようにしている。

 町の中央に広場を設け、それを囲むようにして家々が連なっていた。


 小高い丘を北側に持ち、東側には切り立った崖、西側には赤茶けた硬い大地、そして正面に広がる灰色の海によって閉ざされている町は生臭い臭いで包まれている。


 せめて海の色が美しい空の色を映した紺碧であれば違って見えただろう。


 沈鬱で腐臭の漂うこの町で伴侶など見つける気にもなれず、ウィルは深いため息を洩らして丘を目指し北へと向かった。


「ちょっと、ウィルさん!もう……しょうがないなぁ」


 成体になったばかりの右も左も解らない竜では無いウィルの付き添いを、年下のレンが務めるという摩訶不思議な光景が信じられず、わが身に降りかかった不幸を嘆く。


 しかもレンが心なしか楽しそう見えるのが更にウィルを不本意にさせる。


「……全く、鬱陶しい」


 追いかけてくるねっとりとした女たちの視線も、彩度の低い町の風景もなにもかもが気分を悪くさせた。


「鬱陶しいとか、面倒臭いとかそんな後ろ向きな言葉ばかり口にしていたら良いことなんてなにひとつ起こりませんよ」


 耳ざとく聞きつけて苦笑いで諭してくる。


 七つも離れたレンに自分の駄目な点を逐一挙げられては立つ瀬がない。それでも今の状況が最悪で最低のものなのだから、これ以上悪くなりようがないのだと己に言い聞かせて無言で丘へ登り始める。


 緩やかな坂の両端に棚段のようにして畑が作られているが、植え付けられた作物はどれも茶色く枯れ果てて葉を落としていた。

 土がからからに乾いているのが原因のようにも見えるが、茎や葉に白や黒の斑点が入っているので病気にかかっているものもあるらしい。


 それが全ての畑に当てはまるのだと坂を上りきった後で気づき愕然とした。


「――――全滅ではないか」


 これでは食べるものに困り果て、飢えて死ぬものも出てくるに違いない。


 否。

 既に出ているのだろう。


 そう言えば幼い子供も赤子を抱えた母親も町中には無かった。

 食糧難は確実に弱い子供や年寄りの命を脅かす。


「酷いですね。ここまで酷いと竜の国にもなんらかの影響が出るかもしれません」

「すぐに巫女様に報告を――」


 言いかけて自信が立ち入り禁止を言い渡されているのを思い出す。


 グリュライトの腐敗は余所事では無い。


 人族の世界であるグリュライトが弱れば、竜の国も弱ることになるからだ。

 巫女は人族の世界と竜の国とを繋ぐ接点を維持し、相互の浄化と安寧のためにその力を注ぐ。


 そしてそれを支えるのが全ての竜族たちであり、その力の源であるそれぞれの里が持つ役目でもある。


 竜族は伴侶探しのためにグリュライトへと訪れ各地を巡るが、その際に気付いたいかなる懸念材料も大小関わらず巫女の元へと報告されるのだ。


 人の世界が病めば、竜たちの国も衰える。


 そうならないように先手を打つことが大事であると、竜たちは過去の経験から学んでいるのだ。

 かつて獣人たちの侵略により疲弊したグリュライトへと力を送り続けた結果、多くの古代種である竜がその命を消して行ったのだから。


 あの時ももう少し早く対処法を高じていればあれほどの被害を出すことは無かったはずだ。


 その当時の巫女も六種の竜たちの代表も、グリュライトへの不干渉を貫こうとして結局共倒れになりそうになった。


 そうなって初めて竜族は重い腰を上げて獣人族への攻撃を決意したのだが、その前に獣人族の国とグリュライトを繋ぐ接点が突然消滅したのだ。


 竜の国同様その接点を維持していたのは獣人族の巫女であり、その接点が消失したということは巫女の死と故郷の滅亡を示している。


 そのことに気付いた獣人族は半狂乱になり、かつてあった接点へと殺到してようやく己の罪を悔いた。


 永遠に戻ることのできない故郷。

 獣人族は力の根源を失い、純血を後世に残すという望みすら断たれた。


 彼らは竜族と違い雌雄を持ち、己の種族と交わることで子をなしていた。

 それこそを誇りとしていた獣人族は血が穢れていると混血を蔑み、まるで奴隷のように扱っていたと聞く。


 だが純血は弱い。


 獣人族の国で生まれることができれば問題は無い。

 国中に溢れる豊かな力で護られてすくすくと育つだろうが、グリュライトではその加護を得られずに生まれてすぐに死んでいく。


 結局生き残ったのは病に強い混血たちだった。


 グリュライトで細々と獣人族の命と血を繋いでいるのは下等であると罵倒され虐げられてきた混血種。

 だがその数も年々減ってきており、獣人族は混血同士で繁殖することすら難しくなっているらしい。


 今は野にいる獣たちと交わり、獣人族はひっそりと滅びの道を辿っている。


「ウィルさん!あれ、」


 物思いに耽りすぎたか、慌てたレンの声にすぐには反応できなかった。

 ゆるりと顔を上げればレンは腕を真っ直ぐ横に突き出して左奥の茂みの方を指差している。


 なんだ――?


 触れれば肌が傷つく背の高い細長い葉を持つ草がガサガサと音を立てて揺れている。

 足音は聞こえないが気配だけは段々と近づいてきているのを感じた。


 押し殺した息遣いと殺気だった空気。

 危険だと判断してレンを背で庇い身構えた。


「ウィルさん、別に護って頂かなくても大丈夫です」


 不服そうな声が背後から聞こえたが、ウィルはそれを黙殺する。

 現巫女を持つ白竜たちは若い竜とて他竜に負けない能力を持っているのだからレンが反発する気持ちはよく解った。


 それでも年下の竜を護るのは年長者の務めだ。

 いずれレンも自分より若い竜を同じように背後へと庇わねばならない。

 今はウィルがその役目をする。


 ただそれだけだ。


「くっ――――!?」

「うわっ」


 大きく茂みが揺れた後、勢いよく飛び出してきた灰色の影が地面に四足を着く。

 縺れた灰色の毛並が身体を覆い、手足の先と顔だけが褐色の肌をさらしている。


 驚きのあまり固まっていると紫紺色の丸い瞳が輝き鋭くこちらを睨んだ。


「獣人、族?」

「そのようだな……」


 喉の奥で唸り声を上げる獣に似た姿の生き物は低い態勢でジリッと後ろに下がる。

 爪を地面にめり込ませて腕を曲げている間から胸の膨らみが見えているところを見るとどうやら女の獣人族らしい。


 怯えているのか長い毛に包まれた尾が垂れ下がり、頭部にある耳もすっかりと寝てしまっていた。


「……恐がらなくとも危害など加えぬ。どこへなりとも行くがいい」

「グルゥ――――!」


 鼻の上に皺を寄せて牙を見せる獣人族に言葉が通じていない可能性もあった。

 獣人族の中には獣と共に生活することで人語を介さなくなる者たちが多くいる。


「仕方がない。こちらが下がるしかあるまい」


 神経を逆撫でしないようにゆっくりと下がり始めると、漸く獣人族の女は警戒を解いて唸るのを止めた。


 そしてそよぐ風に鼻をひくつかせて、耳を動かし始める。

 まるでなにかを探しているかのような仕草にウィルは眉根を寄せた。


「仲間とはぐれたか」


 言葉も解らないのならば野生の獣人族だろう。

 それならばこんな人里の中でうろうろしていては人族に捕まり手酷い目に合わされることになる。


「どうしましょうか?」

「言葉が通じれば問題ないのだが、この状況では人里から追い出すことも難しい」

「…………ですね」


 一向に伴侶探しに行かないウィルを心配してまでお節介を焼く優しいレンは、どうやら獣人族の女にも同情して心を動かされてしまっているようだ。


 なんとかならないだろうか、と口にしなくともその思いは顔に出ている。


 逡巡している内に畑で作業していた男が獣人に気付き「この野郎!また来やがったのか!!」と怒鳴りながら坂を駆け上って来た。


「女性なので“野郎”ではないんですけどね……。あの!すみません!!」


 どうでもいいようなことを取り上げて渋面を作るとレンは鍬を振り回して獣人を追いかけ回している男に声をかける。


「なんだ!?見て解るだろっ!今忙しいんだよ!!後にしてくれ!!」

「獣人族を追いかけ回すよりもお仕事の方が大事なのではないですか?」

「うるさいな!その大事な畑を荒らしに来るこの獣を追い払う方が、今は、大事なんだ!」


 ハアハアと息を乱しながらも男は鍬を揮う手を止めない。


「でも今この瞬間に無人の畑を別の誰かが狙っているかもしれないのに」

「別の、誰かだと!?お前、仲間がいるのか!?」


 新たな可能性に狼狽えながら恨みを籠めて男は叫ぶ。

 同時に横振りにされた鍬の上をひらりと躱した獣人が不思議そうな顔でレンを見た。


 ウィルはこの隙に逃げればいいのに立ち去ろうとしない獣人にはなにか理由があるのだと漸く気付き、レンが男をこの場から引き離そうとしているのに協力することにする。


「ご主人、僅かな実りを奪われては明日の暮らしも困りましょう。この獣人族のことは私たちに任せてひとまず畑へと戻られては如何か?」

「しかし!」

「竜族が言葉を自在に扱うことはご存じのはず。獣人族とも言葉を交わすことも造作ないこと」


 暗に貴方よりも上手く追い出してみせましょうと匂わせると男は渋々だが頷き「頼んだからな!」と鍬を担いで一目散に畑へと戻って行った。


「なんとか誤魔化せたか……」


 さてあとはどうやってこの獣人族から理由を聞き出そうかと悩んでいると、レンが笑顔で「初めまして獣人族のお嬢さん。私はレンと言います」と自己紹介を始めた。


 両手を顔の辺りまで上げて敵意は無いと見せながらゆっくりと距離を縮めていく積極性にウィルは呆れるやら驚くやらだ。


 さすがに伴侶探しの旅を多く経験しているレンは女性に対して貪欲なまでにお近づきをしようとする度胸を持っているらしい。


 自分にはできないことだけに素直に尊敬する。


「………………メイ、なまえ」


 更に獣人族の女は近づいてくるレンを上目遣いで見ながら言葉を発した。

 にこりと破顔して「そっか、メイさんっていうんですね」よろしくと腕を伸ばしてぎりぎり届かない場所でしゃがんで視線を合わせる。


 その距離が一番メイにとって安心できる距離であるらしいと何故解ったのか。

 本能か、それとも経験の差か。


 メイは地に着けていた両手を離して戸惑ったようにレンとその後ろに立っているウィルを交互に見上げている。


「私は白竜のウィル。なにやら事情がおありのようだが聞かせてはもらえないか?」

「……かえってこない、スージー。おなかすいた、フェイしんだの」


 二人の名前が出てきてどうやら仲間のスージーが食糧を探しに人里へと行ったまま帰ってこなくなったらしい。


 そして腹を空かせたフェイという名の仲間が死んだという。


「かわいそうに。人族だけでなく獣人族にも飢えが広がっているんですね」


 切ないため息を吐いたレンを怪訝そうにメイが見つめて首を傾げた。

 紫紺の瞳は自分たちのために心を痛めてくれている若い竜族の姿に少し困惑気味に揺れている。


「ちがう。スージーとフェイ人族。獣人ちがう」

「え?」

「人族であるのに戻ってこないとは……?」


 一体どういうことか。

 メイがきゅっと眉を寄せて苦しそうに呻く。


「人族おかしい。こどもすてる、ころす、つみならない。でも、」


 たべもの、とる、つみなる――――。


「とる……?盗みのことですか?」

「そう。スージー、きと、つれてかれた。つみ。し、あたえる」

「死を、」


 与えられるとはなんという重い罪か。


 食糧を盗んだ罪で死罪とは、あまりにも釣り合わない重い刑罰だ。


「メイ、スージーたすける。たすけてくれたらたすける。あたりまえ」

「……メイさん」


 スンっと洟を鳴らしてレンが濡れた声で名を呼ぶと目を丸くしてメイは驚きの表情をしている。


「なぜ、なく?いたい?どこ?」


 片言のたどたどしい言葉が憐れだ。

 レンは大丈夫だと首を振ってウィルを振り仰ぐ。


「なんとかなりませんか?」


 きっとそういうだろうとは思っていた。

 だが人族の中での決まりごとを竜族であるウィルたちが無視して掻き回すことはできない。


 そのことはレンも解っている。


 だが助けてもらったら助けるのが当たり前だと真っ直ぐに言えるメイが間違ったことを言っているとは思えない。


「無理だろうが、様子を見てくることくらいはできるだろう」

「ばしょ、わかればいい。メイ、むかえいく。たすける」


 だからおねがい、と縋るような瞳を向けられてウィルは当惑しながら目を反らす。

 そしてメイが無茶をしないように傍にいるようにとレンに命じて丘を下る道へと進んで行く。


 もし会うことができたとして、そのスージーという女になにを伝えればいいのだ。


 メイが探していたと?


 それともフェイと言う名の人族が死んだことか?


 どれもきっと女の心を乱すだけだろう。

 それでも恩には恩を返すというメイの心意気に胸をつかれてウィルは坂を黙々と下りて行った。


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