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竜の花嫁たち  作者: 151A
死に値する罪
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立ち入りを禁ずる



「ウィルさん」


 神殿の高い天井に反響して澄んだ声がウィルを呼ぶ。大樹の傍で本を読んでいる巫女の口元が綻び「呼んでいるぞ」と見上げてきた。


 その英知に満ちた茶色の瞳、老いてなお輝きを失わない気品のある顔。

 時折少女のような愛らしい表情を浮かべる巫女は親に与えられた名を持っているのに、巫女としての立場と引き換えにその名を呼んでくれる者は絶えた。


 その孤独を埋めるように、少しでも残された時間を安らぎの中で過ごせるようにとウィルは自ら望んで傍仕えをしている。


「…………聞こえております」


 嘆息して入口へと視線を向けると、丁度扉を潜ってレンが入ってくる所だった。


「騒々しいぞ、ここは巫女様のいらっしゃる神聖な――」

「ご機嫌麗しゅうございます。巫女様」


 眉間に皺を刻んで注意をしたが、その言葉を遮るようにして巫女の御前に跪きレンは儚げな笑みを浮かべて挨拶をする。


 その抜け目のない行動に呆れつつウィルは肩を落とし、巫女は声高に笑い声を上げた。


「白竜の中でも堅物と名高いウィルが形無しだわ」

「巫女、ウィルさんは堅物なだけではありません。竜にとっては最優先事項ともいえる伴侶探しを億劫がるほどの面倒臭がり屋なのですから」


 どうか巫女の方からなんとか言ってくださいと懇願しながら立ち上がるレンは華奢な体つきをしている。


 元々生まれながらに未熟で小さな竜だったせいか、成体になっても他の竜のように身体は大きくなれなかった。

 細い顎をした幼い顔立ちは幼体に間違われることもあり、レンがその度に深く傷つきながら静かに怒りを蓄えているのを知っている。


 白竜は成体になると白銀の髪になる。


 だが幼体はどの色の竜も銀色の髪なので、容姿が幼ければ白銀の髪は幼竜だと誤解されることも多いのだ。


 せめて他竜のようにはっきりと色が違えばレンの心労も少なかっただろうに。


「ウィルはこの年寄りの相手をするのが自分の役目だと思っている節があるからね。別に私は未来ある若い竜を束縛するつもりはないのだけれど」


 目尻に皺を寄せて微笑む巫女の穏やかさにウィルの表情も緩む。


「私は偉大なる巫女に仕える栄誉に与ることで満たされた日々を送れることがなによりの幸せなのです」

「伴侶探しをするよりも?」

「レン、」


 すかさず挟んできたレンの名を呼んで窘めるが、今回ばかりは本気のようで巫女に縋るような視線を向ける。


「どうか、巫女様。ウィルさんに伴侶探しをするいとまを与えて下さい」

「レン!止めないか!」


 そんなこと望んでなどいない。

 巫女との充実した時間の方が今は大事なのだ。


 ウィルのことを心配してくれる気持ちは嬉しいが、これ以上は迷惑であり余計な世話である。

 そのことを解らぬレンでは無いはずなのに、必死にこいねがう姿は憐れささえ感じられた。


 これが自分のことでなければウィルとてレンの味方をしただろう。


「里のみなも心配しているのです。ウィルさんが神殿に寝泊まりし、一向にグリュライトへと向かう素振りも無いことに」

「レン、いい加減に――」

「……そうだね。いい機会だ。行っておいで、ウィル」

「巫女様!?」


 常に神殿で過ごす巫女も自分と共に過ごす時間を楽しんでくれていると思っていたウィルは愕然として目を剥く。


 その様子を面白そうに眺めながら巫女は「命令だ。ウィル」と冷たく告げる。


「伴侶を連れて戻るまでこの神殿に立ち入ることを禁ずる」

「巫女様!!」

「ご配慮、ありがとうございます」


 ウィルの悲鳴のような声を尻目にレンは破顔して恭しく頭を垂れた。


「お待ちください!伴侶ができてしまえば私は今までのようにお傍に仕えることができなくなってしまいます!まさか、まさかそれを御望みですか……!?」


 竜の性質として愛する女性を得てしまえば、例え相手が巫女であろうとも他の女に尽くすことはできなくなる。

 勿論巫女を敬い尊ぶ気持ちは今までと同じだが、優先順位やその思いの温度は変わってくるだろう。


 竜の愛はただひとりの伴侶に深く強く注がれなければならない。


 だからこそウィルは巫女から多くのことを学べるまたとないこの機会を惜しみ、その心の広さや豊かな感情を、眼差しを、生きざまを長く見ていたいと思って己の伴侶探しを後回しにしていたのだ。


「ウィル、私は全ての竜に幸せになってもらいたいのだ。無論幸せの形はそれぞれ違うだろう。中には年寄りの相手をすることで満足感を得られる者もいるのかもしれん。だが」


 巫女が立ち上がりレンの腕を優しく触れる。

 それを見てチリッと疼く心の卑しさにウィルは苦虫を噛み潰す。


「みなが心配している。お前はもう観念しなくてはならないよ」

「…………私はそのようなこと望んではおりません」

「ほっ、竜の一生をかけて愛する伴侶のことを“そのようなこと”というとは。どうやら私は間違っていたらしい」


 眉を下げて落胆したと首を振る巫女は本を抱えてゆっくりと歩き出す。

 柔らかな草と清らかな水音を立てて流れる小川。ふらふらと舞う蝶と芳しい香りを放つ花々。

 それらを堪能するように行く先も決めずに。


 枝葉を広げた巨大な木は雄大さと威厳を持ってこの場にいる竜たちを見下ろしている。


 ウィルは動けず、レンもその場に留まり巫女を目で追う。


「恐れは誰の胸にもある。だが戦わずして逃げるは竜族の恥じ。巫女を戴く白竜がそれでは困る。他の竜に示しがつかぬ」

「巫女様……」

「レン、その臆病者を連れてグリュライトへ行きなさい。私の世話などウィルでなくとも務まる。心置きなく、傷ついてくればいい」


 背を向けたまま放たれた言葉では一体どんな思いで口にされたものなのかは理解しがたい。

 ただ冷酷な内容だがその声音はいつものように穏やかで優しかった。


「健闘を祈っているよ」


 そのまま去っていく巫女を追うことはできない。

 命じられたことは伴侶を探してくること。


 そして愛する者を伴って戻ってこなければ、神殿の敷居を跨ぐことすらできないとはなんとも残酷な命令か。


「行きましょう、ウィルさん」

「……もとはといえば、お前が」

「不満も文句も後で全て聞きます。でもみんなが心配しているのは確かですから」


 背中を押されて出した一歩のなんと重いこと。


 気分も身体も重苦しくて、光を司る白竜としての資質をどこかへと失ってしまったかのようだ。


「最悪の気分だ」

「今はそうでしょうが、きっとそのうち気分も晴れてきますよ」


 何故か明るくレンが言葉を返して、それがまるで無理して出されたもののように聞こえた。

 そう勘繰る自分の方がおかしいのかもしれない。


 だがどうしても伴侶探しなどする気にはなれず、これが夢ならばいいのにとさえ思うのだから正常な竜として感覚では最早ないのだろう。


「ウィルさんはどんな女性が好みですか?」

「好み……考えたことも無い」

「え!?考えたことないんですか!?……参ったなぁ、そこまで重症だとは」


 正直恋愛ごとなど面倒だと零せば、奥手もここまできたら手の施しようも無いですねとレンを呆れさせた。


「ならば放っておけばいいものを」


 怨み言を言えば、年下の若い竜は困ったように微笑んで。


「私が放っておいたら、一生独身で過ごすことになりますよ」


 それでもいいのかと問われたので、ウィルはだんまりを決め込む。

 焦って伴侶を求めるつもりはないが、一生独りを貫くまでは腹を括ることはまだできない。


「ほらほら、行きますよ。可愛い女の子が沢山いるグリュライトへ」


 妙に浮ついた声が神殿に響き渡り、あまりにも神聖な空気が漂う場所にはそぐわないことに酷く脱力してしまう。


 ぐいぐいと後ろから押してくるレンに無理矢理神殿から出され、せめて最後にとその姿を焼け付けようと振り返ったが、目の裏に刻みつける前に扉が閉まりウィルは全てを諦めざるを得ずに秘かに涙する。


 こうして突然なし崩しにウィルの伴侶探しが始まったのだった。


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