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竜の花嫁たち  作者: 151A
危険がいっぱい
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言葉ひとつで



「手ぇ離すなよ?落っこちるからな」


 そう声をかけると後ろから首にしがみ付いている細い頼りない腕にぎゅっと力が入る。

 ゆっくりと飛行しているが、手を離せば地面に真っ逆さまだ。


 勿論そんなに高度も出していない。


 それでも眼下に広がる木々が枝葉を広げる緑色の森も、起伏にとみ人々が踏みしめ苦労して作った町や村を繋ぐ大切な道が多く存在する茶色の絨毯も遥か遠くに見える。


 結局、野盗退治はなんとか諦めてもらい今ノアを背に負い夜中の空を移動していた。

 自分の足で歩いて行くのだと決めているノアのためにパムと別れた場所まで戻っている所だ。


「星がすごく近いね」


 掴めそうだと燥ぐ声はどこか安心しきっていて、誰からも認められずに居た頑張りをルピナスが受け止めたことで頑なさすら薄らいでいるようにも感じられた。


 こんなささやかな一言で、そして胸に抱き締めてやるだけで人の心というものは解されるのだと身に染み、言動には気をつけねばならないのだと頭に刻む。


「ねえ、ルピナスの父さんと母さんはどんな人なの?」

「どんな……か」


 自分の生い立ちを語ってしまった気恥しさからか、ルピナスに家族のことを聞きたがった。


「話して聞かせるような面白い話もないんだが」

「いいじゃん。聞かせてよ、なんでもいいから」

「あー、うーん……」


 なんでもいいということなので、なにも面白味も無いが重い口を開く。


「簡単に言うと親父は熱血漢でお袋は心配性、かな」

「え?それだけ?嘘でしょ?」

「それだけっていわれてもな」


 困ってしまうが、やはり満足できないようでノアは続きを要求してきた。


 仕方がないので記憶を辿り家族の思い出のようなものを引き出してみるが、里で同じ年頃の幼体同士のかけっこ大会で優勝できなかった時に父親からこっぴどく怒られて何日も走る訓練をさせられたり、崖登り競争で勝てなかったルピナスを全部の爪が剥がれるまで何度も崖を登らされたり、組み手で好敵手だった幼馴染に負けた時などは容赦なく叩き潰された。


「――――嫌な思い出ばっかりだ」


 その度に母親が血相を変えて止めてくれるのだが、それでも父親は「赤竜に生まれたからには心も体も強くなきゃいかん!」と普段はべたべたに甘い母の制止を振り切ってルピナスの特訓に明け暮れていた。


「あはは。本当に熱いお父さんだね」

「俺の親父が特別ってわけじゃない。赤竜は血の気の多い奴らばっかりだから、自分もその子供も誰かに負けるってことが嫌なんだよ」


 成体の竜たちは我が子の勝敗や戦いぶりを観戦し、その後で酒を飲みながら批判したり褒め合ったりして楽しむ。


 里の娯楽のひとつとしてしょっちゅう幼体たちを競わせる“~大会”なるものが開催されるのは、成体である自分たちが争って負けて恥をかくことを厭うからだ。


 そして成体の竜が戦う時は本気の時だけで、己と相手の生死を賭けて戦うくらいの覚悟を持って挑む。


 十分な力と経験を蓄えた竜たちが一斉に“大会”を始めれば里は消滅の危機である。


 里の幼体はその一族全ての宝。

 どの子も愛しく、我が子は更に愛しく。


 幼体たちの成長を喜び、また特訓と称して子供に関わる赤竜たちは竜族の中でも子育てに熱心な一族だ。


 それはルピナスの中で誇るべき箇所で、他の竜たちには無い美点だと思っている。

 父親の愛情は暑苦しい上に鬱陶しく、身体を痛めつけられた嫌な記憶ばかりが思い出されるというのに、きっとルピナスも自分の父親のようになるのだと想像できるし、またそれを望んでいるのだ。


「父さんがそんなんだからきっと母さんが心配性になるんだよ」


 ノアが笑うたびに優しく緩やかな振動が背中に伝わる。

 そうかもしれないと納得して、いつも怪我の手当てをしてくれた母の顔を懐かしく思い出す。


「そういや、どうしてんだろうな」


 随分と会っていないことに気づき心の中の思いを呟くと「帰ったら会いに行けば?」と軽い口調でノアが言うので「そうだな」と気負いなく答えられた。


 成体になると伴侶を求めてグリュライトへと旅立つことが多くなる。

 そうして里を出ている間に父と母が我が子のために、小さいながらも家を準備するのが竜族の中の習わしになっている。


 不幸にして父竜を失い、母親も難産や病などでこの世を去った竜でも里のみんなが両親代わりとして家を用意してやることになっていた。


 ルピナスの幼馴染もそうやって家を手に入れ、おっとりとした女性を伴侶に迎えて今では幸せな家庭を築いている。


「竜族は成体になったら家を出て、両親とはあんまり会わなくなるから」

「寂しくないの?」

「さみ……しいさ」


 咄嗟に「寂しくない」といいそうになり、強がったところで意味も無いと思い直した。

 初めて両親が手配してくれた家に足を踏み入れた時は歓喜に震え、必ず伴侶を連れ帰ると決意したものだ。


 だがグリュライトへと行き、旅から旅を続けて傷心のまま帰宅した時の孤独感といったら想像を絶するものがある。


 寂しさで死ねるといっても過言では無い。

 だからこそ独身の竜たちは躍起になって伴侶を追い求めるのだろう。


「そっか、大人ルピナスでも寂しいんだね」


 しみじみと噛み締めるような声音に「ああ」みんな同じだと答えてやるとノアは嬉しそうに頷いたようだった。


「あ!見て!流れ星だよ!?」


 急に歓声を上げてノアが腕を緩めて右手を放す。言葉を聞く限り流れ星の方向へと指を向けたのだろう。

 更に追いかけるように身体を離して体重がルピナスの左側に傾いた。


「え?あ!おい!手ぇ離すなっていっただろ!?ちょっ、動くな!!」

「うえ?あー……」

「ノア!?」


 慌てて左の肩に乗っていたノアの手を掴もうとしたが時既に遅し。


 小枝のような指や魚の腹のように柔らかな腕もルピナスの伸ばした指先からすり抜けて行く。

 空中に投げ出されたノアは目も口も丸くして驚きのあまり声もない。

 まるで仰向けで横たわるかのように風に吹かれた後で、頭がゆっくりと地面へ向けて反って行く。

 漸くまずい状況だと事態を把握し始めたノアがじたばたと手足を動かし始めたが、そのせいで風に煽られて揉みくちゃにされる。


「ノア!!」


 ルピナスの背中に乗る時に飛ばされるからと脱いでズボンのポケットに入れていた帽子がどこかへと流れて行く。


 外套がバタバタと嫌な音をさせて不安を掻き立てた。

 必死で追いかけて急降下するが、どんな生き物よりも速いといわれる竜の能力を使っても間に合いそうにない気がした。


「ほんとに、世話の焼ける――」


 こんなことなら背負うのではなく腕にしっかりと抱いていれば良かったと後悔しても遅い。

 なにが嫌なのか解らないがどうしても抱っこはいやだと酷く抵抗されたので、野盗の根城に行く時も戻る時も背負って移動した。


 命の危険を冒すくらいならば意味は無いのに。

 ノアの我儘を許してしまう自分の甘さを呪う。


「ええい、これしき!クソッ喰らえだっ!!」


 手が外套にかかり引き寄せていると間近に迫って来た木々が目に入る。必死に手繰り小さな身体を胸に抱き締めるとそのまま突っ込んだ。


 枝が折れる音がして、身体のあちこちに衝撃が加わる。

 ノアに怪我がないようにと身を縮めて、薄く開いた目の前に近づいてきた地面を確認して距離を目算した。


 着地を失敗できない。


 枝葉の感触が無くなった後、空中でくるりと反転する。


 ノアが言っていた流れ星だろうか。

 木々の隙間から南へと向けて流れる一筋の星が見えた。


「ぐあっ!?」

「ひゃっ!!」


 感動するより前に背中に地面からの祝福を浴びる。

 背骨が軋んで脳が揺れたが、思っていたよりも痛くなかったのは木にぶつかり速度を落とすことができたからだろう。


 ノアもルピナスの腹の上で跳ねて、衝撃の余波を食らったようだが声が出るくらいなので問題は無い。


「あー……お前は、ほんとに」


 疲れと痛みによる倦怠感に襲われながらルピナスはゆっくりと腕を緩める。

 ごそごそと動いてノアが身体の上に俯せになり顔を上げてこっちを見た。


「ごめん」

「ごめんですむか!まったく、お前は悪運が強いな」


 死ぬ所だったぞと叱り飛ばすと何故かくしゃりと微笑んでノアは「違うよ」と首を振って否定した。


「逆だと思う。運が良いんだ。だって」


 ルピナスと出会えたから――――。


 そんな言葉ひとつで絆されて、満たされてしまうのだから心というのは案外ちょろい。

 悔しくなりながら腕を広げて大地に大の字になると大きく息を吐く。


「きっと一生分の運を使い切った自信がある」


 言い切ったノアは幸せそうに目を細めてルピナスの胸に頬を当てた。

 そしてそのまま静かな寝息を立ててしまったのでいよいよ動けなくなり「なんだよ、自分だけまた寝るのか」と愚痴りながら夜空を見上げたのだった。


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