番外編 雪水晶の花
白い空を斜めに切り裂くように、
星が流れた――――。
それは金の粒子を纏いながら雪原へと向かってゆっくりと堕ちて行く。
セティは昨日仕掛けておいた罠に獲物がかかっていないか確認するために足早にその場所へと向かっていた所だったが、目の端に映ったなんとも不可思議な光を見つけて歩を止めて空を振り仰いだ。
「……なんだろう」
誰とも喋ることのない山での生活の中で自然と独り言が多くなっているのは自覚済みだが、それを聞きとがめて笑う者も注意する者もいないので治るわけも無い。
元より己が常人とは違うことなど嫌というほど実感している。
独り言を呟くくらいは可愛いものだ。
「嵐、」
フラウ山の頂上に厚い雲がかかり始めている。
更に強い風に巻き上げられた雪が大気に滲んで山の輪郭を鈍らせていた。
「上ではもう、吹雪いてる」
あの雲が山の斜面を下ってきて激しい雪嵐を起こすのも時間の問題だ。
のんびりしていては小屋に戻る前に嵐に巻き込まれてしまうだろう。
急いで罠を確認して雪に埋もれないように回収しなくてはならない。
なのに。
酷く気になって光が消えた方向へと意識が向く。
そして足も。
夜に星が流れるのは何度も見たことがあるが、明るい間に星が堕ちるのを見たのは初めてだった。
しかも直ぐ近くに落ちることなど滅多なことでは無い。
不思議な現象に興奮しているのだろう。
いつしかセティの足は雪を巻き上げながら駆けだしており、木々の間を縫って無我夢中で雪原へと飛び出した。
「…………きれい」
兎の足跡が所々にある他には真っ白な雪野原。結晶化した花をつける雪水晶の花が一面に咲き誇るそこに横たわっていたのはひとりの男だった。
俯せに倒れ、横向けているのでどんな顔をしているのかは全く解らない。
だが均整のとれた肉体は雪山に相応しくない程の軽装で、襟のついた麻のシャツと黒い細身のズボンを着ていた。
黄みがかった金の髪、雪の白さに劣らない色白の肌。
顔を確認せずとも息を飲むほどの美貌の持ち主であることは間違いない。
「きらきらして」
白銀の世界に眩いほど金色に輝く光の粒が男の周りを舞っている。
零れ落ちているその光が男の身体から発生していることに気づきセティは眉を寄せた。
「怪我を、」
しているのではないかと思い至れたのは、一際煌めいている場所から流れた粒子が徐々に輝きを失い、その度に男が苦しそうに呻いたからだ。
まるで血を流して命を削るかのように、その光が失われることで男の力を削いでいるように見えた。
未知の不思議に慄きながらもゆっくりと前進する自分はやはり普通の女ではないのだろう。
強く惹きつけられるかのように、夢遊病者のようにただ男の元へと進む。
顔が見える――――と胸が弾んだその時、男は視線を上げてセティを捕えて「こんな山奥に女がひとりでいるなんて、頭おかしいんじゃないの?」と唇を歪めて薄く笑った。
嫌味な言い方に目を瞠り、セティは息を止める。
怒りよりも呆れ、そしてなによりも人語を介したことに驚いた。
男が人族では無いことは一目瞭然で、そして交流のある獣人族の特徴がなにひとつないことから、目の前の男が人の形をしていても見た目通りの者では無いということは解る。
長い前髪に邪魔され隠れているが綺麗に澄んだ緑色の瞳を宿した男の目は優しげに下がっており、細く通った鼻梁と若干酷薄そうな薄い唇がなんとも絶妙な配置で留まっている。
しなやかな四肢に宿る野性的な魅力と知性を感じさせる純度の高い双眸を前に感嘆するしかない。
こんなに完璧な美しさを持っている生き物など見たことがないセティは戸惑うばかりで、それでも「怪我の手当てをしなくては」となんとか形のある思考を導き出せたのは奇跡だった。
膝を着き怪我の場所を探るとやはり光が零れている部分がそのようで、男が痛みを堪えるように息を詰める。
あちこち触れて確かめていると何故か男が熱っぽい声を出し始めたので、無遠慮に触りすぎたと後悔して手を止めた。
独り暮らしの小屋に妙な男を連れて帰ることに逡巡したが、フラウ山を見上げれば嵐の予兆は更に顕著に表れ始めており、この不思議な生き物を放置していく罪悪感の狭間で結局好奇心が勝ちセティは男を背に負い帰り道を辿った。
男は名をクレマと名乗り、口を開けば軽率な言葉ばかりを吐き出した。
セティが気にしているふくよかすぎる胸のことに触れ、直接的に自身の横たわる寝台へと誘ったり、自信たっぷりに己の美について語ったりしたが、嵐の中で二人きりでいるというのに不思議と恐怖も不安も感じられなかった。
「……寝てる」
おとなしいと思ったら既に眠りの中へと落ちた後で、セティはそっと枕元へと歩み寄る。
濃く密集した金の睫毛は暖炉の火によって輝き、閉じられた目蓋の美しい曲線すらも見事でほうっと嘆息した。
端正な中にも男らしい骨ばった部分もあり、綺麗なだけでは無い荒々しさを感じる。
見惚れて身動きが取れなくなっていると、突然強い風が吹いて小屋が激しく軋んで胸がどきりと跳ね上がった。
今回の嵐は激しく、そして長い。
執拗なまでに吹雪いて屋根の上に厚く降り積もった重みで小屋が潰れはしないかとはらはらする。
もしくは強風に煽られて倒壊するかもしれない。
いつもは独りきりで過ごさねばならない心細い嵐の夜を、奇妙な竜族と共に過ごすことはセティにとって思いがけない感情を芽生えさせた。
そっと手を伸ばして滑らかな頬に触れるとクレマは眉根を寄せて顔を横向ける。
尚もしつこく指を這わせると左腕が動いてセティの手首を掴む。
「…………」
起こしてしまったかと身構えたが、男は健やかな寝息を立てたまま寝返りを打った。
そしてやんわりと離された手首が何故か寂しくてセティは胸元へと引き寄せると後退する。
まるで幼い子供のように無邪気で無防備な寝姿は男を感じさせず、また人とは違った種族であることが甘い感傷を残した。
「これが、竜」
神秘的なまでの美と有り余る力を持った存在。
人には持ち得ぬ圧倒的なまでの能力は畏怖という意識でしか見ることはできないはずなのに、初めて出会ったこの竜族は下品で人のように表情豊かだった。
およそ思いやりの欠片も無い言動で接するクレマは奔放で自由で、セティには眩しく羨ましい。
浮世離れした見た目と存在なのに、なんとも人族臭くて親近感を抱くと共に仄かな期待感も抱かせる。
セティは風の音を聞きながら毛布に包まり敷き布の上に横になった。
薪が爆ぜ、自分のものでは無い気配と息遣いを感じながら眠る心地良さに自然と眠りは訪れてふと自覚した。
寂しかったのだと。
三日間嵐は荒ぶり続け、その間クレマが一度たりともセティより長く起きていることは無かった。
野兎のスープや干し肉を使ったスープ、硬いパンを食べた後で決まって寝台へ横になり、だらだらと喋りながら過ごしている内にいつしか眠っている。
セティはどちらかというと宵っ張りの方で、天気や気候の良い日は外に出て夜空を眺めて過ごすこともあった。
闇の月の間は雪深く寒さが厳しいので星空や月を見上げる機会は少ない。
その代わりに温かな暖炉の前に座り、糸を紡いだり編み物をしたりして過ごす。
最初は戸惑うことの方が多かったクレマとの生活は三日も過ぎれば慣れてしまい、どうでもいいようなことばかりを口走る彼の対応にも動じないようになってきた。
元々他人に合わせたり左右されるような性格でもないので、セティはクレマを放っておくことが多かったが、彼の方は後ろをついて回り、答えることが億劫になることばかりを質問してくる。
嵐が止んだ朝、セティは小屋を出て付近の様子や状況把握のために出かけることにした。
あれだけ雪が降ったのだからあちこちに被害が出ているだろう。
村へと繋がる道が寸断されてしまえば、テスが小屋へと来ることができなくなる。
きっとセティを心配して天気が良くなったら上って来てくれるだろうから、危険がないか障りが無いかの確認だけはしたかった。
「俺も行く」
来なくていいといったのに、クレマは置いて行くなと拗ねたような顔をしてついて来た。
足と腕を庇いながらゆっくりとした足運びで雪道を進む速度に合わせていては日が暮れてしまう。
できれば昼までに偵察を終え、弓矢を持ち夕飯の獲物を狩りに行きたかった。
そんな気持ちがセティの足を急かす。
文句を言いながらも小屋に戻ろうとしないクレマの存在は正直鬱陶しい。
痛くて足を引っ張るくらいならおとなしく待っていてくれればいいのに――と考えた所で、それを望んでいる自分の気持ちに気付く。
本当にどうしようもなく自分勝手な男なのに、セティは彼に待っていて欲しいと思っているのだ。
もしクレマが留守番しているはずの小屋に帰った時に彼がいなかったらと想像すると胸の奥が痛くて息が苦しくなる。
たった三日共に過ごしただけの竜族にこれほど心を許しているとは。
「寂しくないんじゃない?」と問われて信じがたい思いでセティは「私はひとりじゃないもの」と呟く。
嘘では無い。
セティにはテスがいる。
生まれる前から、自我が芽生える前から傍にいた片割れが。
でもそれはセティが望む形では手に入らない。
それを望んではいけないのだと知っている。
「テス!」
酷く狼狽している心の内を覚られないように表情を消していると、よく馴染んだ力強い足音が聞こえた。
振り返れば雪を掻き分けて上ってくる愛しい姿があった。
途端に鼓動を早くする心臓に安堵しつつセティは坂道を駆け下りてその腕の中へ飛び込んだ。
「良かった。酷い嵐だったから心配したけど、無事だったんだな」
テスの大きくて厚い掌がセティの肩と背中を叩いて喜んでくれる。
久しぶりに会う兄にときめいて、心配して駆けつけてくれるのならば毎日嵐でも構わないとさえ思うのだからクレマが言う通り頭がおかしいのだろう。
「あいつ、誰だ?」
剣呑な響きの声にセティは顔を上げてテスの視線を辿り、その先にいたクレマを認めて説明する。
「彼は竜族で嵐の前に空から落ちてきて、怪我をしているから放っておけなくて」
「まさか、家に連れて行ったのか!?」
「だって……嵐の中で倒れていたら、無事じゃすまないから」
「おいおい!いい加減にしてくれ、そこまで常識がないとその内身を滅ぼすぞ!?」
「大丈夫よ。落ち着いて、テス」
「変な男に捕まってみろ。幸せになんか絶対になれない」
「…………」
そもそもテス以外の男に心惹かれることは無いのだから幸せになれるはずがない。
口にしたくても自分の想いを表に出すことは二度とするまいと決めているから、ぎゅっと拳を握って耐えるしかなかった。
醜態を晒すことも、醜い嫉妬に駆られる愚かな自分を曝け出すことも二度と御免だ。
あの後味の悪さ、苛まれる罪悪感、そして嘲笑と嫌悪の目を向けられることを諦め、孤独を受け入れるしかなかったセティには嫌な記憶でしかない。
「三日間密室で楽しんだけど怒らないでやってくれる~?」
なにを考えたかクレマが能天気にテスに呼びかけ、彼の思惑通り兄が激昂して駆け上って行く。
その後ろ姿を呆然と見送り、そして愉悦に浸るクレマの綺麗な顔を見上げた。
どんな表情でも美しいのだから狡い。
テスの反応を面白がっている竜族の男は軽口を叩いてじゃれ合いながら笑い声を上げている。
真っ直ぐで正しい兄とふしだらで正直なクレマは案外いい友人になれそうな気がした。
いつもなら様子を見て直ぐに村へと帰るのに、クレマが小屋にいるのが心配なのだろう。
テスは三日も小屋に滞在した。
そのことが嬉しくて浮足立っていたが、それでも村で待っているはずの兄の恋人を思えば早く帰さねばならないと焦る。
あまり帰りが遅いと兄に良からぬ評判が立ちかねない。
それは困る。
テスのことを心から愛し慕っているが、永遠に自分のものにはなり得ないことは承知していた。
なにより兄の幸せを望んでいるのは嘘偽り無く断言できる。
昔に比べて冷静に物事の判断ができるようになったし、客観的に自分の気持ちを見られるようになったのは山に住むようになったことの一番の収穫だった。
どうやって帰そうかと思い悩んでいると、テスがそっと目配せをして外へと出て行く。
ちらりと確認するとクレマはまだ寝台で丸まって夢の中だった。
セティはそっと音を立てずに扉を開けて、起こさないように気を付けて閉める。
「そろそろ、帰らないとまずい」
言いにくそうにテスが口を開き、そうして欲しいという願いを込めて深く頷いた。だが兄は浮かない顔で腕を組み低く唸る。
「お前、あの性悪竜をどうするつもりだ?」
「どうするつもりって……」
どうもこうもない。
そのうち出て行くだろうと答えるとテスが顔を歪めて舌打ちし「それでいいのか?」と再度尋ねてくる。
なにが言いたいのか解らずにセティは眉を寄せて首を傾げた。
「あいつが出て行ったら、また独りになる」
「それは、」
「村に帰って来る気はないのか?」
「……それは」
帰ってどうなるのだろう。
セティはテス以外の人と一緒になるつもりはないし、兄に懸想する頭のおかしな女など伴侶に求めようと思う者はいない。
家に帰ることなど頭には無い。
無いからこそ独りでも生きて行けるようにその技術を磨いてきた。
今更その話を蒸し返されても困る。
「俺は心配なんだよ、セティが」
「しなくていい」
きっぱりと断ったセティが頑なに見えたのだろう。
テスは泣きそうな顔で怒りを顕にする。
「するに決まってんだろ!お前は俺の妹なんだぞ!?」
「しっ!大きな声を出したら起きる」
「なんの心配をしてんだ?あのふしだら竜が起きてようが、この場にいようが関係ないだろ」
先に聞かれないようにと配慮して外へと促したのはテスの方なのにその言いぐさはないだろう。
むっとした顔で見上げるとテスは苛立ったように髪を掻き毟る。
「じゃあ、あいつがセティを伴侶にって求めたらお前はどうすんだ?」
「私を、伴侶に――?有り得ない」
クレマがセティを求めるなど考えられない。
彼はセティとテスが夫婦だと思っているのだから。
それほど執心な熱い視線で見つめられたことも、それらしい素振りを見せられたこともない。
二人きりの嵐の夜を三度過ごしたが、口で言うほどクレマは欲望を剥き出しにして迫って来ることは一度も無かった。
そんな雰囲気ですら醸し出したことも無い。
きっと。
私には魅力がない。
だから有り得ない。
ほんの少し寂しい思いを味わいながらセティはその可能性を否定する。
だがテスだけは真剣な顔で「竜族は伴侶を求めて旅をして回る。あいつはその旅の途中だ」だから一週間も滞在するのはきっとセティを見初めたからだと言い募った。
「あんなに身勝手で、自由気ままで、口ばかり達者な適当竜について行く女なんていないわ」
竜族と婚姻を結べば人族の世界を捨てて、彼らの国へと嫁がなければならないのはセティでも知っている。
だがどの女も見てくれだけは美しく整っているクレマの性格が破綻しているのを知った途端に逃げ腰になるに違いない。
女たちから袖にされてもクレマ自身は「あ、そう?」なんて何気ない顔で引き下がるだろう。
傷ついた素振りなど微塵も見せずにあっさりと去っていく姿が易々と思い浮かべられてセティは何故だか腹が立った。
クレマにでは無く、女たちの方に。
どの女も見る目がないのだ。
クレマの口からポロポロ零れてくる言葉に惑わされて、彼が本心を口にしていると勘違いしている。
正直に思ったことをすぐ口にするクレマは誤解されやすいに違いない。
彼は正直だが、素直では無い。
本当の自分の姿や想いを決して口にはしないのだ。
あんなに素敵なのに。
「セティ?」
ハッと我に返り己の口を塞ぐ。
どうやら考えていたことが口から出ていたようだ。
ずっと山で暮らしていて独り言を呟くようになっていたから知らぬ間にいつもように言葉を発していた。
頬が熱くなるのを感じてセティは唇を噛んで俯いた。
「そうか」
テスがどこか喜びを滲ませた声を出す。
それが言いようも無く恥ずかしくてセティは顔を背けた。
「そうか」
感極まったようにテスは喉を震わせてセティの両肩を掌で掴んで「上手くやれよ」と励ましてくれたが、どう上手くやればいいのかも解らないので兄の手を振り払って小屋へと戻った。
それからテスは村へと帰り、クレマはその後を追いかけて飛び出して行った。
狩りを終えて戻った小屋は狭いはずなのに広く感じて孤独を思い知らされる。
このまま戻ってこないかもしれないと思えば更に胸に冷たい風が吹き抜けた。
そんな考えを払拭するために鳥の処理を始める。
もう帰って来るだろう。
そろそろ戻って来るだろう。
そう言い聞かせながら食事の準備を終わらせてもクレマが帰って来る様子がない。
鍋を暖炉に下げてしまうとやることが無くなってしまい、仕方がないので研ぎ石を持ってきてテーブルに乗せ包丁の手入れをした。
ぽたり――。
手の甲に涙が落ちて初めて泣いているのに気付いた。
「だめだ、落ち着け」
泣き喚いて寂しさを訴えるほど弱い女でも、子供でも無い。
そんな自分は大嫌いだ。
そんな女には絶対になりたくない。
大きく息を吸い込んで、目尻を拭うと喉に力を入れて涙を止める。
「はあ……」
何年振りだろうか。
涙を流すということを忘れてしまうほどの時間を強がって生きてきたのだと思えば随分可愛げのない女だと思う。
勢いよく扉が閉められ「帰ってきた」と胸を弾ませて顔を上げれば、蒼白の顔からは表情を消したクレマが立っていた。
なにごとだろうかと目を丸くするが、やがて彼が目にしたであろうものに気付く。
諦めの気持ちでいると何故か言葉を荒げて近づいてきた。
緑の瞳が酷く危険な色を浮かべていてセティは息を飲んだ。
「旦那が他の女と楽しんでるんだから、あんただって俺と楽しんでも問題なくない?」と囁かれ無理矢理組み敷かれる。
抵抗すればセティの神経を逆なでするような言葉ばかりを吐き出して、クレマは乱暴にことに及ぼうとした。
だから。
セティは手にしていた包丁を己の喉元に当てた。
クレマが素直な気持ちで求めてくれれば応じることはできたのに、彼はわざと嫌な言い回しばかりをして自分もセティも蔑んだ。
それが辛くて。
悲しくて。
それなのに突然狂乱してのた打ち回ったのはクレマの方だった。
あまりのことに驚いてセティはその取り乱し方の異常さに立ち竦む。なにが起きているのか解らないがクレマは怯えている。
嗚咽を殺して震えて。
それを見ていると可哀相に思えてきて、傍に寄りそっと髪に触れた。
誤解を解いて、セティの罪の告白を聞くとクレマは安堵したように身体から力を抜く。
そして軽い口調を努めた声で「おかしい者同士上手く行くんじゃない?」と問うてきたからセティも何気ない様子で「かもしれない」と応じた。
「まさか本気じゃないよねぇ?」
恐る恐る聞いて来るのでセティは笑いを堪えるのに必死だった。
「あなたみたいに失礼で、軽薄で、なにごとにも本気にならない竜なんか普通の女の人は絶対に選ばない」
残念なことだが事実だ。
女たちは見る目がない。
「でも私は普通の女じゃない。人はテス以上に好きな男は現れないと思うけど、竜族にはきっとあなた以上に一緒に生活したいと思える竜はいないと思う」
だからそんなに落ち込まないで。
自信を持って。
私みたいな変わった女には勿体無いけれど、それでもあなたの孤独を理解して埋められるのは私だけだから。
「俺を選んだこと絶対に後悔させない」と約束して彼は優しく口づけた。
最初から心を奪われていたのだと思う。
白い空を切り裂いてセティの元に流れ落ちたあの日から。
ずっと。
最初から負けていたのだと思えば溜飲も下がる。
六日間の楽しかった生活を思い出せば二度と捨てられず、テスとの別れがやって来ることが解っていたとしてもこの孤独な竜を手放すことはできない。
私は幸福で、恵まれている。
セティは熱く見つめてくる視線に照れながら感謝した。




