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竜の花嫁たち  作者: 151A
泡雪の花
13/48

不完全な生き物



「ねえねえ。寝台はひとつしかないし、小屋は狭いのにどうやって寝るの?」


 早い夕食を食べながらクレマはもっともな疑問を口にする。


 現に小さなテーブルには椅子二脚しかないので席にあぶれたテスが不貞腐れた顔で床の上に胡坐をかいて器を抱えている状態だ。


「垂れ目の性悪竜がさっさと出て行けば問題無くなるだろ」


 じっとりとした目で見据えてくる男の視線など無視をして、正面に座っているセティに微笑みかける。


「俺は別に一緒に寝ても構わないけどさ」

 

 狭いけどその方が温かいしね。


 セティとテスは視線を交わして同時にため息をつく。その息の合った様子にクレマは唇を尖らせて「なに?その態度」と抗議する。


「……なんか、あんたのふしだら軽薄発言に慣れてきたっていうか」

「まともに取り合う方が馬鹿馬鹿しい」


 この短い時間でテスは柔軟に順応を示し、セティの方は諦めの境地へと至ったらしい。


「つまんないなー。その反応が一番俺的には受け入れがたい」

「どうやら正しい対応方法を見出せたみたい」

「だな」


 生暖かい笑みを張り付けて頷き合う二人はさっさと食事を終わらせて食器を手に立ち上がる。


 クレマは皿の底に残っていたスープを掬い上げて口に運ぶと、硬いパンの欠片を頬張って飲み込んだ。

 それでも胃の中にはたいしたものは入っておらず、粗食というよりも間食にもならない量では体力を維持するだけでやっとだった。


「本当ならこんな怪我とっくに癒えてるはずなのになー……」


 重く痛む肩から上腕、熱を持っている足首、ふとした拍子に射すような痛みが襲う脇腹。

 そのどれもが三日経った今でもクレマを苦しめているのだから腹立たしい。


 ぐうっと空腹を訴える胃を押えて呻くと、セティが気付いて気遣うように瞳を細めた。


「お腹が痛い?それとも洩らしそう?」


 自分が口にした言葉を使って嫌みたらしく問いかけられクレマは目尻を下げて柔らかく笑む。


「もしそうなら看病してくれる?」

「下の世話まではできない」

「俺はしてあげられるよ?」

「………………」


 心配して損したといいたげな顔をしてセティは無言で食器の片づけをテスと並んで始めた。

 その華奢な背中と程よくついた筋肉に覆われた身体を寄せあってなにやら楽しげに会話を始めるからクレマは手の中の器を所在なく見下ろすしかない。


 聞こえてくる笑い声に疎外感を感じながらも、二人の間に不安因子が潜んでいないかを必死で探している辺り自分も随分としつこい性分だ。


「あーあ……」


 思わず洩れたため息にセティがほんの少しだけ同情したのか、振り返り手を突き出してくる。


「お皿、持ってきて」


 急かすように手をひらひらと動かされ、クレマは器を持って立ち上がる。

 テスが眉を顰めて威嚇するように鼻の穴を広げるが、そんなもの恐くもなんともない。


「厄介な拾い物しやがって、さっさと落ちてた所に返してこい」


 テスのまるで捨て猫や迷い犬を拾ってきたかのような口ぶりと横柄な物言いにセティはきゅっと唇を引き結んで嫌悪を表す。


 だが不満を口にはせずに黙ってクレマの皿を受け取ると冷たい水の中に入れてごしごしと汚れを落とし始める。


 無言の拒絶にテスもむっとした表情を浮かべるが、これ以上言っても効果は無いと思ったのか拭き上げた器を手に小さな食器棚の前へと移動し丁寧な手つきで仕舞う。


「大体竜が空から落ちるって、どんだけ間抜けなんだよ」


 ぶつけられぬ怒りの矛先をこちらへと向けてきたテスを「失敬な」と睨みつける。


「上空で白竜と戦いになって突き落とされただけ」

「ふ~ん。てことは白竜に負けたんだな?」


 にやにや笑いながら腕を組むとテスは“負けた”という単語を強調してきた。

 腹立たしいが事実なのでその部分に関しては反論できない。


「大切な伴侶に手を出されそうになった竜の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのさ」


 一応竜族の誇りにかけて最愛の女を命がけで護る際の後先考えない戦いっぷりについて、想像もできないだろうから手短に伝えておく。


 だがそれを聞いたセティとテスは半眼になって首を横に振る。


「なに?そこは同情して『大変だったね』とか『男なら解るぜ』みたいな流れになるところじゃないかなぁ?」

「なるわけないだろ!お前、余所の竜の伴侶に手を出そうとしたんだろ!?同情の余地なしだろうがっ」

「あれ?そんな感じになるわけ?」


 どれだけ善戦して戦っていたかを語らねばならないかと思っていたが、そもそも余所の女に手を出したということ自体が問題らしい。


「伴侶の大切さを説きながら、その口で堂々とその伴侶を掻っ攫おうとしてたって言うその感覚が理解出来ねえ」


 お手上げだとばかりに天井を仰ぎテスはがっくりと肩を落とす。


 セティも首を振りながら視線を反らして外套を身に纏う。

 だが夕食を終えた後でどこへと向かおうというのか。


 物問いた気な雰囲気を察したか、柔らかな布を棚の中から出してその一枚を手渡してくる。


「なに?」

「……嵐が止んだから、汗を流しに」

「この寒い中で水浴び?そりゃ随分酔狂だね」


 受け取った布の感触を確かめながら目を丸くして驚くと、セティはほんの少しだけ微笑んで「違う。お湯が沸いている泉があるの」と教えてくれた。


「へえ~。そりゃ便利」

「温まってからの方がゆっくり眠れるし、疲れも取れる」

「俺は全然かまわないけど一緒に入ろうだなんて大胆だね」

「アホか!そんなことさせる訳ないだろ!」


 噛みつかんばかりの勢いで叫び、テスが器を拭いていた布をクレマの顔目掛けて叩きつけてくる。

 勿論その前に掴んで止めるが、濡れた布の感触が気持ち悪くて眉を寄せた。


「あのさー、喧嘩したいんなら受けるけど死ぬ気で向かってきなよ?」


 これが竜相手ならば問答無用で飛びかかっている所だが、人族の男ではそうはいかない。


 力の差が歴然とあるにも拘らず、警告なしで争っては流石に体裁が悪いのだ。

 生意気な口を利いたくらいで人族の命を奪えば竜族の評判が忽ち悪くなり、伴侶探しの旅など暢気にできなくなる。


 クレマとてそのことを理解できない程の愚か者では無い。

 そして虚けでもないつもりだ。


 無為な殺戮は許可なく村や里に入ることよりも罪が重い。


「お前が解りきったことを当然のように言うからだろ」

「知らないよ。この土地の当然もしきたりも、始めて来たし」


 知るわけがない。


「住む世界が違うんだ。常識も決まりごとも考え方も同じじゃない。俺は人族じゃなく、竜族なんだから」


 善悪も価値観も違う。


 見た目は人族と同じような作りをしているが、これすらも擬態に過ぎない。

 本性は獣たる竜の姿。


 硬い皮膚に覆われた巨躯と長い尾を持ち、鋭い牙や狂暴な爪で獲物を切り裂く。大きな被膜の羽と獰猛な瞳。


 そしてそれぞれの竜特有の力を揮う荒ぶる生き物。


 雄しか存在しない世界では力と強さのみが重要で、戦いのための知識を学ぶことやその方法を身につける努力は惜しまない。


 最低限守らねばならない掟によってのみ縛られ、自由であることを尊ぶ。


「あんたたちとはなにもかも違うんだよ」


 自然の力を畏怖し、田畑を耕し家畜を育てて生きて行く穏やかな生活を望む彼らは奔放な竜とは根本的に相容れない。


 それでも竜族は一生を共にする相手を人族の女から選ぼうとする。

 人族の身体の弱さを凌駕する心の強さがきっと眩しくて、竜たちの心を惹きつけて止まないのだろう。


 だが信頼を勝ち得ることは難しい。


 そして愛を囁き、与えられることも。


「到底解り合えないんだろうね」


 互いが想い合うなど途方も無いことのように思える。

 人族同士では簡単なことでも、人族対竜族では困難な道のりだろう。


「始めからそう思っているのなら、あなたはきっと解り合えない」

「傲慢だな、竜族ってのは。さあ、セティ。こんな垂れ目竜なんか放っておいて、さっさと泉に行こうぜ」


 テスも外套を羽織り、壁にかけていた弓矢を取ると背に担ぐ。


 両肩を押されてセティは扉の前まで移動すると、促されるまま押し開けた。

 扉の向こうには満天の星空が瞬き、紺色の世界と白銀の世界に分けられている。


 こんな風にはっきりと竜族と人族は分けられ、共に存在はできても混じりあうことはできないのだろう。


 そのことがひどく残念で、また悔しくもあった。


「……始めからひとつならなにも問題なかったのにね」


 竜族が雄しかおらず繁殖に人族の女が必要なのは、きっと竜が不完全な生き物だからだ。

 人族や獣人族のように雌雄共に存在する生き物がいるのを目の当たりにするとそのことを痛感する。


 生き物の頂点ともいうべき能力と身体を持ちながら、繁殖の点で劣るのは増えすぎては困るということに他ならないはずなのに。


 そのことを考えるたびに竜族の誇りも威厳も失われていくようでクレマは恐怖に気が狂いそうになる。


「行かないの?」


 怪訝そうなセティの声にクレマは布を握り締めて顔を上げた。

 交わった視線の先でセティが戸惑ったように瞳を揺らす。


「……大丈夫?」


 余程腑抜けた顔をしていたのだろうか。

 セティは心の底から案じている声音で問うてくる。


 駄目だ。

 こんな風に気遣われるのは性に合わない。


「勿論行くよ。運が良ければ入浴を覗き見できるかもしれないし?」

「させるか!」


 鼻息荒くテスが即座に応えるのを聞いてほっと安堵しながらクレマも入口へと歩いて行く。

 だがセティだけは物憂げな表情で真意を探ろうと真っ直ぐに視線を向けてくるから、それに気付かないふりをして冷たい風を吸い込みながら外へと飛び出した


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