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10.見えてきた希望


 これだけ様々な要素を変えてみても、シュターデンの連中の暗躍は止まない。

 という事は、『これだけの事が変わっても、計画を曲げられない理由がある』のだろう。


 それまで私は『愚かな王子が居た事をこれ幸いと、雌伏していたシュターデンが暗躍を始めた』と考えていたのだが、それは逆なのではないか?

 元々、現シュターデン当主の代で事を起こそうとしていたところに、都合よく担ぎ易い愚かな王子が出た……というのが正解なのではないだろうか。

 だとすれば、私が多少小賢しくなったところで、連中が止まる道理はない。


 では何故、シュターデンは『今』動こうとしている?

 これまでの百年の月日と『今』とで、何が違っている?


 私が仮定した『シュターデンはある宗教一派の狂信者で、狙いは精霊の石である』という点から探ってみるか。


 例の宗教一派は、信者の数がとても少ない。

 シュターデンの故郷の一地方に数百人程度居るか居ないかだ。

 これは、彼らの教義が過激であった事が最大の原因なのだが。


 彼らの教義では、殺人や窃盗であっても、『崇高なる目的達成の為の手段』として是認される。

 だが、きちんと『国家』としての体を成している場所で、それら行為を是とする場所はないと言っていい。

 彼らの神が認めた行いであるかもしれないが、国家からしたらそれは単なる犯罪行為だ。

 そういった道徳観や倫理観が、全く噛み合わない。


 犯罪として取り締まっても、それは『国家』の都合であって、彼らの中でそれは罪でも何でもないのだ。

 そして彼らは、その教義がおかしいなどとは微塵も考えない。まあ狂信とはそういうものだ。

 全く噛み合わぬ道徳観を持つ者というのは、集団生活においては特異点となる。

 排斥される動きが起こるのも無理はない。

 何せ、彼らが居るだけで、法が法として機能しなくなる可能性があるのだから。


 (彼らの視点からすれば)迫害され、様々な場所から排斥され、彼らが最終的に身を寄せたのが、今あるコミュニティだ。

 彼らにとってそこは『聖地』なのだそうだが。宗教的な謂れなどの全くない土地だが、まあ彼ら自身がそう言うのだからそうなのだろう。


 私は人をやり、その『聖地』とやらと、そこに暮らす人々について調べてみる事にした。

 私はその頃、十四歳だった。



 ある日、フィオリーナの村にやった隠密から、怪しい人物を捕らえたと報告があった。引き渡したいので人を派遣してくれ、と。

 さて、何が釣れたか。

 シュターデンの目論見に近付けるものであれば良いのだが。


 村の近郊に詰めている騎士に通達を出し、その人物を引き取りに行かせた。だが、一歩遅かった。

 捕らえられたのは中年の男だったのだが、捕らえられていた納屋で死んでいた。どうも口中に毒薬を仕込んでいたらしい。

 猿轡を嚙ませていたのだが、意地で仕込んだ毒薬を飲み込んだようだ。

 そこまでするか?

 だがもしも、これが狂信に基づいたものであるならば、そういう事もあるのかもしれない。

 結局その男については何も分からず、収穫はほぼなかった。

 自殺に使われた毒薬は即効性のある神経系を麻痺させるもので、入手はさほど難しくもないものだった。多少の野草の知識と精製の知識さえあれば、素人であっても作る事のできるものだ。

 村人ではないし、近隣の集落に訊ねても男の身元は不明だった。


 ただ少々気になったのは、その死んだ男の見目が、どことなく隠密に似ている事だった。

 髪や目の色は同じで、遠目に見たら間違えそうなくらいに背格好も似ている。


 もしや、フィオリーナの母を何らかの手段で殺害し、その後隠密も殺し、隠密になり替わろうとしていた?

 ……いや、無理があり過ぎる。

 だがシュターデンが、その無理な計画でも実行しようとするくらいに焦っているのだとしたら?

 ……これは、『聖地』へ調査に行った者の報告を待つとしよう。


 それから数か月して、調査にやっていた者が戻ってきた。

 報告を聞いて驚いた。

 例の宗教一派は、信者の数が数十人にまで減っているそうだ。私が参考にしていた書物は、二十年程以前に刊行されたものだ。たった二十年で、それ程に減るものだろうか。


 元々閉鎖的であったコミュニティは、今では閉鎖的どころか、外部の人間を完全に中に入れなくなっているらしい。

 そしてそれはやはり、彼らの教義故の排斥と、改宗・棄教を望む者の離脱によるものだった。

 更に、残った数十人の内、大半が老人であるようだ、と報告を受けた。


 調査にやった者は、そのコミュニティに居る比較的年若い人物に話が聞けたそうだ。『年若い』といっても、既に三十代は超えているであろう男性だったそうだが。

 その男性の話はこうだ。自分たちやそれより若い者たちは、老人どもが死ぬのを待っているのだ、と。自分たちにはこの宗教を信奉しようなどという気はない。どう考えても、この集落には未来がない。宗教もそうだ。

 なので、狂ったように教義を盲信する老人どもが、勝手に死んでしまうのを待っているのだ、と。

 改宗や棄教を願い出ると、恐らく殺される。勝手に集落を抜け出したとしても、いつ見つかるかと怯える日々があるだけだ。

 時間さえ経てば、老人どもは勝手に死ぬ。そうしたらこの村を燃やし、俺たちは自由になる。


 成程、それは焦る理由にもなる。


 そして男性は、調査にやった人物に忠告してくれたそうだ。

 あんた、この集落を嗅ぎ回るんなら、精々気を付けなよ。今、この国の偉いさんに、ここの出身者が一人食い込んでるんだ。何調べてんのかは分かんねぇが、見付かったら厄介だぜ。

 男性は親切にも、『国の偉いさん』の名前を教えてくれたそうだ。


 更に調べた結果確かに、『法務』という最も彼らが触れてはならない部門に、この集落出身の人間が居たらしい。

 出身地は巧妙に偽造されていたそうだが、例の集落出身であるという答えを知る者からしたら、辿る事は難しくなかったそうだ。

 しかもその人物は、法務大臣などという要職に就いており、王からの信も篤いと評判だった。


 調査に行ってくれた者は「殿下が何をお調べになりたいのかは存じませんが……、これ以上の深入りはおやめになった方が賢明かと」と締めくくった。


 危険な調査に行ってくれて有難う。非常に有益な情報ばかりだった、と労い、一応暫くは身辺に注意を払うように忠告しておいた。


 この『敵』は、数こそ多くはないが、思った以上に厄介な相手なのでは?

 他国の大臣なんぞが絡んできてしまった。

 確かにこれは、下手につついたらとんでもない事態になる。

 シュターデンが信教の元に動いているという確証はないが、もしそうだった場合、他国の大臣などという要人が動く可能性が出てきた。


 さて、どうするか……。

 ……友人たちに、手を借りるか。危険ではあるのだが、それでも手を貸すと言う者からだけ助力をもらおう。


 私はそう決めて、友人たちに宛てて手紙を書いた。

 この日、この時間に城へ来て欲しい。話したい事がある、と。

 書き上げた三通の手紙を侍従へ託し、彼らに何をどう話そうかと考えるのだった。



   *  *  *



「三通?」

 仲良し六人組なのに? 二人ほどハブられてますけど?

「そう。私は『令息だけ』に手紙を書いた。公爵令嬢とセラには書かなかったんだ」

「何故です?」

 仲間外れ、ヨクナイネ。

「どうにも物騒でキナ臭い部分しかない話だ。巻き込む相手は少ない方がいい」

 まあ……、それは確かに。

「あと……」

 あと?


 クリス様は言葉を切ると、私を見て微笑んだ。

 その笑顔は相変わらず、眩しそうに瞳を細め、大切なものを慈しむようなあの『好感度カンスト』な笑顔だ。

「可能であるならば、君を巻き込みたくなかった。危険な事がありそうだからこそ、そこから君を遠ざけたかった」

 うっ……。

 笑顔が眩しすぎて、直視できないわぁ……。


「セラを一人だけ外す……というのも不自然かと思って、公爵令嬢も外したんだ。そうすれば三人はきっと、『ああ、女性を外したのだな』と思ってくれるだろうと」



   *  *  *



 集まってくれた三人に、私は簡単に事のあらましを話した。詳しい事情は話せないのだが……と前置きをして。

 まず、シュターデン伯爵家が、例の宗教の信者である可能性がある事。

 そしてその宗教の信徒が近年急激に数を減らしている事。

 その信徒たちは我が国の国宝である精霊の石を特別視している事。


 そこから先は、私が繰り返してきたやり直しの中で見聞きした事を『推測』として話した。

 その宗教の信徒たちは、精霊の石を奪還する作戦を立てているらしい事。

 『奪還』の実行部隊として、シュターデンが古くからこの国に潜伏しているのではないかという事。

 連中の教義に則れば、『奪還』という正しき行いの為であれば、この国がどうなろうがそれは罪でもなんでもなくなるという事。


 シュターデンとその宗教の関連性は、まだ確証は取れていない。

 シュターデン家は見張らせているが、家に出入りするのはこの国の商人などばかりで、これと言って怪しい人物などは居ない。

 確証さえ取れれば、連中の動きはもっと読み易くなる。

 それが確定したとして、迫害や排斥などをするつもりはないが、あの宗教の信徒と周知されればシュターデンの言葉に耳を傾ける者は減るだろう。


 もしかしたら起こってしまうかもしれない惨事を、事前に防ぎたい。

 どうか力を貸してほしい。

 ただ、相当に危険であることは確かだ。降りるというのであっても、私はそれを咎めるつもりはないし、勿論、非難するつもりもない。


 話し終えて、さて三人がどう出るか……と待っていると、まず公爵令息が口を開いた。

「あのシュターデンという家は、相当に評判が悪いようです。社交なども殆どせず、家に引き籠っているのだとかで……」

「商人が出入りしていると仰いましたが、それは本当に商人ですか? あの家は、金払いが悪い事で有名です」

「いい噂がナイんですよねー、あの家。今の伯爵の兄だったかが出奔した時、結構な噂になったとか」

 公爵令息に続き、子爵令息、侯爵令息もそれぞれそんな事を口にした。


 『シュターデン伯爵家』という家が、それほど悪評の的になっていたのにも驚いたが、それよりも彼らは――

「協力いたしますよ、クリス様」

 代表するように公爵令息が言い、他二人も笑顔で頷いてくれた。


 ああ……、一人じゃない。

 味方が居るというのは、これ程に心強いものなのか。

 何度も何度も、一人で足掻いては何も変えられず、何をどうしたら良いのかも分からなくなりそうだったというのに。

 私はどうして、一回目からこう出来なかったのだろう。

 今回どのような結末になるにしても、離宮で一人、餓死を待つ事だけは回避できそうだ。


 そして、この誰が見ても危険と分かる話に、それでも協力すると言ってもらえる程、私は彼らと『友』になれたのか。


 今まで何度繰り返したか知れない『やり直し』が、何だか少し報われたような気がした。

 嬉しくて、うっかり泣いてしまいそうになったが、それは奥歯を噛んで何とか耐えた。

 ……多分、気付かれていただろう。けれど、三人とも指摘してこなかった。なんて『いい奴ら』なのだろうか。


 そんな感傷に浸っていたのだが、彼らはとんでもない事を言い始めた。

「セラフィーナ嬢はともかくとして、フェリシア嬢は巻き込んでも良かったのでは?」

 ……え? 何がだ?

「クリス様がセラを巻き込みたくない気持ちは分かりますけどねー。でもこんなの、もしバレたらめっちゃ怒られそう」

 え? は?

「セラフィーナは独特な視点をしていますからねえ。大切な人を守りたいクリス様のお気持ちも分かりますけど、彼女にもちょっと意見を聞いてみたいですねえ」

 いや、あの……、……え!?


 彼らは何を言っているのか。

 訳が分からずきょとんとしてしまった私に、公爵令息が笑いながら言った。

「ご自分で気付いてらっしゃらなかったのですか? セラフィーナ嬢と居る時、どれ程嬉しそうに緩んだお顔をされているか」

 は!? ……いや……、……嘘だろう?

「え!? いや、逆に聞きたいんですけども、クリス様、隠してるつもりだったんですか!?」

「……気付かないセラフィーナもどうかと思ってましたが、クリス様も相当……」

 侯爵令息と子爵令息に呆れたように言われ、私は思わず顔を両手で覆って項垂れてしまった。

 その私を見て、三人は楽しそうに笑うのだった。



   *  *  *



「感情を隠す、という事に、まだ慣れていなかったんだね……」

 クリス様は遠い目をしてらっしゃるが、私はそれをどういう顔で聞いたらいいのか……。


 しかしそうか……、薄々自分でも勘付いてはいたが、セラフィーナ『鈍感ヒロイン』特性持ちか……。

 どうも私は、恋愛系の好意に疎い。『今』のクリス様くらい露骨だと、流石に分かるが。

 というか、『悪意』や『敵意』にだけ敏感で他に疎い、が正解だ。振りかかる火の粉は払うなり避けるなりしなければ実害が出るが、好意に関しては気付かなくても害がない。『害がないもの=放置してOK!』という公式が、私の中では成り立っているからだ。


 しかしクリス様、『感情を顔に出さない』という事には長けてらっしゃいそうなのだが……。

「クリス様は、今はもう『感情を隠す』という事に、慣れたりは……」

「自分で言うのもなんだけど、得意な方かな」

 デスヨネ。

 何言われても、常に鉄壁の愛想笑いですもんね。

 じゃあ何で、私に対してはこう露骨なんだ……。


「セラは今、『どうして自分に対してだけ、好意を隠そうとしないのか』と思ってる?」

 心をー! 読まれたァーー!!

 え、なにこの人、怖い。何かそういう能力お持ちなの?

「別に特殊な能力があるとかいう訳ではないよ」

 だからぁーーー! 私、声に出してないのにィーーー!

 クリス様は私を見ると、少し楽しそうな笑顔になった。

「私は多分、君自身よりも『セラフィーナ』を知っているからね。君は今十三歳だけれど……、私はもっと長い時間、君を見てきたから」


 ……ヤベェ。

 感動するとこかもしんないけど、まず『うっすら怖え』って思っちゃった……。

 ……今度から、『好意』にもちょっと敏感になっていこう、セラフィーナ。貴女が鈍感なおかげで、クリス様になんかちょっとストーカーっぽい空気あるから。

 もうちょっと周り見ていこう? ね?


「……何か失礼な事を考えてない?」

「いえ! 全く!!」

 ナイデストモー!!

 クリス様は「ふぅん」と仰っただけで、それ以上突っ込んでこようとはしない。……が、どう見ても納得しておられない雰囲気だ。

 だが知らん! 藪を突いても、確実に蛇が出るのが分かってるんだ! そんな藪には近寄らん!!



   *  *  *



 三人に協力を頼んで半年もしないうちに、続々とシュターデンに関わる情報が集まってきた。

 やはり『一人ではない』というのは素晴らしい事だ。私では見えないものを見てくれる者が居るし、聞こえない声を拾ってくれる者も居る。私が思いもつかない事を思いつき実行してくれる者も居る。

 ああ、そうか。

 『王』とは、こういう仕事をする者か。

 『国』という巨人の頭となり、手足を耳目をどう使えば良いのかを考える。それが、『王』という者の仕事か。


 シュターデンの家に出入りしていた『商人』というのは、正真正銘、この国の有名な商店の者だ。詳しく調べてみた結果、シュターデン邸に出入りしているのは毎度同じ男だと分かった。その男はきちんとその商店に勤めている裏が取れている。御用聞きをしている店員だ。

 だが、その男について更に詳しく調べてみると、その男の出身地が例の集落である事が分かった。

 その店と懇意にしている侯爵令息が、家の名前を使い調べてくれたところによると、シュターデンは特に何かを購入している訳ではなかった。

 では、何の為に出入りしている?

 一番ありそうなのは、本国との連絡係だ。

 男はシュターデン家に出入りする際、店の焼き印の入った木箱を抱えていくそうだ。果たして中には、何か入っているのかいないのか……。


 シュターデンが例の宗教の信徒だとするならば……、と、子爵令息はシュターデン邸の周囲の教会を当たってくれた。

 彼らが礼拝にやってきたり、寄付をした記録はないかと。

 当然、両方ともなかった。

 『教会への寄付』というのは、『分かり易い善行』として貴族は良く行う。手近な教会に金や物資を幾らか送るだけで『善行を積んだ』とされるのだ。貴族にとっては非常に手軽に評判を上げる手段として人気だ。

 それをしていない。

 まあ、別に義務ではないのだから、しなくても良いのだが。

 ただシュターデンが異教の信徒だとするならば、話は変わってくる。

 他の宗教の教会なぞに、寄付などをする筈がないのだ。礼拝も同様だ。そこに彼らが膝を折り頭を垂れるべき神は居ないのだから。


 公爵令息は、シュターデンの兄が失踪した当時の法務の記録や、当時を知る者たちを調べてくれた。

 兄に関しては、当時のシュターデン伯爵――現伯爵の父から、『長男の失踪届』と『それに伴う後継者の変更届』が提出されていた。

 失踪したシュターデンの長男という男性は、あの家の人間としては驚異的な程に社交的な人物であったらしい。その長男と親交のあった、とある伯爵がそう言っていたそうだ。

 その伯爵は長男と友人関係であり、彼の言ではシュターデンの長男というのは『博識な世間知らず』だったそうだ。

 知識は非常に豊富で一つ一つの造詣も深いのだが、それら全てがまるで『ただ本を読んで覚えた』だけのようで、現物を見ても目の前のものと彼の中の知識が紐付けされていない事が多々あった、と。

 たとえば、我が国の郷土料理で『干した羊肉を香りの強い酒で戻し、香草や多種のスパイスを刷り込んだものをパイで包んで焼く』という料理がある。貴族の食卓には余り上らないだろうが、その辺の食堂なんかには必ずと言っていい程おいてある。

 彼ら二人で下町のバーで飲んでいた際、長男が「そういった料理があるそうだよ」と、その料理を食べながら言っていたそうだ。

 一事が万事、その調子だったらしい。

 その伯爵は、長男が愛したという女性も知っていた。

 下町の食堂の看板娘で、穏やかな笑顔の落ち着いた女性だったという。

 手を握る事すら出来ない長男に、伯爵が「子供か」と揶揄うと、長男は「結婚するまでは不埒な真似など出来ん」と真面目くさって答えたそうだ。伯爵は公爵令息に「真面目も過ぎると、周囲は呆れるものです。コイツは覚えておいて損のない、年長者からの忠告ですよ」と言ったらしい。

 友人であった伯爵は、長男が『失踪』する以前の様子を良く覚えていた。

 浮かない顔をする事が多くなり、見る度にやつれていったそうだ。

 彼女と何かあったのか? と訊ねると、「そういう訳じゃないんだ。ただ、家の方でちょっとね」とだけ答えた、と。

 暫く会わない期間があり、最後に会ったのは『失踪』の二週間ほど前だったそうだ。

 やつれているだけでなく、肌にも髪にも艶がなく、一瞬誰なのか分からない程に様変わりしていたという。

 心配した伯爵に長男は「もし私に何かあったら、彼女に伝えてくれないか? 愛していた、と」と言付けたそうだ。

 縁起でもない言付けに不穏なものを感じたそうだが、長男はそれ以上何も言わず去っていったそうだ。

 二週間後、シュターデン伯爵家の長男は、忽然と姿を消した。

 シュターデンの縁者という男爵が「彼は市井に愛した女性が居たようですから、彼女と駆け落ちしたのでは……と、伯爵家では専らの噂です」と吹いていたそうだ。ただ伯爵はそれを聞いて、『シュターデン家では、彼の失踪についてそう思わせたいのだな』と思ったそうだ。

 そして伯爵は、長男が居なくなった事を伝えに、女性の働く食堂を訪ねた。

 嫌な予感はしていたらしいが、その予感は的中する。

 女性は、長男が姿を消したとされる同日に、暮らしていた長屋から姿を消していた。

 伯爵は「二人とも『手と手を取り合って駆け落ち』なんていうタイプの人間ではないので、どうもしっくりこなくて……。彼の別れ際の言葉の事もあって、実は今でも気になってるんですよ」と言っていたそうだ。

 そして「もし彼の行方に関して何か調べてるんでしたら、私にも協力させてもらえませんか? ……彼の友として、彼が今どうしているのかは非常に気になりますので」と言ってくれたそうだ。


 シュターデンにとって恐らく、この『長男の友人』の存在は計算外なのではないか?

 不審に思ったところで、貴族のお家騒動でしかない。司法の強制介入でもない限り、他人では手が出せない。

 だが、強制的に手を入れる理由が、今のところはまだない。


 私たち四人はこうして、地道に様々な角度から情報を集めていった。



   *  *  *



 すげえ……。知力だけじゃなくて、権力も持った少年探偵団すげぇ……。確かに公爵家のお坊ちゃんが「お話を聞きたいのですが」てきたら、簡単に追い返せねえ。大店(おおだな)のお得意様の侯爵家の坊ちゃんも「まあ、お店はここだけじゃありませんから」とか言ってやれば、取引記録くらい見せてもらえそうだ。

 おまけに彼らには伝家の宝刀『王太子殿下のご命令』というものもある。

 つよい。この子たちつよい。


 でも確かに、自分の知らんとこで男連中だけでこんなことしてるって知ったら、セラフィーナはつむじをガッツリ曲げるわ。ぺっこり45度どころか、ガッツリ90度だわ。……公爵令嬢様はどうか分かんないけど。


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 ちょっとむすっとしていたら、クリス様に気付かれた。

「……どうかした?」

「仲間外れは良くないと思います」

 小学生の学級会みたいな発言だが、仲間外れは良くない。

「そうだね。……でも、危険な事は確かなんだよ」

「それは承知です。ですが、セラフィーナや公爵令嬢様がクリス様達と『友人』である事は、周知の事実なのでしょう? だとしたら、何を知っていようがいまいが、狙われる時は狙われるのではないかと思うのです」

「うん。そうだね」

 即答したクリス様に、ちょっとした違和感を覚えた。

 『そうだね』? て事はもしかして、私か公爵令嬢様に何かあった?


「君が以前言ったよね。『危険をそれと知らされず、巻き込まれる方が恐ろしい』と」

「ああ……、言いました……かね?」

 いつだか分かんないけど。

「言ったよ。……シュターデンの一派の処刑者リストを見ていた時、かな」

「ああ……」

 言ったかも。良く覚えてないけど。

 それが何か? とクリス様を見ると、クリス様は苦笑した。

「そうすれば良かったな、と思ったよ」

 自嘲するような、何だか後悔の滲んだ声だ。


 何あったんですかねぇ?



   *  *  *



 私たち四人が何やら調べている、という事が、父の耳に入ったらしい。

 父から「何をコソコソと調べ回っているのだ」と言われてしまった。

 遠からず父の耳には入るだろうな、とは思っていたので、それ程の動揺はなかった。

 私が十六の頃だ。友人たちとシュターデンを調べ始めてから、二年経った頃だった。


 私は友人たち三人を連れ、王と宰相にのみ、私たちがシュターデンを調べている事を告げた。

 そしてそれまでに分かっていた様々な事柄も。

 何故『宰相にのみ』としたかというと、シュターデンの息のかかった者はそれなりに広範囲に散っており、この時点で誰が信用に足るかが分からなかったからだ。

 この『息のかかった者』というのは、宗教で繋がっている訳ではない。国を崩壊に導く三つの勢力の一つ『王位簒奪派』という連中だ。現時点では彼らの利害は、シュターデンと一致しているのだ。


「異教の宗教派閥に、王位簒奪派、か……」

 深い深い溜息をつく父に、私は告げた。

「現時点では、彼らの利害は一致するのです。……事態が連中の思い通りに進んだ場合、袂を分かつ事になりますが。『敵の敵は味方』という繋がりでしかありません」

「現状、連中は『簒奪』までは考えていないでしょう。『今より良い地位に』くらいの思惑しかありませんが、『王位に手が届くかもしれない』と誰かが唆せば、連中はその気になるかと思われます」

 私の言葉を、公爵令息が補足してくれる。

「シュターデンという家に関しては、良からぬ企みがあるのはほぼ確実です。が、あと一押しの確証が足りません」

「シュターデンの手の者たちは、余りに意味不明な動きをしています。ですがそれらを『信教に基づいた国家転覆』を目的に据えて見ると、点と点が意味を持ち始めます。……私にはそれらは、偶然とは思えません」

 侯爵令息と子爵令息も、私たちに続いて発言した。


 王を前に、それでも彼らは私の突拍子もない疑問から調べ始めた事柄を、恐れる事無く淀みもなく発言してくれる。

 良い友を持てたものだ、と、嬉しくも心強くも思った。


 私たちの話す内容に破綻のない事に、王も宰相も驚いていたようだ。

 けれど、それは当然なのだ。

 仮説を組む上で破綻するような箇所は、それこそ何度も調べなおし、仮説を組みなおし、四人で今日まで考えてきたのだ。

 けれどあと一歩。

 シュターデンという家と、その周囲の連中を何とかする為のあと一押しが足らない。


「良く調べたものだな……」

 感心したような王の言葉に、一歩後ろに立った宰相も頷く。

「見事に良からぬ連中ばかりで、殿下方の仰る『企み』があろうがなかろうが、このリストは役に立ちそうです」

 なら是非、その連中を捕縛してくれ。そして牢獄にでも突っ込んでおいてくれ。

 そう思っていると、王が私を真っ直ぐに見た。


「時にクリス、お前は何故、シュターデンがそういう厄介な宗教の信徒だと思ったのだ?」

 何と答えようか、かなり迷った。

 私と両親とは、恐らく『一般的な』親子関係ではない。物語に出てくるような、温かな関係性はさほどない。

 王は――いや、父は、信じてくれるだろうか。

 己の息子の身に起こっている、荒唐無稽で不可解な現象を。


 暫くの逡巡の末、私は決めた。

 父に、全てを話してみよう、と。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 私だって少年探偵団に入りたい! ポジションは哀ちゃんで! クールでデキる女で! とても夢中になって読めていたのに、ここで急に現実に戻されました。 いくら有名でも明確に他作品のキャラ…
[良い点] 少年探偵団…わくわくする響きです。 少しずつ真相に近づいていく過程がたまりません。 ただ、このループ回ではまだトゥルーエンドには辿り着けないのでしょうが…うう、続きが気になります〜。 ……
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