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 集落の外れの柵に背中を付けて、膝を抱える様にして顔を伏せる。


 私はいつもこうだ。嫌なことが有れば逃げ出してしまう。昼なら丘の上、暗いならここで膝を抱える。

 

「母さんも悪いんだもん」


 呟いた言葉は思いとは裏腹の言葉で、この怒りは八つ当たりだと心では知っている。母さんは悪くない。まあ、大事なこと言ってくれなかったのは頭にくるけど、頭にきたけど!


 ……聞いてもどうしようも無いことだったと頭では理解している。


 草原では使えない魔法を教えてくれる人はいないだろう。父さんが知っているかもしれないけれど、教えるのは草原では大変なんだと思う。そして、そんな状況で魔法を使える様になっても大して役にたたないだろうし。


 草原の外なら何とかなるのかもしれないけど、私は臆病だから、きっと草原を出る選択肢は取れなかった。結局、体質として諦めてしまっていても問題無かったんだ。聞いても聞かなくても同じ事、というか現実を突きつけられた気分で余計打ちのめされる。


 教えてくれないのも母さんなりの優しさだったはずだ。


「マリカ」

「誰の差し金ですか?」


 わざわざ来てくれたコウさんに顔も上げずに冷たい声が出た。客人に八つ当たりするなんて我ながら最低だ。


「マリカの家族全員と、一番は俺の意思」


 とす、と隣に座った音がして、左側に感じる他人の体温に何だか余計涙が溢れた。コウさんはそのまま何も言わずに隣に座ってくれていた。家に帰ろう、とも、家族と仲直りしろ、とも言わなかった。


「……聞きましたか? その」


 私の事、と言う単語を濁した。コウさんが全部聞いていて呆れていたらどうしよう。人によってはちっぽけなことで悩んでいると思っているだろう。でも私にとっては大きな悩みだった。


 私は母や姉達と、草原の民代表みたいな人達と私は全く似ていない。例え父さんに似ているとしても、父さんは男の人だからずっと家には居てくれない。


 強い女達の中に居ると、私は広い草原の中に独りぼっち、そんな感覚になってしまう。


 それはとても寂しくて惨めで。


「上澄み位、だな」

「……呆れてます?」


 それとも笑っているのか。悩みまで小さいと、言われたら……立ち直れないかも。


「いや、他人に共感されない悩みは身に覚えが有るから呆れはしない」

「……コウさんも何か悩みがあるの?」


 袖で目元を拭って顔を上げると、空を見上げながら真面目な顔をしているコウさんの姿が見えた。


「うん、俺のこの顔、体つき、身体能力、知能レベルがそっくりな兄弟がいる」

「……えーっと、コウさん、双子?」

「そう、自分と同じのがもう一人居てみろ、結構キツイぞ。見分けられるのは両親だけだし、何やっても勝ち負けが付かない。そのくせ回りは優劣を付けたがるんだ、俺らを争わせようとしてな。うんざりしたよ。結局どっちか分からない癖にってな」

「そう、なんだ」

「呆れたか?」

「いえ、コウさんにしか分からない悩みですが、呆れはしません」


 想像することは出来るけど体験は出来ない。コウさんとその双子の片割れの人にしか分からない悩みだろう。


「マリカと同じだな」

「そうでしょうか? そう、ですね」


 コウさんの悩みを聞いていると自分の悩みの方がちっぽけに思えた。でも多分コウさんも同じなのかな、なんて思わせてくれたから素直に頷くことにした。


 少しの沈黙の後にコウさんが何か思い付いた様に、そうだ! と手を叩いた。


「なあ、せっかく魔法の素養が高いって分かったんだ、魔法を使ってみたくないか?」


 ニヤリと口の端を上げイタズラでも思い付いたみたいな顔をしてコウさんが私に聞く。


「……私に使えるでしょうか?」

 興味が無いと言ったら嘘になる、でもいきなり使って大丈夫なものなんだろうか? 訓練とか、基礎知識だとかは……?


「大丈夫、操作は俺がする」


 言ってから、コウさんは跪いて手を出した。


「お手をどうぞお嬢様」


 物語のワンシーンの王子様のように、キザったらしく決めポーズで言うものだから笑ってしまう。だって全然似合ってない。


「よろしくお願いいたします、王子様」


 クスクス笑いながら手をとると、コウさんは一瞬驚いた顔をした後に、にこりと微笑んだ。ふと見えたコウさんの素の表情に、ドキッと心臓が跳ねた音が聞こえた。


「じゃあ右手はそのまま、左手は空を指差して」


 言われたとおりにするとコウさんは笑みで肯定してから、一言二言小さく呟いた。とたんに私の身体から指先に向かってナニかが集まり、上に放たれる。


 思わずその何かを目で追った。それは指差していた場所へ向かい――


 空に光の粒が弾けた。


 刹那の間に咲く花のように、色取り取りの輝きを放ち消えてゆく。星とは違うその輝きに一瞬で魅せられる。


 これが、魔法。


「凄い、コウさん凄い!!」


 コウさんと繋いだ手をブンブン振った。色々な感想が有るのに凄いとしか言葉に出来ない。


「今の魔法はマリカが使ったんだ。だから凄いのはマリカだ」

「そっか、コウさん凄い!!」

「そっか、って……ま、いいか」


 コウさんは諦めたように呟いて、空いている手で頬をかいた。


「凄いです、これが魔法なんですね!」

「ああ、凄いだろ本調子ならこんなもんじゃないぞ、続けて何回も出来る、マリカも練習すれば一人で出来そうだ」

「ええ!? 凄い、凄い!!」


 子どもみたいに凄いを連発してしまい、恥ずかしい思いをしたのは後になってからだ。夜寝る前に頭を抱えて悶え転がる羽目になった。


「笑ってた方が良いな」

「……え?」

「マリカは笑っているのが一番可愛い」

「……コウさんは」


 ん? と余裕で続きを促されて、私だけいっぱいいっぱいなのが気に食わなかった。

 コウさんはずるい。


「コウさんは人たらしですね」

「たらす人は選んでるつもりだけどな」


 クスクスとどちらともなく笑い、身体が冷えるまで二人で他愛もない話を繰り返した。嫌な感情はどこかに吹き飛んで消えてしまっていた。


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