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「で、真面目な話とはなんだい?」
そう切り出したのは母さんだ。家の前で騒いでいたのがお昼時で、タイミング良く皆が帰ってきたため、皆でコウさんの真面目な話を聞くこととなった。
「マリカを攫ってく話?」
大姉ちゃんがニヤニヤしながら聞いてくる。やはり通達済みであったか。いいんだけど、居たたまれない。
「その前にお話しておかなければならないことがあります。俺の身の上なんですが」
コウさんはそう前置きしたうえで、真剣な表情でこちらを見て口を開いた。
「マリカ、もしこれを聞いて気が変わったとしても、責めないから言ってほしい」
私は首を縦に振って返事をした。コウさんはちょっと寂しそうな顔をしていたが、私の気が変わる前提なのだろうか? ちょっとイラッときた。
「俺の本名は、ルビス・ジュエルドと申します。西の国、ジュエルド王国の第二王子です」
姉ちゃん達は驚きを顔に出していた。父さんは通常運転である。さては聞いていた……かな?
「それがどうしたんだい?」
母さんも普段通りだ。もちろん私も今さら驚けない。だってあの人何回殿下って言ってたと思ってるの。
「俺はこの立場故に国に帰らなければいけません。ですが、マリカが好きです。マリカさえよければ婚約者として国に連れ帰る許可を下さい」
深々と手を付いて頭を下げたコウさんの姿を見て思った。そう言えば好きだと言われたのこれが初めてだ。
「なぜ先に私達へ聞くんだい? 本人さえ良ければ拐っていけばいいだろう?」
「マリカの大切な家族だからです。そしてマリカを大切にしている家族の皆さんだからこそ、先に許可を頂きたいんです」
深々と頭を下げているコウさんの隣で私も手を付いて頭を下げる。
コウさんはこんなにも私や私の家族の事を大事にしてくれる、気が変わるわけない、こんな人手放せるはずがない。
「お願いです、私もコウさんに付いて行きたい」
母さんがため息混じりで顔を上げるようにと言った。母さんを見ると少し寂しそうな顔をしている。
そんな顔はあまり見ないので少し意外だった。
「本人がいいって言ってるんだ、異論は無いよ。ただ聞かせてくれ、家の娘はあんたの国じゃあ外国の平民となるが、あんたの立場で結婚出来るもんなのかい?」
「普通は出来ないので、協力を得られる貴族の養子になってもらいたいと思います」
コウさんはもちろん家族との縁を切れなんて言わないところにお願いしますと付け加えていた。
「当ては? もちろんマリカが不憫なことにならないようなところだよ?」
「十分過ぎるほど有ります、現王家と繋がりが持てるならどんな条件を付けても、もろ手を上げて殺到します」
ずいぶんな自信だねと母さんが鼻を鳴らした。コウさんのお父さん、現国王様は臣民から賢王として支持されているらしい。
「じゃあその候補に僕の実家も加えておいてもらえるかな?」
さらっと言われた言葉に思考が停止した。父さんの、実家?
「え?」「は?」「ふーん」
姉ちゃん達も三者三様の反応を見せた。
「え、この流れで父さんの実家が候補って?」
「実家は西の国の貴族だよ」
「はぁ? じゃあ父さん西の国の貴族?」
「元、が付くね。僕はもうここの人間だから」
「だから食事のマナーに厳しかったわけか、父さんの魔力が高いのも」
「書物で勉強させようとしたのもね、まあそれはマリカしか興味を示さなかったけど」
大姉ちゃん中姉ちゃんが混乱しながら父さんに聞いていて、小姉ちゃんだけ訳知り顔をしている。ぐぎぎっとコウさんの方に首を動かして聞いた。
「もしかして聞いてました?」
「うん、対決の前にチラッと」
これは私がコウさんの申し入れを受けるであろうと思われていたのか。やはり家族にはバレバレ、そして……それをいったん微妙な空気にしてしまって申し訳ない。
「知らなかったわ」
「母さんにも言って無いからね」
大姉ちゃんの呟きに父さんが答える。
でも母さんは察していたのではないだろうかと思う。
「おや、言っても良かったのかい?」
「娘のために使えるコネは使わないとね」
仏頂面の母さんに対して苦笑いで話す父さんが印象的だった。母さんが死ぬまで黙っているのかと思った、なんて言ったのは、きっと今まで言ってくれなかった嫌味である。
「うーん、マリカが先に嫁へ行くのかぁ。なんかやっと実感湧いてきたけど大丈夫か? 姑にいじめられても助けに行けないぞ!?」
「コウさんが第二ってことはお兄さんがいるんだよな!? 兄嫁に虐められたらどうする!」
「お姑さんは分からないけど、兄嫁さんなら大丈夫そうかな? むしろお会い出来るのが楽しみ」
中姉ちゃんの言う姑さんは知らないが、小姉ちゃんの心配している兄嫁なら大丈夫そう。
だって多分きっとあの人だし。
「会ってガッカリするなよ? なんて言うか、色々残念な人だ」
「それはなんと言うか、分かってますから……」
色々お世話になっておいて何だが、頼れる愉快で楽しい人だけど、たまにポンコツであると思っています。
「いや両方」
え、お義母様も愉快なポンコツなの?
「まあ話が大分逸れたが好きに連れて行きな、私は反対しないよ」
母さんの言葉に姉ちゃん達が続く。
「私も、幸せにしてくれるなら」
「私も、苦労させないなら」
「私も、寂しい思いさせないなら」
「必ず、と言いたいところですが、お約束は出来ません。その代わり二人で幸せだと言えるように、苦労しそうなときには二人で解決法方を探せるように、マリカが寂しい思いをしないように、それを叶えるお約束はします」
必ずと言い切らないところがコウさんらしい。この人とならどこへ行っても大丈夫だ、と心から思った。
「やっぱり娘はやらん!!」
皆快諾ムードの中、空気を読まずに父さんが言っていた。
「……一回言ってみたかっただけだよ」
女五人の白い目に耐えきれず父さんが早々に音を上げた。
「だってあの魔窟にマリカを放り込むわけだし、一回は拒否しておきたいなって」
「さっき私の養子先に父さんの実家を上げていたのは聞き間違い?」
父さんの実家は魔窟なのだろうか? ならばなぜそこを娘の養子先として選んだの!?
「実家は大丈夫だと思うけど社交界がなぁ、あと貴族として成人と認められるには学園を卒業しなきゃだし……」
「ま、マリカなら大丈夫よ。意外と肝は座っているし」
「結構賢いし」
「かなり頑固だからな」
いじいじしている父さんを尻目に姉ちゃん達が太鼓判を押してくれた。……押してくれたんだよね?
「お義父さん」
「止めてほしい。まだ君にそう呼ばれる覚悟が決まってない」
コウさんの呼び掛けに全力でストップをかけていた。ジトーっと睨むと父さんは分かりやすいように拗ねた。何なんだこの中年。
「まだ、猶予があるじゃないか! 王族なら婚約して一年は結婚出来ない慣例があるし!」
「まあ、心配するのが親の役目だからね。それはさておきのんびりしすぎたからいったん仕事に戻るよ、続きは夜だね」
そう言いながら、騒いでいる父さんを引きずって母さんが出て行った。姉ちゃん達もそれに続く。
「あ、コウさん、マリカに手出したら潰すから」
ダンと足踏みしてグリ、と靴を鳴らしたのは中姉ちゃんである。吊るされた記憶が新しいコウさんは顔を真っ青にして頷いていた。




