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コウさんが吊るされている。
腰に縄を結ばれて、軒先にぶら下がっていた。中姉ちゃんが有言実行したのだ。
「マリカー、たーすーけーてー」
「中姉ちゃんの気が済むまで頑張ってください」
あまり危機感ない感じてぷらぷらしていたので、あまり危機感ない感じて答えた。
あの後居たたまれなくなって集会場を出ようとしたら、集会場で冷やかされ、道中片付けをしていた人たちにも冷やかされ、家に着いたら仁王立ちした中姉ちゃんがいた。
「妹さんを下さい!!」
え、いきなりそれ言うの? 頭を下げながら言い切ったコウさんは考えが有ったのかなかったのか。
「吊るす!」
とりあえず中姉ちゃんの返事はこれだった。あれよあれよと言う間に縛り上げて吊るしていた。
早業である。
「いつ気が済むと思う?」
「さあ? とりあえず皆揃うまでこのままかもしれません」
コウさんは吊るされてからわざとぶらぶらと身体を揺らしている。
「うーん、うっ!」
「コウさん?」
「気持ち悪い……」
「調子乗ってぶらぶらしてるからですよ、お水飲みます?」
足を押さえて止めてあげる。
「いや、戻しそうだからいい……」
……軒先でそれは止めてほしい。
「そう言えばアレどうなったんでしょう?」
気を紛らわせればなんとかなるかもと、すっかり忘れていた今回の件の犯人を思い出した。ついでに意識を失ったせいで往復ビンタし損ねたのも思い出したし、頬を切られたのも思い出したし……
「せっかく魔法が使えたので仕返ししておけば良かったです」
風で巻き上げて垂直落下を繰り返すとか。
「ああ、もうここには居ないからなぁマリカの仕返しは無理そうだな」
「え、拘束しているとかじゃなくですか?」
「集落の人間じゃなくなって、草原に二度と立ち入り禁止、昨日の晩のうちに追い出されたよ」
「なんか納得いかないんですけど!?」
「文句は長に、でも俺は怖いと思ったけどね」
母さんもなんでまた……その程度じゃ皆が許すわけないのに。
「とにかく屑野郎は草原の民ではなくなった、としか俺は言えないな」
ぶるっと震えた後に
「ちなみに、もよおしたんだけど。どうすればいいの?」
と聞かれたので、ここの生活に適応し過ぎたコウさんへ言っておく。
「魔法使えば良いと思いますよ」
「……その手があったの忘れてた」
昨日散々使っておいて、腕輪もまだ着けてて忘れているなんてここの生活に馴染み過ぎではないだろうか?コウさんは無事に縄を燃やして用をたしに行った。
一人になったので考える。集落の人間でなくなる、草原の民ではない……いや、戻ってきたらやりたい放題じゃない?
まあ集団の人間じゃないなら掟は適用外、集落に入りさえしなければぼこぼこに出来る……出来るんだよねと、思い当たってしまって、ある可能性が脳裏を掠めた。
……考えるのは止めよう、ラハラはもはや会うことのない他人。それで良いではないか。行く末なんて知らないほうが幸せな奴だ、多分。
「あれ? コウさんが吊るされてるって聞いたけど?」
「吊るされたの半分小姉ちゃんのせいだからね?」
だからその手に持っている、黄色い汁が肌に付いたら中々落ちない草を捨ててくれ。
「落書きしようとしたのに……」
でしょうね、昔から悪質な悪戯は大体小姉ちゃんが犯人だったし。
「止めてあげて」
「えーだってマリカ連れてかれたら寂しいじゃん、せめてもの仕返し」
「ふふ、昔と逆だね?」
居ないと寂しいと言って付いて回ったことを思い出した。
「うーん、じゃあマリカは私の事嫌い?」
「……好きではないかな」
雷を受けたような顔をした小姉ちゃんに笑いながら伝える。
「大好きだよ小姉ちゃん」
「……可愛い奴め、おい、そこの、やっぱり落書きさせろ!」
小姉ちゃんは私を撫でながら、こっそり戻ってきていたコウさんにそう言った。
「真面目な話をしようとしてるから勘弁してくれ」
「真面目な話ですか?」
なんだろうと首を傾げるが、コウさんは困ったような顔をした。
「……俺の故郷での立場とか」
「察してはいますが、コウさんの口から聞きたいです」
「え、何でバレ……リボンか」
ガクっと肩を落としたコウさんに、その通りですと首を縦に降った。あの方、心の声が賑やか過ぎてポロっと出し過ぎです。
「とりあえず中に入らないか? 家は被害が無かったから中は無事だし」
「コウさん?」
小姉ちゃんの手招きに応じて家の中に入ろうとするが、コウさんが動かなかった。
「俺、吊るされてなくていいの?」
「吊るされたい癖があるなら好きにすれば?」
「断じてございません!!」
コウさんが慌てて小姉ちゃんの言葉を全力否定した。
「慌て方が怪しい」
「そう言えばさっき吊るされて楽しそうでしたよね?」
二人して疑いの目でコウさんを見る。
「図星か!」
「え、私は吊るせませんよ?」
コウさんにそんな趣味があったら困る。コウさんを吊るすには私では腕力が足りないからだ。
「だからそんな癖は無い!」
「冗談だよ冗談」
「え?」
小姉ちゃんの冗談発言に驚きの声を上げた私を、二人が疑いの目で私を見た。
「まさかマリカにそんな……」
「ないです!」
コウさんの言いがかりである! そんなってどんなだ!? 必死で否定しておくが、しかし。
「慌て方が……」
「だからないもん!!」
私の叫びは草原の風に乗って飛んで行った。




