草原の民2
一人で悩んで答えは出なかったから長姉ちゃんに相談した。ラハラのことは伏せて、最近マリカに避けられていることを思いきって言ってみた。
「私にもよ? そんな時期なんじゃないかしら?」
「私まだそんな時期に突入してないんだけど?」
二つ上がそんな時期していないのに、マリカがそんな時期なのはなぜだ。
「あんたはマリカが生まれてからしばらくそんな時期だったでしょ? おかげで私はそんな時期逃したわよ」
思い当たりが有りすぎて何も言えない。
「例えばマリカが、誰かから言われて嫌っているとしたら、長姉ちゃんはどうする?」
「何それ? うーん、でもその誰かから引き剥がせば良いんじゃないの?」
このアドバイスを元に実戦してみたが、結果は惨敗であった。それどころかラハラの話題を出すと警戒されるようになってしまった。
ちょっと、いや、かなりショックだったので、今度は父さんに相談してみた。多分だけど母さんも長姉ちゃんと同じ答えになりそうだと思ったから。
「……良くある洗脳の手段だねえ、ふーん?」
聞くんじゃなかったと後悔する程には冷ややかな声と態度だった。って言うか良くあるの?
「そうであれば無理に引き剥がすのは良くない。ラハラより僕達家族を信用してもらわなきゃ、どうにもならない」
「何を言っても信じてくれないんだ、最近なんかあっても相談すらしてくれない」
「とにかくマリカの言うことを拒否しない、後は言葉と態度で伝えるしかない。母さんには教えておくけどお姉ちゃん達には言わないでおこう。マリカは聡いから、少しでも態度に出てしまえばバレてしまう」
「マリカ前みたいに笑ってくれるかな……?」
「長期戦になるかもしれないけど大丈夫だよ。だって君がお姉ちゃんだから」
そう言してくれたけど、なかなかマリカは頑固でラハラに対する信頼は変わらなかった。向こうも巧妙にこちらに対する疎外感を植え付けていた。
私は短気だから時々失敗して、そこをラハラに付け込まれる。父さんがずっと家にいられればいいけど、父さんも遊牧でいないことが多かったし、母さんは変わらない態度を貫く姿勢だった。多分母さんが正解だったのだろう。私は下手に動いて失敗したし。
焦りだけが募っていた日々の中、その日マリカがコウさんを連れてきたことで状況は一変した。
「俺をどうやって裁くんだ! 全部魔物がやったことだし、死人は出てない。集落の掟じゃあ俺は裁けないはずだ!!」
ラハラの叫び声が耳に入ってきた、煩い。そこら辺の草を口の中へ詰め込みたい衝動に刈られた。
「そうだね、なら今からお前はここの人間じゃない。この集落から、草原からさっさと出て行け」
長である母が冷徹に言い放った言葉に、肩透かしを食らう。え、それだけ? ラハラは出て行ってそれで終わりでいいのか?
「とっとと出て行きな、二度とここへは戻ってくるんじゃない」
ラハラの両親がすすり泣いていた。いや、元気で境の町まで行くんじゃない? こいつなら。白けた目で見ていると近くに父が来ていた。
「ここからはちょっと見せたくないんだけど、気が収まらないだろうし見に来る?」
……どういうことだろうか? ラハラが出て行って終わりではないのだろうか?
「行ってもいいの?」
「うん、でも後悔するかもね。どうする?」
父さんの問いが悪魔の囁きに聞こえた。
どっちでも後悔するのなら見て後悔したほうが良いとその時は思った。
「ごめんなさい、もう許じ」
見て後悔した、多分見なくても後悔はしたけど。
ラハラが集落から一歩外に出た。しかし反対の足は二歩目となることはなかった。その後倒れたラハラへ馬乗りになり殴り付ける近所の顔見知り達。
……集団暴行だ。そこでは目を背けたくなるような光景が繰り広げられていた。
ラハラはもう集落の人間ではない。だから集落の掟は通用しない。その代わり集落の掟もラハラを守ってはくれないのだとやっと理解した。
どんなに痛め付けられてもラハラは死ぬことさえ出来ずにいる、父が魔法で回復しているからだ。
「皆の気が済んだらもっと、うーん、アレなことするけど、帰るかい?」
これ以上があるのかと思ったが、ここまで乗り掛かったのなら、最後まで見届けようと思う。
「一応どうなるか見てく」
「オススメはしないよ」
「別に見たいわけじゃないけど、結末位は知っておきたい」
多分話してはくれないようなことをするだろうから。
「無理だと思ったら早めに帰るんだよ」
その言葉に頷いて、皆はそれぞれ父に後を任せ、去って行ってから父はそれを始めた。
……そしていざことが始まったら速攻で無理っとなった。
それは、あれだ。これは拷問である。
父の言葉の端々から察するに、ある人から魔力を提供してもらう代わり、ラハラに吐かせろ、と言われたらしい。本当はコウさんにやらせる予定だったそうだが、一発KOを決めたとのことだ。マリカを優先したらしい。まあ、よくやったと思う。
「本当に知らないんだ、押し付けられたんだよ、育てたら高い金で買ってくれるって言ってたから、餌は羊食わせておけば良いって」
だから今年は毛刈りが早く済んだのか、羊の数が減っていたから。
「一匹だけおかしな個体がいただろう、アレは?」
「アレがもともと親で一匹だったんだ、アイツに餌やってたらどんどん増えて」
であの大群になったらしい。
「でも言うこと聞くし、脅かす程度に使う予定だったんだ、そう伝えたのに、アイツら興奮すると食いちぎろうとギャァ」
ラハラからパァンと弾けたような音がした。どこが、とは言わないが取り敢えずマリカに治してもらった箇所を押さえた。
「本当だ、信じてくれ、俺が殺せと言ったのはアイツだけ、コウだけなんだよ」
「ふうん、で? 脅かしてどうするつもりだったの? 俺の娘を、俺の家族をどうするつもりだった」
パァンとまた弾けた。
「ひっ止め」
「止めるかよ、何年俺の家族を煩わせたと思っているんだ、こんなのじゃ全然足りない」
三回目、四回目の破裂音へ続く。
最早音声だけで状況を把握している。そして家で怒らせたら一番怖いのは父だと認識を改めた。
それからしばらくすると聞こえていた悲鳴が止まった。
「おや、最後までいたんだね」
「父さんアイツどうしたの?」
「さあ? 死んではいないよ。まだ、ね」
……時間の問題と言うことだろうか?
「一発殴っとくんだったかな?」
「手を痛める価値はないよ」
「そっか、姉ちゃん達とマリカに教えたほうがいいのかな?」
「うーん、こんな方法は向き不向きがあるからね」
確実に姉妹の中では私が向きのほうだったと思う。後は言っても次姉ちゃん位か。
「……黙っておく」
「それがいいね、僕も娘に嫌われたくないし」
地平線から空は白み初めていた。
少し明るくなって見えた父の顔が、いつもの父さんに戻っていてほっとする。
やっと終ったんだなと思えた。




