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「あー死ぬかと思った」

「なんかごめんなさい」


 片膝を付け、男の隣で背中を擦りながらあらためて水袋を渡し、そちらに気を取られている間にジロジロと観察する。


 長い金髪は三つ編みにして赤いリボンで結んである。金に近い琥珀色の目は家のファルコンちゃんに似ている。

 ……鷹だけど名前はファルコンである。


 年の頃は……私とあまり変わらないのかも知れない。薄汚れていはいるが黒のマントは仕立てが良さそうだ。旅の装備にしては、荷物が少ない気がする。鞄やずた袋なんかも持っていないし。


 ……もしかして行き倒れじゃなくて、置き去りとか?


 最近、草原に来るお金持を騙し、金品奪って置き去りにする、草原置き去り詐欺なるものが横行しているらしい。男は軽く礼を言って水を一口、二口と飲むとぷはーっと息を吐き出した。


「あー生き返る」

「それは良かったです」


 返された水袋を受け取りススっと離れる。だって男の人だし、怖いし、得体が知れないし……顔が良いし。


「助かった。有り難う」

「いえ、掟に従ったまで……ですので」


 だからスススっと寄ってこないで欲しい。寄られた分離れると、その距離を詰めてくる。むしろ先程よりも近い。


 何なの? 距離感おかしいの!?


「あ、あのどうして倒れていたんですか?」


 とりあえず勇気を出して聞いたのがそれだった……他に聞くべきことが思い付かなかったとも言う。


「調子に乗って、草原走破しようとしたら迷った」


 ……これ本気で言っていたら、この人ただの距離感の近いただの怪しいおバカな人である。何をどうやれば、この広大な草原をこんな軽装で走破出来ると思ったのかが謎だ。荷物も持っていないし。


「詳しい話しは後で聞きますが、このままだと暗くなって大変なことになります。私の住む集落に案内しましょうか? 馬には乗れますか?」


 取り敢えず結論は置いておくとして、早く帰らなければ。場所が分からなくなる夜は怖い……知らない人と二人っきりはもっと怖い。


「ああ、そうしてくれると助かる。馬には乗れるが、体力的に長時間は無理そうだ」


 ああ乗れるのか、それは良かっ……ないよ!?


 良かない、じゃなくて良くないよ!話す前に少し考えようよ私!このよく分からなくて、得体の知れない、顔が良いけど、謎の男と二人乗りしなきゃならない!


 私は裸馬でも何とか乗れるから、この人を鞍に乗せるとして、鞍には安全に掴まれる様な所はない。体格的に私が前でこの人が後ろ、手綱を握らせるつもりはないから……必然的に掴まれる物は前の人間の腰しかない。


 つまり、私の腰だ。


「あ、あああの、あなたを馬に乗せて私が歩きます!」

「集落までは近いのか? 歩いていたら日が暮れないか?」


 暮れます。どっぷり暮れますよ。何なら二人乗りでシロを走らせるだけでギリです。


「そ、そうですね、そうでした……」


 よろよろと鞍の位置を直しに行く。後ろから刺されたりしないよね? 怖いけど仕方がない、信じるしかない……うん、人命第一! 身ぐるみ剥ぐのは嫌。


 私だって草原の民の女! お腹は括る物である!!


「お待たせしました、鞍の方にお願いします」


 気合いを入れてシロを連れ男の方に行く。


「済まない、お前も荷物が増えて大変だろうけどよろしくな」


 男がシロの鼻先を撫でて挨拶をすると、シロも機嫌が良さそうに鼻を鳴らす。その光景を見ていたらふと、真ん中の姉、中姉(ちゅうねえ)ちゃんの言葉を思い出した。


 馬は繊細な生き物だから、馬に気に入られる人は悪い人じゃない……多分。


 ……記憶の中のセリフとは言え、そこは言い切っていて欲しかったよ中姉ちゃん。でも、信じているからね中姉ちゃんの事……多分。


 フラフラする男を手伝いながら馬に乗せ、私はその前に跨がる。


「体調が優れないかと思いますが、落ちないようにしっかり掴まってください」


 言い切っていてふんす、と鼻息を荒くした。


 掴まれようが抱き付かれようがあなたは今から羊だ! 普段は草を食むモコモコだ、相手が羊なら全然怖くない!


 さあ、来い!!


「失礼する、よろしく頼む」


 身構えていた締め付けは無く、こちらを気遣う力加減で腰に手を回された。相手の顔が近付いたせいで耳に息がかかる。


「っつ」


 何が羊だ、誰が羊だと言った? 羊はこんな風に抱き付かないし、硬い胸板していない! モコモコだもん!


「……大丈夫か?」

「ダイジョブデス」


 タブンネ。


 私がそんなでも、腹を蹴れば賢いシロは集落に向かって走り出してくれる。


 ごめんねシロ、二人乗りで大変だと思うけど、なるべく巻きでお願いします。この体制無理だもん、落ちそうなんだもん!


 動悸と火照りを抱えながら何とか、日没ギリギリで集落に着いた。


 男と会話はしていない。悪路の馬上でお喋りしたら確実に舌を噛むからだ。……決っして話をしたく無いから黙っていた訳ではない、断じてない。


「お帰りマリカ、中々帰って来ないから皆心配していたんだよ!」


 集落の入り口では一番上の姉、大姉(だいねえ)ちゃんが待って居てくれた。


「心配させてごめんなさい、あのね」

「あら!男前連れているじゃないの、もう早く言ってよ」


 大姉ちゃんはお怒りモードから一転、後の男を見ると声色が変わった。


 大姉ちゃんの手のひらは、男前を前にすると、ぐるんぐるんに回る。特に後の男は好みのど真ん中みたいだ。


 モテるのに結婚していない理由がコレである。


 集落の男衆よりも、線の細目な男が大の好みで、いつか白馬に乗った王子様と結婚すると決めて居るらしい。


「帰宅を遅らせてしまい申し訳ありません。私が倒れて居たところを、こちらのマリカ嬢に見付けてもらい助けていただきました」


 シロから降りて軽く頭を下げる男に、あれ?私、名前教えたっけ?と疑問を持った。それに、さっきと口調違い過ぎない?


 あ、怪しい……。


「あらー、じゃあお世話はマリカの担当ね!……交代しても良いわよ?」


 と言うか代われ、と圧を掛けられている気がする。うん、私は大姉ちゃんに交代して欲しい。いくら顔が良くてもこの人から離れたい。


 両足は地面に付いているのに、この人は未だに私の腰を片手で抱いている、やっぱり男の人って怖い。先程から動悸が止まらないし。


「いえ、マリカ嬢に集落を案内して頂ける約束でしたので」


 ……あれ? 約束したっけ?


 ところがこの男は大姉ちゃんの申し出を断った抗議の意を込めてぐぐっと押すが私の腕力では敵わない。さっきまでフラフラだった癖に!


「あらあら、そうなの? ふふ、実を言うとね、家で一番家庭的なのはマリカなのよ、運が良かったわねお客人」

「大姉ちゃん!?」


 何を言い出すの? そして簡単に諦めないでよ!


「そうなんですね、よろしく頼むよ、マリカ嬢」

「は、はひ」


 断るに断りきれなくて、取り敢えず返事は噛んでしまった。


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