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異世界ショコラティエの甘い革命~チョコレートが存在しない世界でカカオを育ててバレンタインを流行らせます~  作者: 黒崎隼人


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11/12

番外編「君に贈る、世界で最初の」

 領主様へのお披露目から数年後。


『ショコラトリー・ルカ』は、今や王都にも支店を持つ大繁盛店となっていた。


 特に冬の終わり、雪解けの季節に訪れる『聖愛の日』――かつて僕たちが勝手に広めた習慣が、いつの間にか祝日になっていたのだ――の前日は、工房は戦場のような忙しさになる。


「ルカさん! ガナッシュの温度、上がってます!」


「わかった、今行く!」


「店長! 王宮からの追加注文です! ボンボンショコラ千個!」


「無理だって言って断れ! いや、やっぱり受ける! 徹夜だ!」


 怒号と熱気が飛び交う工房の片隅で、僕は帽子を被り直し、気合を入れた。


 体は大きくなり、声も低くなったけれど、やることは変わらない。ひたすら、美味しいものを作るだけだ。


 深夜。ようやく全ての作業が終わり、従業員たちが帰った後の静かな工房。


 僕は一人、洗い物をしていた。


 ふと、背後に気配を感じる。


「……お疲れ様、ルカ」


 ミナだった。


 彼女もすっかり大人の女性になった。店のマネージャーとして、経理から人事までを一手に引き受けてくれている。彼女がいなければ、この店は三日で破綻するだろう。


「ミナこそ、お疲れ様。計算、合った?」


「うん、ばっちり。今年も過去最高益よ」


 彼女はカウンター越しに僕の隣に立ち、エプロンのポケットから小さな包みを取り出した。


 いびつな形の、赤いリボンがかかった小箱。


 店の売り物ではない。手作り感満載の箱だ。


「……これ」


 彼女はそっぽを向きながら、それを僕に突き出した。


「え、僕に?」


「当たり前でしょ。今日は何の日だと思ってるの?」


 聖愛の日。


 そうか、日付が変わったのか。


「私たち、売るばっかりで、自分たちの分はいつも後回しだから。……今年は、ちゃんと作りたかったの」


 僕は濡れた手をタオルで拭き、箱を受け取った。


 軽いけれど、ずっしりと重い。そんな不思議な感覚。


 リボンを解き、蓋を開ける。


 中に入っていたのは、不格好なハート型のチョコレートだった。


 テンパリングに失敗したのか、少し白く粉を吹いているし、形も左右非対称だ。僕が作った商品なら、即座に不良品箱行きになるレベルだ。


 けれど、僕にはそれが、世界で一番美しい宝石に見えた。


「……味見、してないから。変な味だったらごめんね」


 ミナが不安そうにつぶやく。


 僕はそれを指でつまみ、口に入れた。


 ザラッとした舌触り。砂糖が溶け切っていない。


 カカオの焙煎も少し強いのか、焦げ臭さが混じっている。


 でも。


「……甘いな」


「えっ、砂糖入れすぎた!?」


「ううん。すごく、甘くて、美味しい」


 噛みしめるほどに、優しさが広がっていく。


 忙しい合間を縫って、彼女が一生懸命これを練っていた姿が目に浮かぶ。


 涙が出そうになるのをこらえて、僕は飲み込んだ。


「ありがとう、ミナ。……僕、世界で一番幸せ者だよ」


「……大げさね」


 ミナは顔を真っ赤にして、僕の肩を軽く叩いた。


「お返し、期待してるからね。三倍返しよ?」


「参ったな。店一番の新作を作るしかないか」


 窓の外では、雪解けのしずくがポタリと落ちる音がした。


 春はもうすぐそこまで来ている。


 二人の影が、月明かりの下で一つに重なっていた。

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