∫ 3-4.孤独、くしゃみ、そして希望 dt
まえがきは割愛させていただきます。
毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
この日からは浜辺とレイが共同で数式をプログラム化する段階に入った。
ミライも一緒に作業に入っていた。その様子に小林が突っ込みをいれる。
「あれ?夏目さんってプログラム苦手じゃなかったでしたっけ?」
「浜辺さんの数式の理解にならあたしも手伝えるでしょ?」
そういってレイと浜辺の間に入って作業を進めていた。
それを見て、小林が納得した。
「なるほどね。」
レイは浜辺のコーディング速度に驚かされた。
数式を理解することこそゆっくりであるものの、レイとミライの説明によって理解した数式をプログラム化する速度は恐ろしいものであった。
量子コンピュータを効率よく動作させる最適アルゴリズムを駆使して、自らが作り上げた散逸構造処理にもフィットさせる。
まさに世界でも一人しかできない業であった。
ただもっともそのすごさの度合いを理解しているのはレイのみであったが。
レイが驚きを浜辺に伝えた。
「よくぞここまで量子コンピュータのアルゴリズムにフィットさせることができますね。驚きです。」
浜辺がコーディングしながら、あっけらかんと答えた。
「あー、あのアルゴリズムですね。私が作りましたからね。」
「ええーーー!!」
レイが目を丸くして、口を大きく開いて驚いた。
「確かに日本人が作ったって噂を聞きはしましたけど、やっぱりそうだったんだ。。。あの数年前の飛躍的改善は。。。」
ミライと小林はレイの驚きでそのすごさを感じていた。
物質の絶対時間変数による数式をプログラム化できたのはそれからさらに一ヶ月が過ぎてのことだった。
年末も過ぎ、2076年になっていた。
冬休み、お正月は四人とも旧研究棟に泊まっていた。小林は自身の論文を書いていた。
お菓子や食べ物、飲み物をみんなで持ち寄り、ピザを片手に数式の議論をしたり、眠い時には小林の特製コーヒーが役立った。
豆引きから入れるコーヒーはレイにとって初めてブラックをおいしいと感じさせるものだった。
そんなブラックコーヒーへの慣れと冬休み後の試験期間が終わり、さらに試験休みも終わり、新しい学期が始まった頃、2076年2月、とうとう数式のプログラム化が完成したのだった。
もちろん数式と同じように4人のチームワークも固くなったことは言うまでもなかった。
授業が終わったレイが一目散に旧研究棟の情報端末室に到着した。
浜辺がディスプレイに向かって前々日に説明した内容をすさまじい勢いでコーディングしていた。
周囲に小林とミライが立ち、その姿を見守っていた。
小林は頭がボサボサだった。
レイが小林の横に来て問いかけた。
「もしかして昨日も徹夜ですか?」
眠そうな目をした小林が答えた。
「あ、柊先生。そうなんですよ。これで浜辺さん三日連続徹夜です。
しかも話しかけても全然返事しないし、ゾーン入ってますね。」
「すごいですね。。。」
レイは浜辺を見て、鬼気迫るものを感じた。
次の瞬間、浜辺が手を振りかざし、久しぶりの言葉を放った。
「君に決めたーー!!」
それは、まさにコーディングが終わり、最後のビルドを実施した合図だった。
レイ、ミライ、小林が息を飲んで、画面を見つめた。
出力部に点が一つずつ増えていく。
順調に進んでいるようであった。
そして、
(……………… Build Finished. SimUniverse.exe)
全てのコードのビルドが終了し、実行ファイルができあがった。
その様子を見て、数式が出来た時の感動が再び起こった。
「できたーーーーーー!!」
レイと浜辺が飛び上がって喜んだ。
それをほんの少しのタイミング遅れでミライが喜びの声を上げる。
その後、小林も声をあげて喜んだ。
ひとしきり喜んだ後、浜辺が再び席に座った。
その様子を見て、レイとミライがソフトを実行するかと思い、浜辺に声をかけた。
「さっそく実行してみますか?」
ところが浜辺から返事がなかった。
不思議に思ったレイが再度浜辺に声をかけた。
すると、浜辺のこうべがガクンと垂れ、イビキが聞こえてきた。
「えっ?寝てる?」
ミライが浜辺の顔を下から覗き込んだ。そして確認した後、レイに伝える。
「完全にイッちゃってる。。。」
「あー、こうなるとたぶん丸一日くらいは動かないですね。」
小林が経験を語った。
「まあ、しようがないですよね。三日徹夜したんですもんね。
じゃあ、実行は明日にしましょう。
みんな疲れてると思いますし、ゆっくり休んでから取りかかりましょう。」
レイの言葉にみんな頷いた。
「でも、浜辺さんどうするの?」
「あー、大丈夫です。私の車で送りますよ。安心してください。
お二人も疲れてるでしょう?どうぞ先に上がってください。」
「そうね。そうさせてもらうわ。あんたはどうするの?」
「じゃあ、ぼくも先に帰らせてもらいます。」
疲れた顔であったが、レイの目には光が点っているのを小林は見逃さなかった。
レイとミライが旧研究棟から出てきた。
二人で学校の正門に向かって歩いていた。
ミライが伸びをする。
「あー、疲れた。」
そして、レイの方を向いて言った。
「でも、この疲れも悪くないよね。そう思わない?」
「うん。そうだね。ありがとう。
夏目さんがいなかったら、絶対にできてなかったと思う。
本当にありがとう。」
「でしょ?そう思うんならなんかおごってよね。」
ミライはレイに指を指しながらそう言った。
「うん。今度おごるよ。」
「絶対だよ。」
ふふふと笑いながらミライは夜の空を眺めた。星々がきれいに見えた。
「こんな星空を見るとふと思うんだよね。
やっぱりどこかの星ではあたしたちと同じように文明を発達させたり、他の星を思って空を見上げたりしてるのかな?って。」
ミライはレイの方を見て続けた。
「だって、あんたのお父さんが見つけた信号だって他の星の人を思って、送ったものじゃない。きっと。」
「そうだね。きっと。ぼくもそんな気がするよ。」
レイはミライを少し見て、また前を向いて話を続けた。
「子供の頃に父さんと星を見に行った時、そんな話をしたのを覚えてる。
その信号にはぼくたちやこの空間がある意味が込められているんじゃないかって。
その時はその意味が分からないことを『さみしい』って言ってた。
その時は『さみしい』って感覚、理解できなかったけど、今なら分かる気がする。」
ミライはレイが話をしているのを聞きながら再び星の方に向いた。
だが、最後の言葉を聞いて再びレイの方を向いて言った。
「『さみしい』か。それ、『二十億光年の孤独に僕は思わずくしゃみをした』って、そんな感じかな。」
レイはびっくりした顔でミライを見た。
「その詩。。。なんで知っているの?」
「えっ?なんでって、これ、あたしの一番好きな詩なんだ。
最後のこの言葉、なんか真理だよね。
数学や物理以外で初めて真理を感じた。」
レイはじっとミライを見つめて、一筋の涙を流して言った。
「ぼくもその詩。。。好きなんだ。」
ミライはそのレイの涙を見て理由を聞こうとしたが、何か少し怖い気もして聞くことができなかった。
ミライは再び星を見て、ぎこちなく答えた。
「あたしと、、、いっしょだね。いいよね。この詩。」
「うん。」
二人は星空の下、それ以上会話することなく、横にならんで歩いていった。
次の日、レイは早い時間から講義室に入っていた。
重力が関係しているわけではないが、時間が経つのがとても遅く感じていた。
レイはいつになく少しイライラしながら、ソワソワしながら貧乏ゆすりをしていた。
その姿を波多野が見つけて、声をかける。
「よっ、おはよ。今日も朝さむっいな。」
波多野に気がつき、レイもあいさつする。
「あ、おはよう。ホント寒いね。」
「って言うか、なんかすげー早いじゃん、来るの。」
「そう、かな?」
「うん。おれは事務手続きあったから早く来たんだけど、それ、早く終わってさ、来たんだ。
まだ講義始まる十五分前だぜ。一番乗りかと思ったのにさ。もうレイがいるから。」
壁に映し出されている時刻を見て、レイも納得した。
「確かに、早いね。」
「そう言えば、勉強会のみんなさ、前期の試験成績良かったって。
レイにお礼したいって言ってたぜ。
でも、レイ、なんか忙しそうにしてたし、後期始まって、ちょっと暖かくなってからにしようって言ってたんだ。
いつか時間取れそうになったら言ってくれよ。
段取りはおれがやるからさ。打ち上げの。」
レイはみんなの言葉と波多野の気遣いがうれしかった。
この出発点は全部波多野が作ってくれたこともレイは理解していた。
レイは波多野に出会えて本当に良かったと改めて思った。
「うん。時間ができたら連絡するよ。必ず。」
「うん。絶対だぜ。」
「うん。」
「そう言えば、前何か見つけたって言ってたやつ、どうなった?」
波多野は本題を切り出した。
貧乏ゆすりをしていた原因がそれじゃないかと少し気にしていた。
レイはじっと波多野を見て、答えた。
「うん。すごく良い感じだよ。もしかしたら今日は記念すべき日になるかもしれない。」
レイの決意に燃えた目を見て、波多野の心配は全て消えた。
「記念すべき日か。お前が言うと何かすげーことが起こるんじゃないかって気がするわ。」
周囲に人が入って来はじめた。何人かが波多野とレイに挨拶する。
「おっはよー、波多野くん、柊くん。」
「おはよう。」
この何でもない日常がレイにはうれしかった。
レイは授業を受けつつ、ミライにメッセージを送った。
(昨日はお疲れ様。今日は何時ごろに行けそう?)
(今日は午後も授業でパンパンなんだ。五限が終わってからだからたぶん六時頃かな。)
(ぼくもそのくらいになりそうだよ。)
(じゃあ、あとでね。)
(うん。)
そのあと、四人グループにメッセージを送った。
(今日は何時ごろ始められそうですか?)
少しして小林から連絡が入った。
(浜辺さん、まだ寝てるよ。この調子だと夕方くらいまで寝てそう。)
(ぼくと夏目さんはたぶん六時くらいになると思います。)
(分かったよ。遅くともそのくらいには僕が連れていくようにするよ。)
(よろしくお願いします。)
授業が終わり、レイは急いで旧研究棟に移動していた。
IT管理センターに移動する通路に差し掛かった時、ミライに会った。
「あっ、今終わったの、授業?」
「うん。夏目さんも?」
「うん。」
一呼吸置いて、ミライが続けた。
「今日からね。ちょっとドキドキしない?」
「うん。時間がすごく長く感じた。」
「あたしも。」
旧研究棟の前に着き、ちょっと周りを見回したあと、暗証番号をさっと打ち、中に入った。
情報端末室に移動する途中、ミライがレイに聞く。
「そういえばさ、あの二人、どう思う?」
「えっ?どうって?」
その反応にミライが少し首をかしげた。
(あれ?何も感じてない?)
「あっ、いや、なんでもない。」
その言葉にレイは少しポカンとなったが、今日の目的を思い出し、その雑念はすぐに頭の中でシャットアウトされた。
そして、二人は情報端末室に入った。
そこには席に座ったままでまだ寝ている浜辺とその横で椅子を反対向けに座り、背もたれに両ひじをつき、その腕に頭を乗せて浜辺を見ている小林がいた。
二人が入ってきたのを見て、小林が立ち上がった。
「やあ。」
「こんにちは。」
「まだ寝てるんだよね。そろそろ起こしても大丈夫だと思うけど。」
そう言って小林が浜辺を起こした。
「浜辺さん、柊先生と夏目先生が来たよ。そろそろ起きて。」
「もう食べれませんよ~。ふあっ!」
お決まりの寝言を言いながら、変な目のアイマスクをずらして、周囲を確認した。
「あれ?ケーキは?えっ、ここは?もしかして私、瞬間移動に目覚めちゃった?」
小林が呆れ顔で答えた。
「心配しなくても瞬間移動の実現はまだ先です。」
浜辺はアイマスクを外して、しばらく周囲をキョロキョロ見回した。
浜辺はぼやけた小林の顔で正気を取り戻した。
「あー、私、寝てました?もしかして。。。あっ、メガネどこにあります?」
「キーボードのところに置いてるよ。」
小林がそう言いながらメガネを浜辺に渡した。
「あっ、ありがとうございますぅ。」
その姿を見て、レイが少し心配した。
「浜辺さん、大丈夫ですか?」
「あっ、柊先生、夏目先生も。おはようございます。」
その挨拶に合わせてレイが返事を返した。
「おはようございます。もう大丈夫ですか?」
「プログラムですか?大丈夫だと思いますよ。」
「あ、えーと、プログラムというより、浜辺さんの体調。。。」
「???」
レイは昨日浜辺が倒れるように眠ったことに驚いていたため、そういう質問をしたのだが、いまいち噛み合ってなかった。
だが、小林は慣れっこで、すぐにそれに反応した。
「あー、これね。浜辺さんの日常茶飯事なんで、心配しなくて大丈夫ですよ。」
ミライはその言葉でこの二人の関係について確信めいたものを感じた。
「ふーん。なるほどね。」
「うん、大丈夫です!」
浜辺は状況が分かったような、分かってないような返事をした。
「あのプログラムですよね!?」
そう言いながら、椅子に座ったままクルッと回り、キーボードの起動ボタンを押した。
画面に(QuantumGate22)のロゴ文字が浮かび、前日のビルドが完了した画面が表示された。
浜辺が操作している間に小林が後ろに置いてあったおにぎりを持ってきて、おにぎりの包装を剥いた。
「浜辺さん、これ。」
「ありがとうございますぅー。」
小林の手にあるおにぎりにそのまま浜辺がかぶりつきながら、ビルドが終わっているSimUniverse.exeを実行した。
画面にSimUniverseのウインドウが開かれた。
「しょふぃせっていは、ふぉのまえふぁなしたないよふでいいんでしゅか?」
(初期設定はこの前話した内容でいいんですか?)
レイが若干笑いながら答えた。
「はい。まずは宇宙背景放射分のエネルギー場と全宇宙の素粒子を初期インフレーション空間領域に均等に配置させて、宇宙項分のダークマター、ダークエネルギーを直径千億光年の中にWARP観測結果のデータ通りに配置して、スタートさせましょう。」
浜辺がゴクッと口の中のおにぎりを飲み込み、再び話した。
「力を借りる範囲はこの前のテストと同じ首都圏だけでいいですか?」
「そうですね。その範囲で十分だと思います。」
「分かりました。あっ、ちょっと待ってくださいね。」
そういうと何かをメールで送信した。
「今、皆さんに送ったブラウザで同じ視点から宇宙の状態を見れると思います。
皆さんのブレコンから見れるようにしてますので。起動してみてください。」
みんなが掌を自分の方に向けて、BCDを起動し、メールで送られてきたブラウザを起動した。
画面はまだ暗いままだった。
みんながブラウザを開いた動作を確認した後、浜辺が再び操作をしはじめた。
「じゃあ、行きますよ。」
口の横にご飯粒をつけた浜辺がメガネを人差し指で持ち上げた。
メガネがキラリと光る。
「いよいよね。」
ミライが固唾をのんで見守っていた。
浜辺がいつものように叫んだ。
「おっねがいしまーーーーーーす!!」
キーボードのリターンキーを押した。
<次回予告>
とうとう完成した宇宙シミュレータ。
物理、化学全ての数式を詰め込み、今、時が動き出す。
どんな世界が彼らを待ち受けているのだろうか。
次話サブタイトル「超新星爆発 + 原子構成分布 = 暗黒星雲?」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
今話の最初に出てきた『二十億光年の孤独』という詩をご存じでしょうか。
谷川俊太郎先生の作品ですが、実はこの作品を書こうと思った1つのキッカケとなった作品です。
私が小学生の頃には国語の教科書にも載っていました。今はどうか分かりませんが、本当に素晴らしい作品ですので、もしご興味が湧いた方がいらっしゃれば、一度読んでいただけると嬉しく思います。
さて、本編ですが、ついに宇宙創造プログラムが完成しました。そして、起動!!
今後、どうなっていくのでしょうか。
次回、「超新星爆発 + 原子構成分布 = 暗黒星雲?」。乞うご期待!!




