∫ 1-9.ターゲット捕捉! dt
まえがきは割愛させていただきます。
波多野がレイを連れて食堂に来ていた。
昨日の今日のため、回りがレイのことをジロジロ見ているのが分かる。
周囲の目が痛い。
波多野はレイに言った。
「レイ、気にしたら負けだぜ。気にしない、気にしない。」
「でも、もしまた来たら。。」
「その時はまたおれがやってやるよ。大丈夫だって。」
レイが波多野の口元を見る。まだ赤い。
「なに食べる?」
レイが返事をする。
「カレーにします。」
「っていうか、またカレー?昨日もカレー食べてなかった?」
ふふっとレイが笑った。
「父さんが昔言ってたんだ。
カレーはな、野菜もお肉も入ってる。ご飯もある。完全栄養食だぞ。
これ食べてりゃ死ぬことはない。って。」
「まあ、確かにな。一理あるわ。おれも好きだぜ。カレー。
じゃあ、おれも今日はカレーにしよっかな。」
もうすぐカレーを受け取れるところまで来た。
ロボットがカレーを手際良く配膳していた。
その時、メニューが表示されているディスプレイや広告が流れているフィルムに若干のノイズが走った。
普通の人は気づかないレベルだった。波多野もレイもその時は全然気がついていなかった。
だが、レイのBCDに表示が現れる。
(Alert!!アクセスキャッチ。ターゲット捕捉。)
レイのBCDにさらに表示が現れた。
(数学科 3年 ミッシェル・ケネディー、 アクセス場所:プログラミング講義室)
「波多野さん。。あっ、えっと、えー、りょーじ。ちょっとゴメン。用事ができた。」
「えっ?用事ってなに?」
「あ、そうだ。数学科のミッシェル・ケネディーさんって知ってますか?」
「数学科か。。。ちょっとわかんねーな。」
レイは食事用のプレートを戻して、どこかに行こうとする。
それに続く波多野。
「ちょっ、どうしたの?急に。」
2人は食堂の入口まではや歩きで来た。
レイは立ち止まって波多野に言った。
「さっき言った数学科の人を探したいんです。たぶん今、プログラミング講義室にいると思うんですけど。」
「何で?知り合い?」
「いや、そうじゃないんだけど。」
「じゃあ、何で?」
話をしていたところに夏目ミライとその友達がちょうど食堂に向かって歩いてきていた。
レイはミライが数学科であることを覚えていて、さっと走っていき、夏目ミライに問いかけた。
「夏目さん、ミッシェルケネディーさんって、知ってますか?」
「えっ?」
突然レイに声をかけられてミライがビックリした。
「あっ、知ってるけど。たまたま、さっきの課題で一緒になったから。」
レイがぐっと前のめりになり畳み掛ける。
「今、プログラミング講義室にいますよね?」
「ああ、さっきまではね。でも今はたぶんワークステーションセンターだと思うけど。さっきのソフト課題、もうちょっとやるって言ってたから。。。」
「ありがとうございます。」
「ちょっ、何?」
レイが食堂から出て、走り出す。
ついていく波多野に夏目ミライが声をかける。
「何で彼、探してんの?」
「おれにも分かんない。でもレイがあんな急ぐって何かありそうだろ?」
「もう!いったい、なんなの!?」
ミライが走っていくレイの方を見て、すぐ友達に言った。
「ちょっとゴメン。先食べてて。」
そう言うとミライも波多野を追いかけた。
ワークステーションルームに向かう廊下で波多野がレイに声をかけた。
「ちょっ、レイ!ちょっと待って。」
レイがふと後ろからついてきている波多野を見て止まった。
波多野が追い付く。まもなく夏目ミライも追い付いた。波多野が息を切らしている。
「お前、足早いのな。。。ってどうしたの?いったい。」
「ぼく、ワークステーションの割り当ての中でずっと処理してるものがあるんだ。
で、最近誰かがそこにアクセスしてるっぽくて、しかもアクセスした形跡も残さずに。」
「それがその数学科のヤツの仕業ってことか?
っていうか足跡残さないのになんでハッキングがあったって分かったんだ?」
「処理する時、メモリに直接データを記入してるんです。
で、普通のイント型とか、フロート型とかダブル型じゃないデータの置き方をしてて、だからメモリに直接書き込むんですけど、昨日、そのデータが化けてて、たぶんそのデータを触った人もどうやら一般的なデータの型式を扱ってないみたいなんです。
しかも、きっとぼくのパスワードを使って、まるでぼくがアクセスしたかのようになってるし。」
「なんかややこしいな。。。でも、そのメモリを触った犯人が何でそいつって分かったの?」
「ぼくのメモリに書き込まれた時のアクセス場所、それとメモリに書き込まれた型式と同じ型式がそのアクセス場所の端末に使われているか、それを探索するプログラムを作ったんです。」
「メモリの中のデータの型式って一般の型式なら分かるけど、それって探せんの?
っていうか、レイ。そんなプログラムも作れるのかよ!?スゲーな。」
それを聞いたミライがふと気づく。
「ちょっと待ってよ。あんたの追跡ソフトもハッキングしてない?形跡残さないの?」
ちょっとレイの顔色が曇った。
「えっ、残しちゃうの?じゃあ、ハッキングしたの、ばれちゃうじゃない。」
「うん。でも10回や20回じゃこちらを探索できないようにはしたんだけど、アクセスが思った以上に多かったみたいで。。。
どこからのアクセスなのか、結果の画像はコピーできたけど、もう監視AIにハッキングがキャッチされたみたい。
IT管理センターに呼び出されてる。。。」
「それ、ヤバくない?じゃあ、そのハッキングしといて足跡を残さないのってやっぱりすごい技術じゃない!?想像もつかないんだけど。
っていうか、それをソフトの課題ができない人がやれる?」
それを聞いてレイも波多野もちょっと納得してしまう。
波多野がレイに確認する。
「確かにそうだな。人違いか?」
下を向いてレイが言う。
「でも、今はそれしか手がかりがないから。」
それを聞いてミライが言う。
「まあ、ミッシェルのところ、行ってみようか。その後、IT管理センターにもね。」
レイ、波多野、ミライの順番でワークステーションセンターに入って来た。
ミライがミッシェルの方を指さした。
すると、波多野がミッシェルの方に歩いていき話しかけた。
「Are you the one who did the hacking!?
(お前がハッキングの犯人か!?)」
少し波多野はこの犯人探しを楽しんでいるように見えた。
「??」
ミッシェルが不思議そうな顔をした。すると波多野が少し大きい声で畳み掛ける。
「I ask you whether you accessed Ray Hiiragi’s memory area. Without leaving any traces... How on earth did you do it?
(お前が柊レイのメモリー領域にアクセスしたのかって聞いてんだよ。形跡も残さずに。。。いったいどうやったんだよ!?)」
ミッシェルがなおも不思議そうな顔をして、答えた。
「What? What are you talking about? I have no idea what you mean.
(何のこと?何いっているのか全然分からないんだけど。)」
波多野が前のめりでじっとミッシェルの顔を見た。
しかし、どうも犯人ではないような気がして、前のめりの姿勢をゆっくり戻した。
その後、レイとミライの方を向いた。
「何かこいつじゃないみたいだな。」
鼻で笑いながらミライが言った。
「だから言ったじゃない。。。」
ミッシェルの方に向き、ミライが謝罪した。
「So sorry. Michelle. Let me buy you a coffee next time.
(ごめんね。ミッシェル。今度コーヒーでもおごるわ。)」
三人が少し途方に暮れた。
「じゃあ、誰があんなこと。。。」
この会話をワークステーションセンターの奥から見ている人がいた。浜辺小春だった。
回りからの視線を感じてミライが周囲を見回した。
先ほどの波多野の大きな声でワークステーションセンターにいる人たちはみんなレイ達の方を見ていた。
ミライは周囲を見回した。
ミライと目が合う人、合う人が再び自分の作業の方に目を向け直した。
そして、ミライは、奥から背もたれに寄りかかり、こちらを見ている浜辺小春とも目が合った。
浜辺小春も他の人と同じように、夏目ミライと目が合うと慌てて姿勢を戻した。
「他に手がかりはないのか?」
波多野がレイにかけた言葉にミライも反応し、ミライもレイの方を向いた。
「ちょっと待って。」
レイは掌を自分の方に向け、BCDのウインドウを立ち上げた。
レイはメモリ領域にアクセスした端末が表示されている画像を映し出した。
画像は全部で三つ残っていた。
最初の画像はミッシェルケネディーを捉えた時の画像。
大学構内全域が映っているマップ内でプログラミング講義室のところにだけ点が一つ表示されていた。
次の画像はアクセス追跡が十件になった時の画像だった。
その画像は大学構内の様々な場所に点が打たれており、そこからアクセスがあったことを示していた。
点の一つ一つにはアクセスした端末にログインしているアカウントも表示されていた。
そして三枚目、追跡が二十件になった時の画像。
さらに多くの場所からのアクセスが表示されていた。
だが、その画像の取得された時間は最初のミッシェルケネディーを捉えた時から一ミリ秒も経っていなかった。
「なんだ、これ!?」
あまりの奇妙さにレイは驚きを隠せなかった。
こんな短時間に違う端末からアクセスを受けるなんて。。。レイはとんでもないウイルスが蔓延しているのを想像した。
だが、周囲を見回しても日常には何事も起きていないかのように見える。
「どんな結果なの?」
「あっ、画面共有するよ。」
学校のメッセンジャーで波多野とミライの名前を検索し、そのユーザーアイコンを指で摘まんで、結果画像が表示されているウインドウに投げ込んだ。
波多野とミライも掌を自分の方に向ける。
二人それぞれの画面に共有を許可するかの表示が現れた。
二人とも宙に浮いた『許可』ボタンを押した。
すると、自分達の画面にレイの画面が映った。
「こんなことって。。。」
大学のマップ全体の至るところにアクセス履歴が付いている画像を見て、二人とも驚愕した。
このワークステーションセンターの入り口付近に座っている生徒もアクセスしたことになっていた。
アクセスしたアカウントとして表示されている顔写真と実際そこに座っている顔が一致している。
波多野が疑いの目で周囲を見ていた。
「これ、みんなが犯人なのか?っていうか、レイのID使って入っているってことは全員レイのIDを知っているってこと?」
「そんなわけないでしょ。これってすごい数の人がウイルスにかかってるとか、そんな感じに見えるんだけど。でしょ?」
夏目ミライがレイに同意を求める。
「そんな感じ。。ですね。。。でも、それにしては何の異変も起きないのが不思議なんです。
普通悪意のあるウイルスにかかってたらもっといろんな、たとえばデータが消えたとか何かの現象が起こると思うんだけど。どうなってるんだ、これ。。。」
全く出口が見えない状況だった。考えこんでいる二人を見て、波多野が提案した。
「今はさ、何もしようがないから、とりあえず昼飯でも食いながら対策でも考えようぜ。」
「ふぅ。。。そうですね。」
「あんた、管理センター行かないとじゃないの?」
「あっ、そうだった。」
「まあ、とりあえずご飯でも食べましょ。その後で管理センター、ついていってあげるわよ。」
三人がゆっくりワークステーションセンターを出ようとした時、ミライの頭の中である一つの記憶が思い出された。
それは8年前に見たインターネット記事だった。
(浜辺小春さん、プログラミングオリンピック、圧倒的スコアで三連覇!!
2位のグレイ・ロズウェルの約3倍の処理速度。)
「同じ世代にあたし以外にもすごい人がいるのね。」
当時から神童と呼ばれていたミライには少し親近感を覚える、とても新鮮な感覚だった。
その記事には浜辺小春の顔写真が載っていた。その時の顔とさっき見た顔がマッチしたのだ。
ミライがはっとして、踵を返した。
その様子に気がついたレイと波多野はミライに言葉をかけた。
「どうしたの?」
何も言葉を返さず、迷いなくワークステーションセンターの奥に歩いていった。
レイと波多野はお互い顔を見合せ、ミライが歩いていく方についていった。
ミライは赤いポールバリケードの一部を勢い良く外して、さらに進んでいく。
するとそれに気がついた小林秋雄がそれを制止しようと声をかけた。
「あっ、ちょっとここには入らないで。紙、紙、紙を踏まないで。」
それでもミライは止まらなかった。
ついてきた波多野とレイはポールの領域の前で止まり、ミライを見ていた。
嫌な予感を感じ取った浜辺小春は、ドキドキしながら、チラチラとミライの方を見ては自分の作業を続けていた。いや、続けているフリをしていた。
内心ドキドキしすぎて作業できる状態ではなかった。
小林秋雄が立ち上がり、浜辺小春の横に立ち、ミライの進行を止めようとした。
ミライが小林秋雄の前まで歩いていき、決め台詞のように言葉を放った。
「浜辺小春さん、ですよね。」
浜辺小春が唾を飲み込み、返事をする。
「はい、そうですけど。」
ミライは小林秋雄の後ろにいる浜辺小春が見えるように少し身体を横に出し、さらに問いかけた。
「あなたですね。柊レイのメモリにアクセスして何かの処理をしたのは。」
ミライの言葉を聞いて、小林秋雄が笑いながら答えた。
「何を言ってるの?柊レイって誰?。。。ん?何か聞いたことあるな。」
浜辺小春が小林の裏に見える人たちを覗くように問いかける。
浜辺の服に描かれているツンツン頭の少年のしっぽも同時に動いていた。
「もしかして、、、もしかしてIT管理センターの方ですか?」
なぜIT管理センターの人と聞くのか?それを聞いてレイもピンと来た。
「あっ、IT管理センターの者ではないです。あのー、反対にちょっと質問いいですか?
ぼくのデータにアクセスした理由はなんですか?もしかして、ぼくのデータを?」
それを聞いて浜辺小春が少しドキッとした。
「あなたたち、何者ですか?」
小林秋雄が、浜辺小春のいつになく不安そうな表情に何かを感じとり、浜辺小春の顔をじっと見る。
レイと波多野も顔を見合せて頷き、ポールの内側に歩み寄っていった。
「お前がやったのか?」
波多野の声に、浜辺小春が唾を飲み込む。
少し動揺した態度を波多野は見逃さなかった。
「なんでレイのメモリにアクセスしたんだよ!?」
浜辺小春はふうと息を吐き、4人に少し近づくように手招きをして、小声で話し出した。
「いえ。あのー、あなたたちがどなたか存じあげないですけど、単に私は自分の処理をするためにCPU能力とメモリを、、ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけお借りしているだけなんですよ。」
浜辺小春は指でひとつまみのジェスチャーをとりながら話した。
「それにあなたの処理を邪魔してないと思うんですけど。。。何か誤動作とかありました?」
それを聞いて小林秋雄が驚いた。
「えっ?どういうこと?処理を借りるってどういう?もしかして今やってるこの処理で?」
「もちろんこの処理ですよ。テヘッ。」
これを聞いて小林が切り出した。
「ここでやっていた処理、つまり浜辺さんが作った処理が、柊くんだっけ?君のメモリにアクセスして処理してたって言うこと?で合ってるのかな?」
「いえいえ、違いますよ。この人だけじゃなくて、この学校中全員、というか全デバイスです。」
あっけらかんに浜辺小春が答えた。
「あれっ?でもあなたの処理を壊してなんかないですよね?」
浜辺が問いかけた。それに対して、波多野がすぐに反応した。
「いや。何か壊しちゃってるみたいなんだよね。だよな?レイ。」
「あっ、うん。それで気がついたんです。」
レイはみんなの顔に視線を移しながら答えた。
「そんな、あり得ない。。。」
浜辺が少し深刻な顔をした。
「どういうことか説明してくれない?」
ミライが浜辺に問いただした。
「えーと、えーと。。。」
浜辺は少しだけ考えて、また話し始めた。
「えーと、簡単に言うと、さっきも言ったように、学校中のデバイスにある余剰処理能力や余剰メモリ、つまりは余ってる力をちょっとだけお借りして処理してただけなんですよ。
もちろんプログラムで定義されているメモリ領域は犯さないように作ってるはずなんですけど。」
「えっ?でも結局、それって不正アクセスってこと?じゃないの?」
夏目ミライがずばり言い放った。
「Exactly!!」
浜辺が夏目を指差して、少し笑みを浮かべながら答えた。
「Exactly って浜辺さん。。。」
小林が愕然とした。
「でもでも、絶対にプログラムで掴むメモリにはアクセスしないようにしてるはずなんですよ。何かまだおかしな処理があるのかな?」
「学校全体のデバイスってことはあたしのアカウントもってこと?
でも、確かにあたしの端末とか午前中の授業でも普通に動いてたな。
それにここの人たちも全員ってことでしょ?」
夏目が不思議がっていた。
「そうだな。俺のも全然平気だな。なんでレイのだけ影響があるんだ?」
浜辺は、この話が回りに聞こえてないことを、周囲を見回しながら確認した後、再度会話に戻った。
一瞬、浜辺のメガネがキラッと光った。
「そのはずなんです!というか、なぜあなたはアクセスがあったことを認識できたんですか?」
浜辺はレイの方をじっと見る。
「あ、えーと、ぼくがプログラムを作る時、デバイスを動かすインタプリタのプログラムを書き換えてソフトを作るんですけど、メモリ使う時とかはメモリのアドレス直接指定で書き込んで処理するようにしてるんです。」
それを聞いて浜辺が驚いた顔をした。
「えっ!?インタプリタに?ということはマシン語の使い手!?私と同じ方法で?
それに計算するデータ全て、メモリに直接?リストとか、アレイとか、構造体とか、クラスとか、全部??頭の中でメモリ管理してるってこと?
あの広大なメモリマップを!?」
「え、あっ、はい。」
平然とレイが答える。
それを聞いた浜辺はとてつもない衝撃を受けた。
「連邦のモビルスーツは化け物か!?」
浜辺以外の4人は何のことを言っているのか分からず頭の上に?が浮かんだ。
「えーと、今のは忘れてください。今日で今回の処理は終わりましたし、もしあれでしたらあなたのところにはアクセスしないようにしますから、、、」
浜辺が少し笑みを浮かべてちょっと上目使いでなにげに可愛く言った。
「今回は見逃してもらえますかぁ?」
波多野と夏目ミライがレイの方を見た。レイが再度問いかける。
「もう一度聞きますけど、ぼくのデータが目的ではないんですよね?」
「もちろんです!この処理速度を得ることだけが目的です。
学校中のデバイス全てを使うので、普段の数百~数千倍の速度がでますからね。
元気玉パワーですっ!!」
浜辺がニコッと笑って言った。Tシャツのツンツン頭の少年がよりいっそう笑ってるように見えた。
だが、4人の頭の上には?が浮かんでいた。
ふとミライが問いかける。
「ところで、そんな高速で処理しないといけないものって何なの?」
小林が待ってましたとばかりに切り出した。
「あー、それは僕から説明しましょう。これはですね~。」
小林が説明を始めようとした時、柊レイという名前が記憶から掘り起こされた。
「あー、柊レイ!先生。超統一場理論の!!」
小林はレイの方を向いた。
「うわー、あなたに興味をもってもらえるなんて光栄です。柊レイ先生。」
それにミライが答える。
「質問したのあたしなんですけど。」
ちょっとミライの方を見て、小林が続けた。
「そう、今僕たちは世界で流行り始めている免疫過剰誘発熱の特効薬を開発しているところなんです。」
小林は周りの反応を少し見て、続けた。
「ご存じかもしれませんが、この病原ウイルスはかかった人の遺伝情報を獲得するため、体内マイクロロボットが使えません。
本人の細胞まで攻撃してしまうためです。
だから薬を開発する必要があるわけです。
僕が発見した化学物質の遷移、有機物質の遷移の法則から進化の形態を割り出し、ありとあらゆる進化形態にも対応できる特効薬を開発しているわけです。」
それを聞いてレイが答えた。
「なるほど。創薬の計算にはかなりの計算量が必要と聞いたことがあります。」
小林の説明の間に自分の机の方に向き直していた浜辺が答える。
「うーん、そんな大した計算量ではないですよ。
それに私が開発した散逸構造マクロ化システム、つまり状態の変化が見られない最小単位、言い換えれば同一計算で状態の計算が完了する散逸構造の集合単位がどこまでかを判断するシステムを使えば、かなり計算量を節約することができます。
それを使えば、全校生徒、教職員に分配されている処理能力分、そしてこの学校に設置されているアンドロイドやセンサデバイスが持つキャパシティを使えば、創薬の計算ですら一瞬でカタがつきます。」
さらに自慢っぽく、でもさらに小声で言った。
「これを大学だけじゃなくて世界に使ったら、とんでもない処理ができちゃいますよ。
実際にやったこともありますし。ぐふふふ。」
さらに浜辺小春が続けた。
「でもですね。これだけ処理を速くしても、小林さんがイチイチ結果を検証するのに、数日かけるもんだから、結局教授への報告は遅れちゃってるみたいですけど。」
そこで小林秋雄がふっと浜辺小春を見た。
「ゆっくり検証して悪かったですね。」
小林秋雄が少し嫌みっぽく言った。そして付け加えて、浜辺小春を問いただした。
「ところで、不正アクセスとはどういうことかな。浜辺さん!」
それを遮るようにレイが再び小林に質問した。
何故だか分からないが、レイはこの内容に強い関心を感じたのだった。
「あのー、お取り込み中すみませんが、化学物質の遷移ってどういうことですか?」
小林秋雄はまた会話を遮られたが、天下の柊レイに聞かれたとあっては、説明せずにはいられなかった。
「あー、それはですね。化学物質もいろんなエネルギー状態を経験することでどう変化するのかが分かるってことです。
僕はなぜこんなに複雑な生命が生まれたのか、その一部を解き明かした。そう思ってます。」
小林は自信満々に話した。
「あなたは物理で、僕は化学で、神の声を聞いている。。。って感じでしょうか。」
「生命の生成過程って、つまりは有機物の進化の過程や、もっと古くは原子や分子が複雑系を獲得する経緯が分かるってことですか!?」
レイが目を輝かせながら言った。
「神の声って、それは数学でしょ!!」
ミライは少し斜に構えて言った。
「あー、よく見ると君は夏目ミライ君ですね。
一般人には理解不能な理論を土台に新しい空間定義を作り上げ、その難解さから前フィールズ賞受賞者に攻撃されるも完膚なきまでに叩きのめした数学界の超異端児!!」
少しわくわくした様子で小林秋雄が言った。その嫌いな呼び方にミライが反応する。
「異端児じゃない!そういうあんたは化学界の問題児じゃない。そのご自慢の理論も当てはまらない事象があるんでしょ?」
「もしかして、気分を害したかな?異端児は良い意味で言ったんだけど。。。
それにあの当てはまらないと言われているのは、与えた条件が実際の条件と異なるからです。僕の理論に間違いはありません。
今回の創薬がそれを証明すると思ってます。」
小林が答えた。
「まあ、どうでもいいわ。あたしには関係ないし。。。」
まだ異端児発言にご立腹のミライが言った。
その間に割って入り、浜辺が話し出す。
「あの~、すみません。もしかしてIT管理センターに訴えたり、、、」
ミライと波多野がレイを見る。
「いえいえ、全然そんなこと考えてないです。ぼくのデータが目的ではないとのことですし。えーと、ありがとうございました。スッキリしました。」
「あの、まだ説明が必要なら話しますよ。」
小林がまだ話し足りない感じだった。
「あっ、また今度で。」
レイが答える。小林が残念がって軽く首をうなだれた。
浜辺がじっと柊レイを見ていた。
浜辺は心の中で思った。
(私の処理の一部を突き止めるなんて、とんでもない腕の持ち主だにゃ。
次は絶対ばれないように改造せねば。。。)
その視線がミライは気になった。
「なに見てんのよ?」
視線をミライに移した。
「いえいえ、何でもないですにゃ。」
ミライは浜辺のレイを見る目が気になり、少しの間、横目で浜辺を見ていた。
波多野がレイに聞いた。
「もういいのか?解決か?」
「うん。ありがとう。付き合ってくれて。」
レイは小林と浜辺の方に向かって挨拶をした。
「すみません。ありがとうございました。じゃあ、失礼します。」
「あっ、どうも。」
小林も軽く会釈した。
波多野が目で(行こうぜ)とミライに合図をして、レイ、ミライ、波多野の三人がその場を去っていった。
歩いていく三人を見送りながら、浜辺は少しほっとした表情を浮かべて言った。
「いっちゃいましたね。」
その言葉に小林も反応する。
「ふぅ。でもすごかったな。物理界の超新星に、数学界の異端児を同時に見れるなんて。。。」
小林は妙にワクワクしていた。
「化学界の問題児もいますけどね。。。」
「だから問題児じゃないって。そういう君はソフト界のヨタオタじゃないか。」
小林が笑いながら浜辺を少しからかおうとする。
「あー、ありがとうございますぅ。」
「いや、あのー、誉めてないんだけど。。。
それはそうと、不正アクセスの件、詳しく聞かせてもらおうかな。」
「あー、それは。。。」
*ヨタオタ=メガ、ギガ、テラ、ヨッタという単位のスケールを示すヨッタとオタクを掛け合わせた言葉。
<次回予告>
自分が狙われていると思ったことが間違いだと分かり、ひと安心する柊レイ。
数学界、化学界、ソフトウェア界の天才との出会い。
そのことに胸を高鳴らせる柊レイ。
それとは対照的に、まだ目標も見つからない自身。そのギャップに胸を痛めるのであった。
次話サブタイトル「外からの刺激 × 内にある閉塞感」
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
登場人物、主人公4人の能力がかなり明らかになりました。
もうすぐストーリーが急展開を始めます。
次回から2章となります。
まだまだ続きます。
次回、「外からの刺激 × 内にある閉塞感」。乞うご期待!!




