第六話 +コラムその15
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「シュテン大学への潜入調査とは、着いて早々大変ですわねえ」
真紅のリボン、モンティーナがため息まじりに言う。
ここはユーヤに用意された部屋。寝室と浴室含めて五部屋が連なり、一流の調度品に囲まれた豪華な部屋である。
ユーヤの顔は浮かなかったが、いつまでも勝負を引きずってもいられない。気を取り直してメイド二人に話を向ける。
「タキシードじゃダメだよな。ラウ=カンの一般的な服に変えないと……。というかシュテン大学って制服とかあるのかな?」
「ユーヤさま、学朱服、きっと似合うよお」
舌っ足らずな声を出すのはマニーファ、彼女はいちど馬車に戻り、大きな衣装櫃を背負って戻ってきていた。やはり上級メイドというべきか、重さなどは苦にしないようだ。
「学朱服というと……」
「うふふ、オレンジに赤が混ざった色を学生の赤、学朱というのですわ。服の色は様々ですが、襟の部分にほつれ防止に当てる布、これだけはその色を使います。だから学朱服というのですわあ」
と、ユーヤは衣装櫃を見る。人が入れそうなほど大きい。
「もしかして、用意があるの?」
「もちろんだよお」
蜂蜜を垂らすような声でマニーファが言い、長櫃が開かれる。
その中にはぎっしり詰まった布と、いくつかのガラスの立方体。
立方体とは銀メッキがされた記録媒体であり、それぞれに紙が貼ってあった。
1・ユーヤさま宮廷入り! 闇の権力闘争編!
2・ユーヤさまが海賊に!? 黒羊海の海賊編!
3・ユーヤさま大学に潜入! 青春の学生生活編!
4・ユーヤさま武道の旅へ! 森羅山脈の武僧編!
「学朱服だから三番だよお」
「君らのメイド長はヒマなのか……?」
ユーヤは半ばあきれながら言う。服のほかに何やら小道具もいろいろ入っていた。モンティーナが妖艶に笑いながら言う。
「うちのメイド長は並外れておりますからねえ。では再生いたしましょう」
そして取り出されるのは三つの眼を持つ藍色の妖精。
記録体に座らせると、額の第三の眼がかっと開かれ、そして空間が塗り替えられる。
そこは書の空間。
天井にまで届くような巨大な本棚。その中央にオレンジのリボンをなびかせ、くるくると舞い踊るメイドがいる。
メイドは本を持っており、その本とペアダンスを踊るような足どりだった。隅のほうでは銀色リボンのメイドがバイオリンを弾いている。
ふとユーヤが振り返れば、「撮影中」という看板を持ったメイドがいて人を止めていた。どこかの図書館で撮影しているらしい。なぜか申し訳ない気持ちになる。
やがて踊りを止めたメイドが、ようやく口を開いた。
「ユーヤ様、なんと今度はラウ=カンにおいでですか! しかもしかも、あのシュテン大学に行かれるとは驚きです! かの朱色の門をくぐればそこは才気あふれる若者の街! 世界でもっとも名高い知の殿堂なのです! そこで身に着けるべきは朱色の襟を持つ長衣、学朱服と呼ばれるものです!!」
説明の間も二人のメイドがユーヤを着替えさせていく。もう何度目かのこと、ユーヤのされるがままも慣れたものだ。
「学朱服は綿が多いですが、ユーヤさまのは少し上等に正絹の仕立てとなっております! 靴は青柳のウッドチップを中敷きにした羊の皮。通気性が抜群です! 袖丈は長めで肩のラインはなだらかに、気品ある文人という風格が出ます! 後ろ襟にたるみを持たせるのが近年の流行です!」
オレンジリボンのメイドは踊るように動く。
「懐中時計は白チョウ貝のカメオに白無垢の装飾。首飾りと腕飾りは翡翠と赤玉です! 授業を受ける際はお外しください! お財布は縁起の良い馬革!」
横から銀色リボンに銀髪のメイドが出てくる。
「ラウ=カンは礼節にこだわる国ですが、シュテン大学は自由な気風でありファッションの決まり事はあまりありません。肩肘張らずに過ごされるとよろしいでしょう。では残りはそちらのメイドにお尋ねください」
「ああん、まだ説明したいのにい」
「これ以上は一般の方にご迷惑です。普通に大使館で撮影すればいいのです」
「だって雰囲気ってのが」
唐突に映像が終わり、またラウ=カンの一室に戻ってくる。
「で、これが学朱服か……確かにゆったりしてて動きやすいな」
着心地は裾の長い浴衣のようである。腰帯の位置も申し分なかった。色は淡い緑だが、確かに襟に朱色の布があててあり、どこか鮮烈な印象もある。
「ユーヤ、もう着替えたネ?」
外から声がかかる。メイドが応じて扉を開けると、睡蝶と双王が入ってきた。
「睡蝶……服を変えたのか?」
「そうネ、これも学朱服の一種で臨服。学生ならこんな感じネ」
それもやはり前合わせの浴衣のような服だが、スリットが腿のあたりまで、胸の切れ込みはやや深く、若々しい印象がある。
しかし黒縁の大きな眼鏡をかけており、まずそこに意識が向く。
「この眼鏡は伊達ネ、似合うネ?」
「ああ、いいと思うよ……双王のそれは?」
「うむ、パルパシアからの留学生という設定じゃな。こんな事もあろうかと色々な服を用意しておる」
どんな事態を予想したのか不可思議だったが、確かにがらりと印象が変わっている。
上はボタンを締めたワイシャツ。下は青地に金色のチェック柄のスカートである。さらにカーディガンのような上着を腰に巻いており、頭には大輪の赤い花を挿していた。それはポリシーなのか、羽根扇子は持ったままだが。
その姿を見て、記憶の奥底から言葉が急浮上。海面からクジラのジャンプのように盛大に飛び出す。
「コギャル……」
「ん、どうした? もっとスカートの短いほうが好みだったかの?」
見せつけるようにひらひらと裾をつまむ双王、ユーヤは飛び出した言葉を飲み込むように手で口を覆う。
「……それが留学生っぽいのか?」
「パルパシアの学生はこんな感じじゃぞ。パルパシアに居たときは見てなかったかの?」
「まあ何でもいいや、とにかく潜入について打ち合わせよう」
「なんじゃ、せっかくどエロ可愛い清楚系を選んでやったのに」
「その3つが同居する感覚がわからん」
双王は放っておいて、睡蝶は机に書類を広げる。
「我々はそれぞれ学生として潜入するネ。シュテンは自由単位制だから授業を受ける必要はないネ。宿泊についてはここの寮に入ることになる。あとユーヤはほとんど知られてないはずだけど、いちおう偽名を決めとくネ?」
放送はされなかったはずだが、一度はハイアードにて大勢の前に立っている。慎重に慎重を重ねてのことだろう。
「偽名か、あまり使い慣れてないけど……」
「じゃあユーヤのままでいいネ。私もたぶん睡蝶のままでいいネ」
「睡蝶はシュテン大学の出身じゃないのか?」
「私はこの朱角の城で育ったネ。私のこと知ってる人はほとんどいないネ」
「……そうなのか」
「双王も決めるネ。こっち来てちゃんと地図見とくネ」
「んー? 偽名なぞ何でもよいぞ。今ちょっと靴下履いておるから待ってて」
がたん、と音がする。
それはユーヤの立てた音だった。驚いた拍子に椅子にぶつかったのだ。その音を受けて双王が顔を向ける。
「どしたんじゃ?」
「…………いや、別に」
その靴下は長さが1.2メーキほどもある。分厚く柔らかい生地であり。双王は椅子に片足を立てて、ゆっくりと履いていた。
「何ネ、その珍妙な靴下は……」
「これか、レディ・ルージーというブランドから出ておるルージーソックスじゃ。この長さをだるだるにして履くのがオシャレなのじゃ」
「ああ、聞いたことはあるけど初めて見たネ……パルパシアではそれがオシャレになるネ?」
「ごく最近の流行じゃの。王たるもの流行の最先端を走らねばならぬ」
ソックス丈としては膝とくるぶしの中間あたり、だるだるに布が余った状態でつま先をとんと鳴らし、机のそばに来る。
「さて偽名か、それなら雨蘭とでもしようかのう。蘭は豪華な花じゃから気に入っておる」
「わかったネ。じゃあ雨蘭はパルパシアからの留学生として……細かい設定は必要に応じて決めるネ」
「そういう靴下っていくらぐらいするんだ?」
「ん? これは1500ディスケットぐらいかの。レディ・ルージーは庶民向けのブランドなのじゃ」
「口のところ下がってこないか? どうやって止めるんだ?」
「ここんとこに金具がついておって締まるようになっておる」
「色は白だけなのか? 柄物とか刺繍入りのやつとか」
「すごい食いついてくるけどどうしたんじゃお前……」
雑然としかける場で、睡蝶がぱんと手を打つ。
「さ、それじゃさっそく行くネ。今は学祭の時期だから人の出入りが多いネ。まずここの寮に行って調査の方針を決めるネ」
「探すのはシュテンに隠されておる……ゼンオウ氏の焼き払いたいもの、じゃったのう」
「そうだな、モノとして存在してれば簡単なんだが……」
雲をつかむような話だ。という自覚はある。
見取り図だけでも分かる、その広大さと深遠さ。調査にどんな障害があるかも分からない。
ユーヤはひとまず、可能な限り学生らしく振る舞おうと決めた。
学生らしさというものを、彼が知っていればだが。
コラムその15 ラジオ番組について
シュネス赤蛇国 アテムのコメント
「大陸に存在するラジオ局は20あまり、それらの人気番組は大陸のどこにいても聴取できる、庶民にとって欠かせぬ娯楽だ。その番組について余が解説してやろう」
シュネス上級メイド ザジーラのコメント
「上級メイドのザジーラと申します。僭越ながらお手伝いさせていただきます」
・クイズお仕事大百科
アテム「セレノウ発で唯一と言ってよい人気番組だ。あの国はお固い気風なのでクイズ番組やバラエティ番組がほとんどない。ラジオドラマなども古典の焼き直しばかりだな。そんな中でこれは人気がある」
ザジーラ「内容は職人の工房を訪ねて、そこからクイズを出題するというものです。人気の理由は司会のドルクマルシ氏のトークですね。職人をいじりたおす毒舌トークが評判です」
アテム「芸能歴55年の味わいが生むトーク力だな、セレノウでは例外的な存在だろう。ちなみにドルクマルシ氏はすべての国の王室に出入り禁止となっている。ヤオガミとラウ=カンには入国禁止だ」
ザジーラ「よく逮捕されないなと思ってます」
・百年舞演館
ザジーラ「『パイニェンウーイェンガン』と読みます。ラウ=カンの番組です。生放送のラジオドラマでして、毎日15分、いろいろな人物が声のみの劇を行います」
アテム「ラウ=カンの天嶺ラジオの番組だが、このドラマは開始から35年、ひとつながりの物語を続けていると言われる。言われる、というのは誰もその全てを聴取した人間がおらぬからだ。放送開始も深夜3時からだからな」
ザジーラ「しかも内容がコロコロ変わり、主人公も次から次へと変わります。まったく意図不明なドラマなのです」
アテム「一説では世界各地にいるラウ=カンのスパイに指示を出しているとも言われる。その説を検証した本なども出ているぞ」
ザジーラ「今やってる暗殺者トーナメント編と、その前の人妻の乱れ編は普通に名作でした」
・まだ見ぬあなたと
アテム「パルパシア遊興放送の人気番組だ。毎日いろいろなゲストが出てトークを行う。司会のクロナギ女史は世界的な有名人でもある」
ザジーラ「出演者は各国の王族をはじめ、アーティストやスポーツ選手、企業の経営者など多岐にわたります。架空のキャラクターが出たこともありますよ。『カエルエルエルの大冒険』のエルエル王子とか」
アテム「余も一度出たことがある。クロナギ女史は80に迫るお年とはいえ、その落ち着いた気品とトークの気配りに感心したものだ」
ザジーラ「ちなみに歴代の最多出演者はパルパシアの双王です。累計で27回出てます」
アテム「私物化がえぐいな」
・まとめ
アテム「ラジオは世界のどこででも聞けるため、いろいろ国境を超えたトラブルになりやすい。近年ではパルパシアで過激な番組が増えたために国際的な規制が設けられた。ヤオガミなどは他国のニュース番組の聴取を禁止しているらしい」
ザジーラ「今後はチャンネルのさらなる充実と、国際的な枠組みづくりが課題となるでしょうね」
アテム「余は必ずしも過激な番組に反対ではないがな。それも人の世に必要なものだ」
ザジーラ「パルパシアの『双王プレゼンツ 今夜も脱ぎっぱなし』とかもですか?」
アテム「…………あれだけは局ごと消えてほしい」




