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第四十六話 +コラムその18



雨蘭は、その大きな瞳で二人を睨みつけ、波打つ髪を大きくかき上げる。


「ユーヤもゼンオウどのも考えすぎておる。我に言わせれば子供など結果だ。大事なのは男と女が交わったことだろう」

「な……何だと」


ゼンオウは、これ以上混乱したくないという気配がにじんでいた。雨蘭のいるあたりに視線をさまよわせる。


シンとかいう女は、誰も知られぬ夜にゼンオウどのと交わった。そこに打算などあろうものか。答えは単純じゃ」


こんなことが分からないのか、という流し目を落としつつ、噛んで含めるように言う。


シンは、ゼンオウどのを愛していた」

「な……」

「幸福を与えるというのはつまり、ゼンオウどのの妻になるという意味じゃ。男がよく言うじゃろ、君を幸せにしてみせるとな、その程度の意味じゃ」



――私は、あなたの側にいたい



――私は、あなたに歓びを与えられる



――およそこの世にある中で、最も大きな……



「だ、だが! 華彩虎ファンツァイフーの利用を進言したのはあやつだ!」

「結局やらなかった。そうじゃろ。王の系譜を仙虎から解放したいのなら、仙虎について調べるのも当たり前のことじゃ、じゃがのう」


と、雨蘭は扇子を広げてゼンオウを指し示す。


「この世を去った女の動機だの真意だの、推測するだけ野暮というものじゃ。そんなもの分からなくて当たり前、都合よく考えるべき・・なのじゃ。あのは自分にべた惚れだった、あの男は私にぞっこんだった。男女の機微など、それを難しく言ってるだけに過ぎぬわ」


ぱたぱたと、何かの達人のような余裕を見せて扇子を動かす。


ゼンオウだけでなく、ユーヤもまた固まっていた。

客観的に見れば雨蘭の推測が正しいとも断定できず、あちこちに無理があるようにも見える。


だがそれでも、双王の持つ不思議な自信。思わずすがりたくなるような極彩色の存在感。それにユーヤすらも引きずられる。


「……」


ゼンオウはしばし沈黙に沈み、やがて視線を上げる。


「……もうよい、話は終わりだ」

「ゼンオウ、雨蘭の言ってることはつまり……」

「いずれにしろ、多くの学生をかどわかし、劉信たちを作ったことは事実。それは一般的な倫理において許されることではない。儂はもはや、俗世と関わる資格を失ったのだ」

「ゼンオウ、だが……」

「すぐに変わることなどできぬ。儂は己のことを話し、お前たちの話を聞いた。今宵はそれを精一杯とせよ」

「……」


がちゃ、とドアを押し開ける音。


「セレノウのユーヤ」


それは虎煌だった。ユーヤはそちらを向く。


「どうしたんだ」

「お前を探している者がいる。「三悪」のマオとかいう女だ」

マオが」


ユーヤはまだゼンオウと話すべきだと思っていたが、その老王の背中はもはや岩のように見えた。

時間を置かねばならない。そう悔恨のにじむ目を残して入り口の方へ向かう。


雨蘭も後を追ってきて、外に出るとすぐに目の前に飛び出す影。


「あ! いたわねユーヤ! 大変なのよ!」


彼女なりの嗅覚で探し出したのか、マオは銀縁の眼鏡を光らせつつ迫る。


「どうしたんだ」

「睡蝶の様子が変なの! 早く来て!」


一瞬、ユーヤの目にするどい苦痛の色が見える。

ついに来たのか、と感じる。


24時間クイズとは艱難辛苦の極み。クイズに脳を最適化させ、人間性を書き換えるほどの苦行。それがついに睡蝶すらも壊そうとしているのか。


マオに腕を引かれながら懐中時計を見れば、23時50分。


ここまで勝負がもつれる前に、劉信の試合放棄を計算していたが。それも叶わないようだ、と苦悶の顔を見せている。


会場にたどり着けば、そこは黒山の人だかり。


いや、もはや燃え盛る火焔の山のよう。

何千人もが腕を突き上げ、声を枯らして叫ぶ。

次から次と人が集まり、外側に椅子や机が積まれ、前の人間の肩によじ登ってでも見ようとしている。中央からの問い読みもほとんど聞こえない。


「この騒ぎは……」

「こっち!」


腕を引かれるままに、自陣側のテントへ。

他の三悪、そして手伝いの学生たちも大声で声援を飛ばしている。その声に負けじと声を張るのは黄色い紅柄ファンガンの司会者、そして二人の回答者。


片方の官服の人物はもはや満身創痍の様子。回答台に手をついてかろうじて立つ。


だが。もう片方。


焼胞しょうほう栽培ネ!」


真紅の紅柄ファンガン、睡蝶は勢いを増している。目は爛々と輝いて口の端から火を吹くが如く。


「問題、47、91、/」


ぴんぽん


艇音ていおん比ネ!」


「残り40分ぐらいから急にペースが上がってきたの。人が変わったみたいに」

「まさか……」


それはユーヤの肌感覚とは異なる。

どれほど屈強な人間でも、精神的な後ろ盾を持っていても、23時間、1万問を過ぎてスパートなどできるわけがない。


「それだけじゃないの、押すタイミングも早くなってる!」

「確かに……」


「正解です、問題、「僕の土に/は」


ぴんぽん


「「瑯穴ランシュエ」ネ!」


(出だし問題……あれは作品名? いや、作者名か? なぜどちらか分かる。しかも押してから答えるまでのタイムラグも少ない。ほとんど無いに等しい)


「問題、カイワン剣、自在剃刀かみそり、ボウルナイフ、鋳/造の」


ぴんぽん


「ボウルナイフね!」


(三択問題……かなり早い。一文字だけ聞くと決めての勘押しじゃない。一文字で断定できるという確信がある)


睡蝶の肌には生気がみなぎる。体は紅柄と相まって真っ赤に燃え上がるよう。無数の声援を呼吸して、声は地の果てまで響く。


(違う……)


(クイズに最適化されていない・・・・・・。彼女は何らかのメタ読みをしている。問題作成者の意図を読んで回答している。かなりの精度で)


三悪も興奮の極みにある。


「おいおい、すげえぞあいつ! このままならギリギリでいけんじゃねえか!?」

「すごい、です、睡蝶さん、こんな底力を見せてくれるなんて」


だがユーヤは困惑していた。

目の前で起きていることが理解できなかった。23時間を過ぎてなお、短距離走の走りを見せるランナーを見たような心境。


(……例えば、ある高名な将棋棋士の話)


(脳活動をサーモグラフィで観察したところ、思考のピーク時に逆に脳活動が沈静化するような挙動が見られたという。それは一説では特に意識しない脳活動を計算リソースとして使うこと、「安静時脳活動」の活用とも言われるが……)


(あるいは自食作用オートファジー、副腎皮質ホルモンの分泌、修験者に見られるようなトランス状態……いや、そのどれとも……)


「ねえユーヤ! 睡蝶はどうしたのよ! なんであんな全力が出せてるの!」


マオが叫ぶように言うが、ユーヤは動けない。マオは心配なのと興奮が半々なようだった。

ユーヤは、彼が滅多に見せない表情、ただ単純に困るような、どうともつかない表情をしていた。


「わ……分からない」


奇跡、人間の持つ底力、人体の神秘。

そんな言葉でも持ち出さねば表現できない。


「分からないんだ……なぜ彼女が、あんなに」

「嘘でしょ、何か作戦があったんじゃないの?」

「あった、あったんだが、予想外の事態が……」

「意外と頼りないのねあなた……」


そしてユーヤの脳にひらめく、一つの言葉。


(そうだ、これが王)


(理解できないものこそが王)


(彼女は僕の理解の先へ到達した、それこそが僕の求めて……)




「タイムアップです!!」




司会者が叫び、枯れかけた声で右手を伸ばす。


「さあ得点は!!」



劉信・5627点

睡蝶・5631点



「4点差……」


誰かが呟き、一瞬、その場の数千人がぐっと息を呑む気配がして。


そして突き上げられる腕。


睡蝶が突き上げた腕に、場の全員が、力の限りの大歓声を乗せる。

それは吹き上がる風のごとく。

頭上にわだかまる妖精の群れを押しのけて、遠く月にまで届くほどの――。









コラムその18 Q&Aいろいろ




梟夜会シャオイエフー代表、鈴鈴リンリンのコメント

「またまたコラムの時間よ。今回はちょっとした質問に手短に答えていくわ」


ナルドー・ザールド興行団団長、ナルドーのコメント

「僭越ながらお手伝いさせていただきます」



Q、国王の呼称が王だったり皇帝だったりするのはなぜですか?

鈴鈴「時代や場面によって変わるけど、皇帝というと唯一無二の存在、王というとたくさんいる王族の一人という感覚よ」


ナルドー「ラウ=カンを世界のすべてと考えた場合は皇帝、そうでない場合は王となりますが、さほど厳密なものではありません、今の時代では文脈上の使い分けもほとんど行いません」


鈴鈴「皇帝と「呼ばれることもある」のはラウ=カンの王だけ、それだけ意識すればいいわ」




Q、シュテンへの入学条件は?

鈴鈴「年に二回ある試験を受けるか、それぞれの県で知事の推薦を受けるかよ、試験で入学する人はかなり少数派ね」


ナルドー「ラウ=カンはそれぞれの県に大学もあります。地方からシュテンに来るのは将来を嘱望されたエリートですね」



Q、夜のお店がありますけど学生に通えるんですか?

鈴鈴「シュテンは高級官僚の子息が多いからね、みんなお金持ちよ。高いボトルをガンガン入れてくれるの」


ナルドー「逆に我々のような興行団は一般人を顧客としてますので、祭りの時期ぐらいしか訪れませんね」




Q、紅柄ファンガンは高価な服なんですか?

鈴鈴「あたしの着てるのは十段階で上から七番目ぐらいのやつ、これでも60万ディスケットぐらいするの、大事な商売道具よ」


ナルドー「上から二番目で3000万ディスケットを超えます。そのさらに上、皇帝の妻が着るような禁独紅ジンドゥファンとなるともはや値段はつけられません。触れるだけでも恐ろしいですな」




Q、食堂にいる「七舌」はなぜ食堂で働いてるのですか?

鈴鈴「さー? なんか変わり者らしいわよ。昔はパルパシアでレストランを経営してたらしいけど、ラウ=カンに旅行で来た時にそのまま食堂に就職したとか」


ナルドー「噂は聞いております。食堂で働きながらも画期的な料理を次々と生み出し、いまだに七舌に名を連ねてますね」


鈴鈴「ちなみに七舌はパルパシアの馬車メーカーが発行してるガイド本が認定してるの。食堂のおばちゃんは9年連続で認定されてるのよ」




まとめ


鈴鈴「シュテンはまだまだ奥が深い場所よ。梟夜会シャオイエフー以外のクイズサークルも個性豊かだし、名物教授もたくさんいるの」


ナルドー「観光目的で訪れる方も多い場所です。祭りの時期ならずとも、訪れて損はないでしょうね」





鈴鈴「でも見せたくないものも多いのよね……女の子が踊るお店にいる教授とか」


ナルドー「教授がお店に通うのですか、さすがに感心しませんな」


鈴鈴「ううん、踊るほう」


ナルドー「…………」

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― 新着の感想 ―
[良い点] さっすが双王様~! でもそこの異世界人を惚れさせるなら、クイズで頑張るしかないんですよね。 しかしエイルマイルに続いて睡蝶の活躍を見て、またもされるがままになってしまうのでしょうか。 [一…
[一言] テクニックがわからないものか、理路が分かっても対策できない人間力のような概念が強いのが王で、テクニックがわかっても対策できるまでは王だった、のかな、ユーヤにとっては。そこに輝きを見て、時に自…
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