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第四十二話





「間に合ったよう」


ほっとした様子で声を漏らすのはピンクリボンのメイド、マニーファ。


「ええ、本当に紙一重でした、まさかナルドー氏がシュテン内の企業にも籍を持っていたなんて……」


かの妖精王祭儀ディノ・グラムニアの直後から始まるという学祭、華虎祭ファンフーツァイ、興行師であるナルドー氏が来ているという読みは理解できる。


彼はここの敷地内にある貿易会社にも籍を持っていた。興行の傍ら、調査員としても働いていたらしい。封鎖の時期はずっとその企業に寝泊まりしていたため、発見が遅れたのだ。


「……ナルドー興行団なら知っている。世界を回ってクイズを集め、市民を集めての興行を打つ男だ」


脇にいた男、虎煌フーコウが言う。

彼はユーヤから、メイドたちがここに誰かを連れてきたら、その人物を通してほしいと頼まれていた。

その不可思議な気迫に負けて約束したものの、まだ疑問が頭を満たしている。


「だが、あの男に何の意味がある……? ただのクイズの興行師、辻クイズを出す芸人に過ぎない……」

「そう、ですね、それに……」


そのことも疑問だが、モンティーナが気になっているのはユーヤが命じたタイミングである。

彼はシュテンに来た初日の夜、この大学が封鎖された直後にナルドー氏の捜索を命じたのだ。


「あの段階では妖精の氾濫も、ゼンオウ様がシュテンにいることも、虎窯との戦いも始まっていなかった。ユーヤ様は、どこまで読んでいたのでしょうね……」

「ううん、ちょっと違う気がするよお」


とマニーファ、夜風のためか薄桃色のケープを羽織っている。


「ユーヤ様でもさすがにゼンオウ様との戦いまで読めないよお。きっと、いざという時の武器になると思っただけだよお」


そう、そのぐらいが妥当なところだろう。モンティーナは深い赤色の唇に指を当てる。


いざという時に、勝負を提供してくれる出題者、メイドたちの主はそれを求めていた。


「命綱……」


確か、そう言っていたと思い出す。


この知の殿堂、西方世界のみならず世界中の才人が集まるこのシュテンで、ユーヤが求めるのはたった一人。


それは砂漠で真珠を探すよう。


この知の殿堂たるシュテンで、数万の人がひしめく大学で、彼が対等に戦えるクイズを提供できるのはただ一人なのか。彼はそのために、事態のごく初期段階から人探しをさせていたのか。


それほどに狭く、過酷なのか、異世界人の戦いは。


どんな狙いがあるのか、なぜナルドー氏なのか、もはや上級メイドでも及ばぬ世界。深く考えれば気が遠くなりそうだった。


「ユーヤ様……後はただ、豊かなるクイズの時間をお過ごしください」

「ユーヤ様なら、きっと勝つよお」


そして二人のメイドは建物の前に陣取り、その場を警護せんとする。


深夜だというのに空が明るい。

妖精の光は、聖なる混沌のようだった。





「此度はこのような決闘の場にお呼びいただき、クイズで身を立てる者としてまことに光栄に存じます」


ナルドー氏は長身で手足が長く、それを喜劇役者のように大げさに動かす。身振りは大きく足さばきは軽く、この古めかしい講堂を広く使って歩き回る。


「さて決闘の形式はお決まりでしょうか。通常の我らが興行であれば、三問の紀行クイズをご用意いたすところですが」


丁寧な物腰であり言葉にも気を使っているが、そこには軽妙さと洒脱さが見える。

伊達男、という言葉がユーヤの頭に浮かんだ。表情は明るく快活で、多彩な感情をすべて笑顔という基盤の上に表現する。


「異世界人よ、すべてお前が決めればいい」


長椅子の上で頬杖をつき、ゼンオウが言う。


「その上で儂が勝つだけのこと、造作もない」

「わかった」


ユーヤはナルドー氏を見つめ、その褐色の肌と、その中で炯々(けいけい)と光る眼光を見る。その中にあるのは深い自信、野心、活動性、そして武者震い。


「一問勝負だ」


ユーヤは言い、膝の上で手を組み合わせる。


「究極の一問を願う」


ナルドー氏はにやりと笑い、スーツの懐から藍色の妖精を、そして銀色のサイコロを取り出した。


(やはりそうか)


そう考えるのは部屋の入口近くに控えていた雨蘭ウーラン


(元々、この世界に関する知識の差は歴然じゃ)


(ただ一問きりならば偶然が支配する世界。勝機が生まれる。そういうことかユーヤよ……)


彼女は立会人のような立場になったと感じていた。何一つ見逃さず、この戦いのすべてを見届けなくてはならない、と。


「究極の一問とのご用命、お応えいたしましょう」


そこでナルドーは大きなストライドで動き、長椅子をひょいとまたぎ超えて部屋の端へ。


そこには小型の黒板が置いてあった。ナルドーはなるべく綺麗な二枚を選んでゼンオウ達に渡す。先ほど歩き回ってた時に見つけていたのだろう。


大げさに手をはたき、持っていないステッキに体重を預け、持っていない帽子をかぶるパントマイム、その場の明度が増すような明るい雰囲気を放つ。


「これより我がナルドー・ザールド興行団がお目にかけますのは珠玉の一問。世界をめぐり、多くを訪ね、命がけで探し出した究極の問題でございます。我らが興行団、結成30年の祝いのため用意していたものでございますが、このような場に提供できたことは興行師冥利に尽きるというものです」

「御託はよい、出題せよ」

「良いでしょう。ゼンオウ様、そしてセレノウのユーヤ様、まずはこちらをご覧ください!」


机に置かれる藍色の妖精。その第三の目が光る。


瞬間。景色が後方に遠ざかるような感覚。そしてすべてが塗り替わる。


視界を埋めるのは緑の乱舞。


青々と葉を繁らす大木。腰までを埋める下草と、その中に伸びる獣道。


昼のようだが空は暗い。蔦を絡ませた大木がひしめき、枝葉を伸ばして天を覆っているのだ。


遠くより響くケーンという鳴き声、獣の遠吠え、甲高く鳴くのは猿の声か。

映像と音だけのはずなのに、そこには濃厚な緑の匂いが感じられた。南国の湿度の高さ、甘い風、大きな葉の揺らぐ気配。


「みなさーん! 本日はナルドー・ザールドにお越しいただき、ありがとうございまーす!」


それは灰色の服を着た女性。ドーム型の帽子をかぶり、なぜか短パンに短い靴下という組み合わせで足を出している。


彼女のことは見たことがあった。興行団に所属しているリポーターのようだ。


「本日は! このフォゾスから、たーくさんのクイズを、お届けいたしまーす!」


「くだらん……フォゾスについての文献をどれほど読んだと思っている。知らぬことなどない」


ゼンオウはそう言い、ユーヤは素早くナルドーの反応を見る。興行師の自信は毛の先ほども揺らいでいない。


しばらくは現地リポートが続く。コゥナに近い姿をした人々が振る舞う豚の丸焼き。高さ60メーキもの樹に登って蜂の巣を集める人々。夜の村にて、白い毛皮を纏って踊る祭り。


「ではここで問題です」


夜の森である。


村の光などどこにも見えぬ深緑の森。案内役の狩人らしき男がいて、ブッシュを左右に分けながら進む。


「我々はいま、ケヌトゥフェルの森に来ています。ここはフォゾスでも最も都市から遠い森なのですが、ごく最近、ここで新たに発見された鳥がいるそうです」


場面が少し飛び、大木の真下に。

狩人は草を編んだ迷彩網のようなものをかぶり、リポーターも同じものを被っている。ごく小声で話す。


「いました、現地での名前はシュシュザンガ、シロワタフクロウの仲間です」


ナルドー氏がユーヤたちのそばへ来て、無言で指差す。その先には木の枝があり、まさに綿毛のような丸っこいフクロウがいた。藍映精インディジニアの映像であるから声を出しても構わぬはずだが、ナルドー氏の演出であろうか。


「この鳥は、ある恐るべき特技を持っています! さて、それは何でしょうか!」


その声に合わせてフクロウが飛び立つ、そして映像は終わり、整然と並ぶ長椅子の世界に戻ってくる。


「以上です。いかがでしたでしょうか、我らがナルドー興行団の虎の子は」

「特技……だと?」


ゼンオウは考えに沈んでいる。己の知識から類推できないか考えているのか。


(ゼンオウ氏も知らない鳥……ごく最近見つかった新種、ということか)


フクロウのような大きな鳥が研究対象にならぬ筈はなく、文献も相当な数が存在するだろう。それでいてゼンオウ氏が類推できないとなれば、よほど特殊な技を持つのか。


ユーヤの知るいくつかの番組でも、撮影中に新発見が生まれたことは何度かあった。それを問題にしたとなれば、まさに秘中の秘、決戦にふさわしい難問と言えるだろうか。


(……フクロウはまさに森の狩人、その脅威の能力は僕たちの世界でも研究されていた)


ユーヤもゼンオウに習い、彼の知る知識から類推しようとする。


(驚愕の能力となれば、その羽音の静かさ、異常なまでの旋回性能、左右で耳の高さが違うことから生まれる空間把握能力、顔がパラボラアンテナの役割を果たし、雪の下にいるネズミの足音を見つけ出す……)


(あるいは鳥としての能力が参考になるか……? 求愛のダンスを踊る、簡単な算数を理解する、北極から南極までの渡りを行う……)


「こちらが、出題された鳥となります」


ナルドーが銀写精シルベジアの光を放ち、天井に投影されるのはまるまるとしたフクロウ。羽の付け根がほとんど分からず、首は胴体に埋没している。ただフクロウらしき丸い目玉をぎょろりと光らせており、クチバシはそれなりに大きく、丸っこい腹部に沿って曲がっていた。


「……確かにシロワタフクロウに近いが、クチバシはそれよりも細い。翼先よくせん部もほぼ平行だ……シロワタフクロウはもっとギザギザになっている」

「流石ですゼンオウ様。この鳥はシロワタフクロウの亜種、十字都フォゾスパルで研究されておりまして、おそらくは一ヶ月のうちに大々的な発表となるでしょう」


となれば、この鳥はニュース性があるほどの新種なのか。


新聞にでも載れば興行のクイズとしては成り立たなくなる。このクイズはまさに今、ほんの短い時期だけのために存在するのか。


「本来は、いくらか質問を受け付けても宜しいのですが」


ナルドーは言い、会心の笑みとともに礼をする。


「世界に名高きゼンオウ様、その相手を務めるユーヤ様なれば、ノーヒントでも必ずや正解を導くと信じております。では答えをお書きください!」


(……考えろ)


頭を回転させる。クイズを構成するすべての要素に思いを巡らす。


(ヒントはあらゆる場所にある。VTRの中の熱を感じ取れ、空気の匂いを嗅げ、製作者の意図を読め、自然の造形術に思いを馳せろ)




(そして立ち向かうんだ、究極のクイズに……)


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― 新着の感想 ―
[良い点] クイズで勝負できる世界で、問題起こった時点で勝てる要因用意しておくのは 当たり前な気がするけど、この世界の人はそういう視点でクイズ見てなさそうだよな、とも思う [一言] 回答メタ的に羽化と…
[一言] >ここで問題です 親の顔より聞いた問題の入り 類似した種のものより細い嘴ということは肉食じゃなくて蜂蜜を食べてたりするのかな 緑一面のジャングルで白一色とかいう隠れる気もないカラーリ…
[一言] 恐るべき特技、この世界なら妖精を呼び出すとか食べるとかだろうか。
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