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第二十四話 (過日の7)






「分かる? この路線だと下りのほうが枕木の数が多くなるの」


パソコンを前に語るのは草森葵、七沼はメモを取りつつ聞く。


「うん……勾配がマイナスだからだね、下りのほうがスピードが出るから、一定距離間での枕木の設置本数が多くなる……」

「そう、実際には鉄道会社によって基準が変わるらしいし、いくらかは実際に配置されてる本数の記録もある。それをコンピュータに打ち込んでみたの」


それは近似値クイズについて研究していた時期の事。


「近似値クイズの要旨は、とにかく一度数えてみること。今はコンピュータで導関数を構築できるし、物理演算もできるからとても効率が良くなった。こっちのタスクでは色々な容器に球体を詰めた時の数を数えさせてるの」


草森葵は何げなくプログラムを打ち、あらゆるシミュレーションを作る。そうやって常人の何倍もの速さでデータを蓄えていく。


「近似値クイズは思考力のクイズだけど、こうやって総当たりで潰していくことも可能なんだね……」

「ただ知りたいだけでやってた事だけど、クイズの視点を入れてみたら効率が良くなった気がするよ。出題者だったらどんな問題を出すかで考えると、いろいろ新しい視点が浮かぶの」


七沼の時代としては最先端のPCとはいえ、物理演算の処理はかなり重い。PCはインジケーターランプを明滅させながら結果を出力する。


「ドラム缶にこのサイズの球体を充填させた場合、この数になる。金ダライに五円玉を満たしたらどうなるのか、電車のつり革には何人の人間がぶら下がれるのか。そんなことも知っておきたいの」

「わかるよ。そうやって大量のデータを丸暗記してるクイズ戦士は多い。入学試験とか、入社試験とか、選ぶ側は発想力が問われる問題を出したがるけど、結局のところは丸暗記的な対策に勝てない」

「望ましいとは言えない。でもそれが人間の在り方かもしれないよ。あらゆるものに対策を用意して、備えておくこと」


この世界の空には何機の飛行機が飛んでいるのか。

ピラミッドは何個の石で組まれているのか。

人間には何本のまつ毛が生えているのか。


それらはすでにデータとして存在しており、知ろうと思えば知れる。


草森葵、彼女は人間の体現のようだ、と思う瞬間がある。貪欲にあらゆることを知ろうとして、歩みを止めることがない。


そして、彼女はまだ成長を続けている。


クイズを知って、七沼から技術を教わって、彼女はますます知の深みに潜りつつある。


(近似値クイズの、総当たり的打開、か……)


そこは大学内の視聴覚室。だが七沼には、無数の瓶が散乱する実験場のように思えた。


(まだ生まれていない近似値問題すら、知識として知っていく。そんなことが許されるのだろうか)


(そして、可能だとすれば、その先に何があるのか……)


コンピュータは次々とタスクをこなし、無数の結果が出力され、そして草森葵は加速していく。


知の果てに、情報の彼方に。


七沼では辿り着けない場所に――。





「ユーヤ! ユーヤどこじゃー!」


白納区、三悪たちが住み着いている縦穴。

戻ってきた雨蘭こと、パルパシア第二王女ユゼはどしどしと大股で階段を降り、声高に呼ばわる。


ちょうどその時にユーヤも帰ってきており、メイドと話し込んでいた。雨蘭に気付いて振り向く。


「ああ、お帰り、その様子だと勝ったみたいだね、おめで……」

「ユーヤよ、そこに寝るのじゃ」


びし、と羽扇子で床を指す。階段は岩石の一枚板が敷かれたもので、少し風化してはいるが頑丈で立派なものだ。


「寝る? どうして」

「いいから早くするのじゃ!」


わけが分からぬながらも、何だか切羽詰まった様子だったのでそこに寝そべる。かなり上の方からタオが降りてくるのも見えた。


「ちょっと後頭部が痛いんだけど……ゴザか何か敷いて、欲し」


真上でスカートのひらめくのが見えて、雨蘭の尻が落下してくる寸前で身をかわす。

どばん、とゴムまりをつくような音がした。


った!? こらよけるでない! お尻が砕けるかと思うたぞ!」

「何するんだよ!」

「勝利のご褒美の顔面騎乗ではないか、ささ、もう一度そこへ」

「寝るか!」


飛び起きて壁ぎわに移動する。雨蘭はどうも尾てい骨に響く落ち方をしたのか、お尻をさすりつつ起き上がる。


「わがままなやつじゃのう。じゃあどんな感じで乗ればいいのじゃ」

「だから乗るな! というかご褒美の概念がおかしいだろ!」


「う、雨蘭ウーラン、急いで帰ってきたと思ったら何やってるの」


タオもあきれ顔で降りてくる。地上からの高低差は50メーキほど、走ってくると若干息切れもある。


「ユーヤ、さん、勝ちました」

「うん、おめでとう。会場の外から聞いてたけど、きっと勝てると思ってたよ」

「ユーヤよ、観客席のほうをウロウロして何しとるんじゃ? 一回戦からじゃろ」

「ちょっとした探しものだよ。勝負には支障が出ないようにするから」

「ふむ」


雨蘭は奥の方にいる二人のメイドを見る。真紅のリボンと桃色のリボン。どうも疲れた様子である。普通のメイドの5人分は働けるという上級メイドには珍しい姿だ。

また何か、無茶な仕事をさせているのか、そう思って雨蘭が流し目をよこす。


「ユーヤよ……メイドさんにアブノーマルなことを要求してはいかんぞ」

「言い方!」

「ユーヤはどうも何かやり出すと歯止めの効かぬところがあるからのう。よしタオよ、お主がユーヤの顔に座るのじゃ」

「どうして!?」


タオはお尻を押さえて後退し、ユーヤは多少げんなりして話しかける。


「あのな雨蘭、タオまで巻き込まないでくれるか」

「大陸でも屈指の尻じゃぞ、座ってもらえば疲れも吹き飛ぶというもんじゃろ。後ろのメイドたちも顔に乗ってもらうがよいぞ」

「いやあのね、いい加減に」

「ちょっと興味ありますわあ」

「モンティーナ! これ以上ややこしくしないで!」


ユーヤが見るに、どうやら雨蘭は勝利の熱でハイになってるらしい。いつも以上にぐいぐい来ている。


「固いやつじゃのう。こういうのはノリでやっとくのが大学生というもんじゃろ。大学の男なんぞほぼ尻のことしか考えておらんぞ」

「シュテンの学生全員にあやまれ」

「じゃああれか、ルージーソックスで踏まれるとかが望みか。だるだるの生地でぐりぐりと」

「  だから踏むとか乗るとかそういう発想やめてくれ」

「今ちょっと間が」


「だーもー! 騒々しいな! それより三回戦の打ち合わせだろうが!」


ルウが大声を上げる。彼は少年らしさのある快活な人物なのだが、この場だと女性陣の方がかなり濃いため、発言の機会を失いがちである。


「ああ、ごめん……三回戦はいよいよあの虎煌フーコウとの勝負だったね」

「抜粋とはいえ科典で満点を取ってくるバケモノだぞ、ほんとに勝てるのかよこんな勝負で」


ルウの周りに積まれているのは事典である。

シュテンで発行されている国語辞典、百科事典、外国語辞典。そのほか動植物、詩歌、法令、音楽用語などなど多彩な小辞典である。ざっと50冊はある。


「そりゃまあ、この勝負、俺の得意分野と言うかそのまんまだけどさ」

「ふむ、そういえば聞いておらんかったのう。ルウの得意分野とは何なのじゃ」

「字引きだよ」


小辞典を手に、パラパラと紙をはじく。


「科典ってのは何科目かは持ち込みが自由なんだ。俺はそれに目をつけて、辞書の早引きの訓練を積んでたんだよ」

「早引き……?」


雨蘭は少し首をかしげる。


「おぬし「三悪」じゃろ? それは悪という言葉に結びつくのか?」

「俺はこう考えてた。将来的に、あらゆる試験は持ち込み自由になるんじゃないかってな。だってムダだろ丸暗記なんて。役人になったら仕事の時に資料とか見ながらやるだろ。記憶力ってもんはな、どの辞書に何が書いてあるかを記憶することに使うべきなんだよ」


セレノウのメイド二人も反応は薄かった。ルウの言わんとすることがよく分からないという顔である。それはタオですらもあまり変わらない。


「だから俺は持ち込み自由なクイズを広めようとした。小説を片手にその本に関するクイズを出すとかな。でもまだ受け入れらんなくてよ。ついたあだ名が「悪癖」のルウなんだよ。本来、持ち込み可能な試験でもなるべく辞書を見ないのが美徳だからな、辞書を引きまくるのは悪癖なわけだ。俺はバカバカしいと思うけど」

「ほう……なるほど」


なるほどとは言うものの、雨蘭はあまり理解していない印象である。


「つまり……難解なエロ小説を辞書を引きながら読む対決みたいな……」

「うん……なんか……割と近い気がするのがムカつく……」


ルウは何冊かの辞書を床に並べる。


「形式はいろいろあんぞ。新聞を持ち込んで時事問題を出すとか、映画を見ながらその映画の問題を出すとかな」

「その……それは何がどう面白いんじゃ?」

「面白いだろ。情報をいかに早く引き出すかの勝負だよ。将来ブームになるからな絶対に、ラジオだと分かりにくいから、興行として大陸を回ろうと思ってんだよ。老若男女誰でも参加できるクイズだ。きっといい商売になるぜ。マネすんなよ」


ちら、と雨蘭の視線がユーヤに振られる。

ちなみに言うなればこの場には睡蝶とマオはいない。二人は食料の調達に出ていた。


「ユーヤよ、お主のいた土地ではどうなのじゃ? こういうクイズは」

「無くはない……検索能力を競うクイズだ。真剣勝負というより、タレントが行う余興としての性格が強かったけど」


ユーヤはルウのそばに歩き、辞書の一つを手に取る。

中をめくれば、書いてある文字は読めるものの大半は意味不明な情報である。記述方式もユーヤの知るものとは少し違う。


「それはあるいは、僕のいた土地ですら発展途上だった。だが理念としては存在していた。いずれ人間は記憶の縛りから解放されて、検索端末一つを手にして生きるようになるかもしれないと……。クイズとは端末をどのぐらい使いこなすかの勝負であり、近似値クイズや謎解きすらも端末に委ねるようになるのかも」

「? よくわかんねえよ。ユーヤの土地にも持ち込み自由のクイズがあったのか?」

「遠く離れた土地だけどね……」


「超難問、辞書早引きクイズ……そんなクイズが本当に成立するの?」


階段の上から声がかかる。見れば、紙袋に食糧らしきものを詰めたマオらが降りてくるところだ。


「普通は絶対に解けないような超難問を、辞書の早引きで当てる……聞いたことのない形式ネ」


睡蝶は瓶詰を開けて、葉物野菜やハムとともにパンで挟んでいる。酢漬けらしく強い酢の匂いが感じられた。魚か何かだろうか。


「問題を作ってる梟夜会シャオイエフーも大変そうだったネ。にしてもあそこは商売熱心ネ、二回戦までの記録体も売りさばいてたし」

「ま、俺は全力でやるだけさ」


言って、ルウはどかりと腰を落として辞書を開く。


ユーヤは、何となく自分に視線が集まってるのを感じる。一勝一敗の現状。ある者は本当に勝てるのかと不安の混ざった眼で、ある者はどうやって勝つのかと好奇の混ざった眼である。


「……クイズ王とはどういう人種だろうか」


何かを語らねばならない空気を感じ、ゆっくりと口を開く。


「クイズに関しては、どれだけ才能があっても天然自然のままで強いという事はあり得ない。知識量とは知識を収集した時間の長さだ。早押しや先読みの技術も、あくまでも知識の土台があってこそだ」

「それは当然ネ」

「思うに、クイズ王とは「準備し続けている人」ではないかと思う。来るべき戦いの場に臨むため、クイズの経験値を積み重ねてる人だ」


マオがつと手を挙げる。


「それって、でも辞書の早引き勝負と真逆じゃないの? ルウは丸暗記が嫌だから持ち込んでるだけでしょ」

「嫌なわけじゃねえよ。人間が覚えておける情報には限界があるから……」

「僕はルウを尊敬している」


ふいに、ユーヤがそう述べる。


「彼は新しいクイズ世界の在り方を模索しており、そして競技として昇華させようとしている。君たち「三悪」もだ。いずれもクイズの未来の姿を考えている。素晴らしいことだと思う」

「な、なんだよ急に、気持ち悪いな」

「クイズの強さとは、人生でどれだけクイズのことを考えたか、ということ」


ユーヤの目に、暗い炎が宿っている。

その暗澹たる情熱はどこから来るのか。どんな犠牲もいとわず、どんな艱難辛苦も物ともしない行動力は、この男のどこから湧いてくるのか。


我知らず、場の全員が彼に飲まれるかに思える。

果たして三回戦に、辞書の早引きなどという事象で、どんな個人技があるというのか。


「だから、必ず勝つ。この世界に新しく生まれたクイズであっても」




「僕たちは、まだ・・生まれて・・・・ないもの・・・・にも、備えてきたから……」


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[良い点] 生まれる前から好きでしたネタとかいつの話だったか、生まれる前から対策してましたは悪の科学者が実験体に対して言いそうなセリフで、それが主人公のこれまでの描写とピッタリ一致してるという。 草が…
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